1 マードレー家の人々
そもそも、何故あの話を受けてしまったのか……
サリー・アンは何とか動き出した馬車の中でぐっと拳を握りしめながら唇を噛んだ。
そう、あれは夏休暇の前。
***
「ただいま! サリー! サリー! なあ、聞いてくれ、この夏休暇には、ウエズリーのランダ伯母さんがカントリーハウスに来ないかって」
「お帰りなさいエイブ、まあどうしたの突然。夏休暇? 確か今年はいつもの別荘が一杯だからって……」
「それがだよ、職場に伯母さんからの手紙が届いてな。何でも今年は伯母さんの旦那さんの調子があまり良くないので、行けなくなったそうだ」
そう言ってサリーの夫、エイブラハムは抱きついてきた。
「まあ貴方、そんな、向こう様の大事なのに喜んだりして……」
サリーは呆れた。
伯母さんの夫なら、彼にとっては伯父にもあたるだろう。
それなのに浮かれていてどうするのだ、と思わずにはいられない。
「いやそれは僕だって彼のことは大変だと思うよ? だけど殆ど会ったことが無いんだ。心配するって言っても実感が無いんだよ。無論ランダ伯母さん当人が病気とかというなら、まずお見舞いに行くだろうけどね」
「そうなの。それにしても貴方の喜び様ったら…… その話、ちゃんと聞きますから、まずは着替えてらして」
サリーはあんなに浮かれている夫を見るのは初めてだった。
子爵家の三男坊に生まれた夫の元に十七の歳に嫁して十八年。
縁戚筋の実業家の元で手腕を発揮している彼のおかげで、サリーは何不自由無い暮らしを送っていた。
一番上の息子は既に自分が結婚した歳だ。
それだけの時間の中で、あれだけ喜んだことがあっただろうか。
「奥様、お茶の支度はどれだけ」
ハウスメイド長のエメリーが問いかけてくる。
何人か居る彼女達はさほど歳は離れていないが、能力という点では段違いだった。
「そうね、皆で話をするから、居間に四人分。ルイスの分は」
「はい、判っております」
末っ子のルイスはまだ五歳だった。
すぐ上のマリア・メイが生まれてから七年後にひょいと出来てしまった子だが、その可愛らしさに屋敷が虜になった。
それでもただ可愛がっているだけでは駄目、ということは二人の子を育ててきて判ってきつつあったので、そこは乳母と共に協力して甘すぎず厳しすぎずを自分に課して育てている。
やがて自室で勉強をしていた長男のウィリアム、ピアノのレッスンにも飽き、人形の服を作っていたマリア・メイ、そして外で庭師に花の名を教わっていたルイスの三人も呼ばれ、このマートレー家の夏休暇についての話し合いが始まったのだった。
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