第5話 ルアンタ以外の勇者達

「ふぅ……」

 ようやく我が掘っ立て小屋にたどり着いた私は、小さく一息ついた。

 いつもと違ってペースを抑えた行動って、逆に疲れるものなんだなぁ。

 そんな新鮮な感想を持ちながら、小屋の入り口でペースを抑える原因となった少年を迎える。


「はぁ……はぁ……」

 息も絶えだえになりながら、フラフラと私の弟子となったルアンタが森の中から歩み出てきた。

 彼の年齢からすれば、かなりキツい行軍ではあったろうに、最後まで弱音を吐かなかったのは、なかなか見事。

 さっそく、根性を見せた我が弟子を誉めてあげようかと側に行こうとした時、その場に踞った彼は我慢できずに胃の中の物をリバースしだした。

 それは、美少年がやっていい絵面じゃない……うん、なんかごめん。


 厳しくいくぞ!的な事を言ったけど、初めからこれはやり過ぎたのだろうか?

 弟子を壊したい訳ではないんだけど、今まで一人で修行してたから加減が難しい。

 教える立場になった以上は、私も気を付けねば。


 ──しばらくして、落ち着きを取り戻したルアンタは、醜態を晒した事を深々と詫びてきた。

 いいよ、いいよとあまり彼が深刻にならないように軽く流し、回復するまで少し休んでいなさいと、私は小屋の中へと促す。


「わぁ……」

 室内に入ったルアンタは小さく声を漏らし、物珍しそうに辺りを見回す。

「私が一人で作った家ですから、みすぼらしいかもしれませんが、適当にくつろいでください」

「えっ!? 先生が、一人で作ったんですか!?」

「そうですが?」

 何か、おかしな事を言っただろうか?

森の種族エルフとはいえ、一人でこんな立派な家を作るなんて……先生はやっぱりすごい……」

 感心したような事をルアンタが呟いてるけど、その声はちゃんと私の耳に届いている。

 ふふん、それなりに苦労して作ったからね。


 今だ落ち着かない様子のルアンタを、室内の奥に迎えようとした時、私の視界に少年にとって危険な物が飛び込んできた。

 あ、マズい!

 下着とか、その辺に置きっぱなしだった!

 ウブな少年には、刺激が強いかもしれないし、だらしない大人と思われるかも!


「散らかっているので、あまりマジマジと見ないでくださいね」

「は、はい。すいません……」

 緊張するルアンタの視界に脱ぎ散らかした下着が入らないよう、やんわりと釘を刺してテーブルへと誘導する。

 ズボラな師匠だと思われると、今後の威厳が無くなるかもしれないもんね!

 そして、放置した下着等が見つかる前に、ルアンタの隙をみてこっそりと回収!ヨシ!

 水を汲んでくるついでに、回収した下着等を洗い物の服に紛れ込ませて、ミッションコンプリートである!


 ふぅ……それにしても、年頃の男の子がいると気を使うなぁ。

 今の私は大人の女であり、師匠という立場なんだから、引きこもり気味の前世や、独り暮らしの雑な所を改善するように、注意しなくては。


 ──さて、ルアンタが回復するまで、他愛もない話をしていた私達だったけど、改めて彼から聞いておかなければならない事がある。


 それは、彼以外の他の勇者についての情報だ。

 ゴブリンの群れに襲われて散り散りになったとはいえ、連中がどのくらいの力を持っているのか確認しておきたい。

 場合によっては、ボウンズールを殴りに行く時の協力者戦力になるかもしれないしね。


「ところで、ルアンタ。この森ではぐれたという、他の勇者とはどんな人達なんですか?」

「そ、それは……」

 ストレートに聞いてみたが、ルアンタは他の勇者の事を話すのを、少し躊躇っている様子だった。

 そんな彼の態度に、私はピンとくる!


 そうか……ルアンタは、勇者一行の中でもコントロールの利かない魔法を使う一発屋だと、自分の事を評していたもんなぁ。

 それで自信が持てなくて、他の勇者達に引け目を感じているのだろう。

 だけど、師匠となった私だけは彼を認めてあげなくては!


「ルアンタ……例え他の勇者の方々が揃っていて、教えを請われてたとしても……私は貴方を選んでいたと思いますよ」

「え……?」

「貴方には貴方の、素晴らしい才能がある。だから、自分を卑下するような事は思わないでください」

「せ、先生……」

 少し俯き、肩を揺らすルアンタ。

 だけど、顔を上げた時には照れたように微笑みながら、私の顔をまっすぐに見つめてきた。


「……はいっ!絶対に、先生の期待に答えてみせます!」

「よろしい」

 少しは元気になったようで、大きく返事をしてきたルアンタの頭を、ワシワシと撫でてあげた。

 ふふっ……子犬のような表情で照れる姿が、なんとも愛らしいな。


 しばらく撫でていたけど、さすがにしつこくなりそうだったので、名残惜しいが私は手を離す。

 それで気を取り直したルアンタは、さっそく仲間の勇者達の事を話始めた。


「えっと、僕以外の勇者の方々ですけど……」


・酔えば酔うほど強くなる「酩酊一刀流」の達人、素面の時は手が震える呑んだくれの剣士、ディエン(45)


・百の魔法を修得した偉大な魔術師、しかし朝御飯に何を食べたかは思い出せない、ラーブラ(89)


・死んでさえいなければどんな重症でも治す、奇跡の回復魔法と筋肉の申し子、ただしノンケだって食っちまう、ジングス(38)


・悪魔や精霊を呼び出す凄腕の召喚師、だけど女性タイプから嫌われすぎてそれらから喚び出しNGをくらった術師、オーリウ(40)


・どんな罠や待ち伏せでも看破する超一流の斥候、でも誰よりも逃げ足が早くて、生き残るのは常に自分だけという、キャッサ(31)


・容姿不明、性別不明、特技も不明!全てが謎のベールに包まれた勇者、アーリーズ(?)


「……という、方々です!」

 色物ばっかじゃない!? あと、平均年齢高いな!

 それでいいのか、人間!?

 思わず叫びそうになったのをグッ!と堪えて、私は大きく深呼吸をした。


「最初にもらったプロフィール表のままに伝えましたけど、ちょっと意味のわからない記述もあるんですよね……」

 そう言って、不思議そうに小首を傾げるルアンタ。

 うん、そうだね……大人の性癖とかに触れるのは、彼にはまだ早い。

 もう少しの間、汚れのない君でいて。


 はぁ……しかし、一部の勇者は引き込めれば役に立つかもしれないなんて思ったけど、ルアンタの教育に悪そうだし却下だし……これは下手に勧誘しない方がよさそうだ。

 特に回復魔法の勇者。ノンケでも食っちまうって、なんなのよ……。


「あの……先生、大丈夫ですか?」

 なんだか精神的にダメージを受けていた私に、ルアンタが心配そうに尋ねてくる。

 うん、本当にいい子だわ。


「大丈夫ですよ……それに、話を聞かせてもらって確信しました。やっぱり、君を選んだ私の目に狂いは無かったようです」

 心からの私の言葉に、ルアンタは再び花が咲くような笑みを浮かべる。

「あ、ありがとうございます。ところで先生……」

「何ですか?」

「つかぬ事を聞きますけど、もしかして以前に眼鏡とかをかけて・・・・・・・・いませんでしたか・・・・・・・・?」


 急に聞かれて、内心で私はギョッとする!

 確かに私は、以前に眼鏡をかけていた。

 だが、それは前世での話だ!

 な、なぜ、彼がそんな事を……。


「あ、いえ……お話している間、先生が何度か眼鏡を直すような仕草をしていたので……」

 あ、無意識にクセが出ていたのか……。

 ふぅ……そんな事は無いだろうけど、一瞬だけ前世が魔王の次男オルブルだった事がバレたのかと思った。

 でも、そんなクセに気づくなんて、よく見てるなぁ。

「それで、弟子入りの授業料代わりと言ってはなんですけど、これを……」

 そう言って彼は、自分の荷物から小箱に入った眼鏡を取り出した。


「これは我が家に伝わっていた、マジックアイテムの眼鏡です。装着者に合わせた補強が自動的に成されますし、魔力を流すとレンズが黒く色づいて、強い光から目を守ってくれるんです」

 ほほぅ、それは中々面白い。


「しかし、家に伝わっていたというと、それなりに高価な物なのではないのですか?」

「いえ、今の僕に差し出せるのはそれだけですし、ぜひ先生にもらってほしいんです!それに……」

「それに?」

「知的でクールな先生には、よく似合いそうだから……」

 こいつぅ……。

 頬を染めながらかわいい事を言う弟子に、気をよくした私は眼鏡へと手を伸ばす。

 そうして小箱から取り出したそれを、スッと装着してみた。


「これは……」

 むぅ!なんというフィット感!

 なんとも素晴らしい、この収まるべき所に収まった感に私は内心で驚愕する!

 試しに魔力を流してみると、確かにレンズが黒く染まって遮光性がアップした。

 エルフは目がいい種族だけに、この効果は地味にありがたい。


「これは……かなり良い物ですね」

「そう言ってもらえると、僕も嬉しいです」

「どうでしょう、変ではありませんか?」

「いえ!とてもよくお似合いです!」

「フフッ、ありがとう」

 妙に力説するルアンタがなんだか可笑しくて、自然と笑みがこぼれた。


 うん、良いものを貰ったし、なんだかやる気が湧いてきたぞ!

 稽古をつけるのは明日からでもいいと思っていたけど、今日の内に基礎だけは教えておこうかな?


「ルアンタ、良い物をありがとうございます。それで、さっそく基礎中の基礎を君に伝えようと思うのですが、体の方は大丈夫ですか?」

「はい、もちろんです!よろしくお願いします!」

「よろしい。では、服を脱いで裸になりなさい」


「……………ええっ!?!?!?」


 少しの間を置いて、真っ赤になったルアンタの大きな声が響いた。


        ◆◆◆


 なんとか……ギリギリで、先生に置いて行かれずにすんだ。

 先生が手を抜いてくれているのはわかっていたのに、それでもこの体たらくなのは情けない。

 おまけに、彼女の目の前で吐いてしまうなんて……もう、弟子にするのは止めると言われるんじゃ無いかと怖くなり、必死で謝った。

 でも……僕を責めるような事は何も言わずに、先生は優しく「気にしないでください」と逆に気遣ってくれる。

 うう……この人は、本当に女神なのかもしれない。


 その後、先生に案内された家はコテージ調の立派な物で、どうやってこんな森の奥に……と思っていたら、先生が一人で作ったと聞かされた。

 いくら森の種族エルフだからといって、こんな力仕事をこなし、建築の知識まであるなんて……何度目かはわからないけど、この人には驚かされてばっかりだ。


 とにかく、ビックリして辺りを見回していたら、「あまりマジマジと見ないでください」と嗜められてしまった。

 そ、そうだよね、女性が一人で暮らしている場所をジロジロ見るなんて、デリカシーが無さすぎた……反省。


 それから先生と少しの間、他愛もない話をした。

 たぶん、僕の体力を回復させるために、そうしてくれたんだろう。

 自然な優しさに、先生の人柄がにじみ出てるみたいだ。

 だけどある話題になった時、僕に緊張が走った。


 それは、僕以外の勇者達の話。

 魔王を倒すために選ばれた、歴戦の勇士……のハズなんだけど、何て言うかクセの強い人達ばかりだった。

 そのまま話しても、信じてもらえるかなぁ……。

 少しの戸惑っていると、なぜか先生は僕を認めてくれると励ましながら、頭を撫でてくれた。

 その励ましに勇気を貰えた気がして、とにかく聞かされていた他の勇者のプロフィールを、そのまま先生に話す。


 ……僕の話を聞き終え、先生はいつものクールな表情のまま、眉間を押さえるような仕草をしていた。

 聡明な女性ひとだから、もしかすると僕以外に可能性を見出だしたんじゃ……なんて、不安とわずかな嫉妬の心が沸いてくる。

 でも、先生は「ルアンタを選ぶ」と言ってくれた。

 その一言に、僕はきっと恥ずかしくなるほど笑顔になっていたと思う。

 そんな僕を見つめながら、先生はフッと指先を自分の眉間の近くに持っていった。


 ……何度か無意識にやってるみたいだけど、あれって眼鏡をかけてる人、特有のクセだよね?

 もしかして、先生も眼鏡をかけていたんだろうか。

 そう思った時、僕は自分の荷物の中に、眼鏡のマジックアイテムがあった事を思い出した。

 僕が勇者に選ばれて家を出る時、兄上と姉上が山のように持たせてくれた荷物(ほとんどは送り返した)の中にあった物だけど、先生にプレゼントしたら喜んでもらえるかな。


 授業料代わりなんて言い訳しながら渡したけれど、先生は嬉しそうに受け取ってくれた。

 何より、眼鏡をかけた先生はいつもより更に素敵で、僕もつい力説してしまう。

 そんな僕に、微笑みかけてくれた姿は、ため息が出るほど綺麗だった。


 そうして、上機嫌になった先生に、さっそく基礎中の基礎を授けて貰える事になったんだけど……突然、服を脱げと言われるなんて!?

 な、何が始まるんだろう……(ドキドキ)。

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