8、追いかけてしましました。

8、侍女たちに紛れて宮殿を脱出しました

トントントン。

小刻みに、ペン先で机を叩く。


『気分転換と静養を兼ねて、領地に行くことにしました。

きっと旅立った後に、サラ様がこの日記を読むことになるのが心苦しいですが、用事を済ませたらすぐに王都へ戻るつもりです。

そうしたら、また温室でお会いしましょう』


綺麗な文字の羅列を見て、溜息をつく。


この日記を受け取ってから、もう2週間になる。

だけどセリ様が帰ってきたという話は聞かない。


すぐに戻ると書いてあるのに――。


触れ合える距離に彼がいたことが、もう昔のような気がする。


会いたい。

会って元気なのか確かめたい。


トントントン。

焦る気持ちは、そのままペン先へ、叩く音へ。


彼が領地で、何かに巻き込まれたのだと思う。

彼の身に何かあったのではないかと、不安になる。


「サラ様、影がこちらに――」


いつの間にか、サラの私室に黒装束の男が膝まついていた。

口元を黒い布で隠し、素顔は見たことはない。

素性も知らない。

ただ彼らは王家に忠誠を誓い、決して裏切らず、表に出ず、影であることに徹している。


彼に似た漆黒の髪と瞳に安堵する。

この国では珍しくない色彩。

だけど、幼き頃より側にいる、この人は何故か今の私を安堵させた。


そういえば、セリ様と出かけた日は、彼ではなかったわね・・・。


常に1人以上の影が、私やお祖母様にはついているらしい。

だけど、毎日同じ人がつくわけではない。

彼らは数人で私たちを守ってくれているようだ。

時には剣になり、盾になり。


そして目の前の彼は『鴉』と呼ばれていて、私についてくれている事が多い。


「ステファン領のことがこちらに」

ヨウが彼から書類をもらうと、私に手渡す。


帰りの遅いセリを心配して、私が鴉の命じて情報を集めさせたのだ。


ヨウから手渡さた書類に目を通す。

「――これは、真実なの?鴉」


彼はただうなづく。

彼らは絶対的な信頼関係があり、真実しか言わない。

そして声も極力出さない。


「――お祖母様のところへ行くわ。鴉もきなさい」


私は急足で、祖母の元へ向かう。

これが真実なら、彼が戻ってこない理由もうなづける。


セリ様――!




「こんな時間に慌てて来たと思ったら」

祖母は私に微笑みを向ける。

すでに夜着に着替えてるところを、私が押しかけたからだ。


「申し訳ございません、お祖母様。だけどこれは無視出来ない事態かと」


鴉から受け取った書類に目を通し、祖母は溜息をついた。

「――それでサラはどうするつもりなの」


「ステファン領へ向かおうと思います」

「駄目よ」

「お祖母様!」

「一介の男爵領のことに、王家が口を挟めないわ」

「しかし!」

「まして、当主殿から依頼を受けたわけでもないのに」

「――っ!」

サラは唇を噛み、項垂れる。


これは影に命じて、私が私的に内密に調査したものだ。

決して男爵家からの依頼ではない。


「――ロブレットを呼んできて」

祖母は近くにいる侍女にそう伝えると、溜息をもう1つついた。


「しかし、貴方がお忍びで行くというのなら、私は止めませんよ」

「お祖母様!」

私は嬉しくて、顔を上げる。


「ただし、一週間で必ず戻って来なさい。それより遅くなるのは認めないわ」

「――はい」

「――鴉。今の言葉聞いたわね。必ずサラをここに戻しなさい。この前のような失態は2度と起こさないで頂戴」


扉の近くで控えていた鴉は、ちらっと祖母を見て

「――御意」

滅多に言葉を発しない彼が答える。


お祖母様には言葉を発するのね・・・。

そんなことを考えていた時、扉がノックされ、ロブレット=カントム公爵が鎧姿で部屋を訪れた。


精悍な顔立ちで、彼が夜会に現れた日には気絶してしまう女性がいるほどの美貌を持つ。

王家のと血の繋がりがある彼らは、私たちとよく似た瞳や髪色を持っていた。

私と5歳しか離れていないのに、近衛騎士団の副団長の地位にいる。

お祖母様が信頼を寄せる臣下の1人だ。


鴉の隣で膝立ちし、ロブレットは仰々しく頭を垂れる。


「ロブ、サラの護衛を頼むわ。行き先はステファン領。お忍びだから、あまり目立たないように。後のことは鴉と相談して頂戴」

「畏まりました」


「私は疲れたから眠るわ――くれぐれも無茶をしないようにね、サラ」

「ありがとうございます、お祖母様。おやすみなさい」


3人はお祖母様の私室から辞する。

そして、そのまま私の私室に向かう。


「――お兄様、我儘に付き合わせてごめんなさい」

私は慣れ親しんだ呼び名で彼を呼ぶ。


「サラ様のことで、我儘なんて思いませんよ」

昔から変わらないその笑顔は、私を何度も窮地から救ってくれる。


「ありがとう――一刻も早く着きたいから、馬車ではなく早馬で行くわ。護衛も鴉となら2人で良い。だけどヨウも連れて行きたいの」

「わかりました――では鴉、打ち合わせを」

そう言うと2人は部屋から出て行った。


「お嬢様」

ヨウは少し緊張した面持ちで、私の側に立つ。


「聞こえた通りよ。お忍びでいくから必要最低限のものだけにして。あと目立たない服もお願い。早朝には出立したいから早く休んで」

「わかりました」

ヨウは慣れた様子で短く侍女たちに指示を飛ばすと、部屋を出て行った。


セリ様、どうかご無事で――!


翌日、夜も明けきらない内に王都を出発し、馬を乗り換え、馬車なら3日かかる工程を2日間でステファン領に到着した。


町を見下ろせる小高い丘の上で、私は愕然とした。

行き交う人々の弊壁した様子に、さらに不安が駆り立てられたのだった・・・。




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