27 二日目⑧匂いのしないりんご
その頃ダグラスは、朝に出かけた農家へと、再び足を運んでいた。
馬車の荷台には、籠に摘んだばかりのりんごを落ちない程度に盛ってある。
馬丁と共に荷台に乗っているダグラスは、ちらちらと馬丁がりんごの山を見ていることに気付く。
「なあ、一個くらいいいかね」
「まあ一個くらいはいいと思うぜ」
農家への手土産というか、熟れ具合とか聞きたいので、ともかく生っていたものを沢山の木から一つずつ採ってきたのだ。
馬丁はその中でも大ぶりなものを手にする。
そしてはあっ、と息をかけると服でごしごしと擦る。
するとぴかぴかとりんごは光る。
「へえっ。何かいい出来だなあ。虫食い一つ染み一つねえぜ」
そうか、とダグラスは何気なく答える。
そして少し経ってから、確かに、と思い、籠の中のりんごを見渡す。
彼はとりあえずりんごを、あくまで農家に種類や用途を聞くためそれぞれの木から無作為で採ってきた。
何も選んではいない。
なのに。
「確かにやけに出来がいいな」
「だよな」
そう言いながら馬丁はしゃく、とかぶりつく。
「うっまーっ!」
そのまま貪り食う。
「腹減ってたんだよなあ。俺の分までそんなに残ってなくて」
「厨房に残しておいてくれって頼んでなかったのか?」
「いや、いつもある程度残してくれてあるんだよ。ほれ、パンとスープと豆くらい。けど何か今日はなあ…… 何かなあ……」
馬丁は首を傾げる。
「言ってないのか?」
「いや、言ったら『残ってない』と言われて。パンだけもらったけど、少なくってよ」
大の男じゃさすがにそれだけじゃ辛いだろう、とダグラスも思う。
「もう一個いいかね」
「もう一個だけな」
再びしゃく、という音が聞こえる。
「お前はいいのか?」
ダグラスは御者に尋ねる。
「俺はいいよ。何とかありついたし。向こうで何か貰えたらそりゃありがてえけど」
「ああそれは俺も」
「一応聞いてみるか。塊肉だけでなく、ベーコンとかソーセージがあるならそれはそれでありがたい」
「ソーセージいいねえ。ゆでた奴をぱりっと」
「いや、俺は焼いた方が好きだな。焼いてる時の匂いがふわ~っと」
そう言った時、ふとダグラスは思った。
りんごの匂いがしない。
そう言えば、キッチンでマーシャ達がせっせと皮を剝いていた時も、その後煮込んでいた時も、あの甘酸っぱい匂いはしただろうか?
ダグラスは急に気になりだした。
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