A CURSE
蒼雲綺龍
プロローグ
暗雲に、月明かりも、星明かりも遮られた闇夜だ。
私は、台風の齎す大雨が終わった直後。 考える事に疲れ、ふらっと散歩に出てみた。 ザワザワと強い風に揺れ動く森を抜け。 キュキ・・キュキ・・キュキと、擦れ合う竹林を行き過ぎる。 田舎の小路など、枯れ木が倒れて危なく。 生暖かく強い風に吹かれて動く、様々な音が深夜を支配していた。
本来、私は酷く臆病な人間だ。 危ない冒険など、出来る人間では無い。 然し、何故に、この夜だけは出掛けたのか…。
恐らく、今に考えるなら、
‘何かに呼ばれていた’
のかも知れない。
墓地が近い横道を行き過ぎ。 田んぼの広がる国道沿いに曲がって歩道を行けば、右手側に突如として現れる黒い大きな影。 それは、もう何時間も前に閉店時間を過ぎたスーパーだ。 駐車場を照らすライトは煌々とし。 その光に入るスーパーの表はハッキリと見えているが。 その周りは急に暗くなっていて、私は背負うかの様に感じた恐怖で足を止めた。
(どっちに行こうかな)
安全を取るならば、明らかに国道沿いの歩道を行くべきだろう。 こんな日の夜中ならば、時々に走る暴走族も通らない。 救急車のサイレンが遠くで鳴っているが、怪しまれても堂々としていればいい。
だが、私は見えない誰かに手を引かれているのか、そのスーパーの脇を通る舗装道路を行く。 道を照らす街灯の様なものも無い道を行けば、川縁を行く歩行者道路にぶつかる。 護岸工事をされたコンクリート姿の川は、普段ならば水位など私の膝か、腰にも満たないくらいしかない。
だが、今は…。
(凄い水だな。 ま、台風が来ていたんだから、こんなものだな)
トラックすらも軽々と水没させるに足りる水位に満たされた川。 轟々と音を立てる水からして、人が流れたらひとたまりもないだろう。
然し、私のこの奇行の様な行動は、今夜だけの事では無い。 台風や激しい雷雨の後、妙に外へ出てみたくなる。 学生の頃は、この川沿いの歩道は良く使った。 その時も、台風や大雨の後は増水していて。 所々の道が低い場所では増水した川の水が流れ込んでいた。
泥水が溢れ掛けた川縁の歩道を行くと、桜の木の袂に黒いマントにフードまでした何者が立つ。 川の水を気にして気づかない私が、その横を通り過ぎようとした時。 その者は、何かを呟いていた。
「あ」
声を聴いた気がして気付いた瞬間、思わず小さい声を出した私に。
「人を、殺したい程に憎んだ事って、アナタに有りますか?」
いきなり問われた事で、私は深く考えもせず。
「それは・・まぁ」
相手が誰か、この夜中にこんな姿の人物が居る。 それがとても怪しい事なのに。 私は、何故か警戒心が無くて、普通に会話を交わしていた。
「それって、思っただけ…ですよね?」
マントにフードの人物は、此方の内心を呼んだかの様にこう言って来た。
「です・・ね」
何者なのか、私には解らない。 顔が良く見えないんですよ。 でも、なんかフードの中が、青く光って見えた記憶が在ります。
さて、その人物は続けて。
「でも、ね。 もしも、そんな感情に支配されて、無惨にも殺されたら・・。 その心は、どう成るんでしょうかね」
こんな不可解な質問をして来まして。 考えたんですが、私には全く解らない。 臨死体験もなければ、幽霊を見た事もありません。
「さぁ、見えないものですから・・、解りません」
この黒いマントの人物と話しているウチに、私は何でこんな時間に外に出たのかと思いました。 フラフラっと、強い風に吹かれたくて出たつもりだったんですが。 この時には、呼び出された様な感じもしたんです。
(早く、帰ろう…)
そう思ってみたんですが、話をどう振り切ろうが解らない。 簡単な理由さえ、頭の中に浮かばず、見つからないんです。
逃げる理由が見つからず、立ち尽くした私に。 その人物は、更に話し掛けて来ました。
「今ね」
「はぁ?」
「或る場所で、一人の男が、一人の女性に対して、酷い事をしています」
「酷い事・・ですか。 って、助けないとっ」
ちょっと慌て始めた私に、拒否を現す様に首を振るそのフードの人物で。
「手遅れですよ。 その女性は、誰にも助けて貰えずに殺されてしまいますから」
「そんなっ」
だけど、私が辺りを見回しても、そんな女性なんて見当たらない。
そこへ、その人物が真後ろまで来ていて。
「が・・・、その女性が死ぬ時に、思いましたよ」
「え・・え?」
急に声が真後ろとなり、足が震えるほどに怖く成った私は、後ろに迫ったその人物に振り返るのが怖かった。 何か、別の生き物を見そうで・・ね。 見ちゃいけない人物が、其処に居る気がしたんですよ。
ですが、今度は私の心の中に、
― 憎いぃぃっ!!!!!!!!!!!!!!!!! ―
と、爆発的に広がる女性の声が…。
「わ゛ぁぁっ!」
びっくりして飛び上がる様に驚く私が、腰を抜かして振り返った。 濡れた草の生える道端で、ガードレールの手前に尻餅を突いた私は、背中を見せるマントの人物を見上げる形に成りました。
すると、その人物が突然に。
「処で・・。 幽霊って、理屈なんでしょうかね」
「は・はぁっ?」
「人は、人の現す感情を、顔色や言動で察しますが…。 時々、胸騒ぎや予感や直感が教えてくれる事も、在るんじゃないでしょうか」
「そっ、それは・・・、そうかも知れ・・ない」
服の一部を濡らして立ち上がる私に、その人物はこう言った。
「それを物質的と云うには、余りにも不思議な出来事で。 また、人が見てない所では確認が出来ないとか、考え方が曖昧模糊の様な気がしますが…。 本当の処は、どうなんでしょうかね……」
ズボンを叩く私は、その点には常々に否定的な意見が薄くてか。
「特定の人物では無く、誰にでも見せろなんて、人間のエゴかも知れないのでは? 見たい人より、知って欲しい人に向こうが見せるのなら、感じたり、見える人が限定されるのも仕方ない事だと思います」
この論理がどうとか、考える余裕が在りませんでした。 只、私が聴く幽霊を見た事が在る人の話は、大抵が親しい人。 時には、親兄弟より信頼されていたり、付き合いが長い人だったり。 気心が知れた間だったので、その関係に何かが関わっているのでは・・と、考えていただけなんですが…。
気付けば、汗だくで。 身体から臭いがしてました。
(あ、もう真夜中だ)
ふと、私が見上げる空の上、煙る様な雲の向こうに、ぼんやりとその輪郭が見えたんです。
すると、マントの人物もその鈍く雲の膜に包まれたかの様な月を見上げて。
「嗚呼、今…。 強い怨念を抱いた魂が、生まれてしまいましたよ」
「え?」
「あれには、私も触れられない。 強い怨みに支配され、とてもあの世に連れて行ける状態では無い」
絶望的な様子で、その人物は被りを左右に振った。
私は、思わず。
「あの・・アナタは、一体…」
すると、初めてその人物が、私の方に少し上向きました。
「わ゛っ!」
驚いて身動ぎをした私に、その人物がまた俯くと。
「では、人間の方。 後は、其方の皆様の行動次第ですよ…」
軽く頭を下げて来たその人物は、歩き始めて北の方に行く。 民家の間の畑を突っ切る方角だったが………。
「き・消えた」
闇の中で見えなく成っただけかも知れない。 だが、私には・・・、しゃれこうべに皮を貼り付けただけの様な。 表情の欠片も無いその人物の顔が、目に焼き付いた。
「はぁ、帰るか・・・な」
背筋に走る怖さで、ブルっと震えた私。 川縁に沿う歩行者道路を歩き始めた私は、この理解の行かない体験を忘れたかったのか。 頭の中に或るストーリーが浮かんでいた。
余りにもどうでも良く、この体験と関係が在るのか解らない。
只、珍しく長く萎える事も無く。 オチやら登場人物が湧いて出た話だった…。
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