龍と虎の節約生活
コラム
01
「あぁ……何かこうチーズの入ったガッツリとしたものが食べたいなぁ……」
電車から降りて善行駅を出た
だが、周りにある居酒屋の誘惑に負けずに、彼女は真っ直ぐに自宅へと歩いて行く。
龍子の仕事は、とある企業のパソコンを使って書類作成やデータ入力をするいわゆる事務職だ。
正社員になれると言われて早5年。
会社の業績悪化のため、いつの間にかその話は流れてしまった。
仕事がない時は強制的に有給休暇を使わされるほどで、先行きは暗い状況だ。
月収は12万円~14万円でボーナスはなし。
しかし、龍子は何のスキルもなく、向上心のない自分の人生はこんなもので良いとそれなりに独身生活を
だが、それがそうもいかなくなってしまったのは――。
「おかりえりなさい、龍子叔母さん」
兄の娘――姪の双沢
虎美の両親は、ある日に酔っ払い運転に巻き込まれて亡くなってしまった。
亡くなった兄夫婦は家の人間らと折り合いが悪く、ほぼ親戚から絶縁状態だったのもあって、誰も虎美を引き取ろうとはしなかった。
まだ高校生だった彼女の学費や生活の金銭的なことをを考えれば、それも当然だろう。
これまで存在すら知らなかった少女など、赤の他人と一緒だ。
だが、龍子は虎美の保護者となった。
それは女で一つで兄と自分を育ててくれた母ならば、きっとそうするだろうと思ったからだった。
だが、実際に生活が始まると甘くはなかった。
築35年のワンルーム――ミニキッチン、トイレと風呂付きで、さらにはエアコン、ロフト、下足箱、室内洗濯機置場があるアパートの家賃が月2万5000円。
水道と光熱費が1万6000円。
食費は自分だけ切り詰めて2万8000円(育ち盛りの虎美にはちゃんと三食与えている)。
そこからスマートフォンとインターネット代、衣類や日用消耗品代、約4万円。
高校三年生である虎美の学費――約40万円は、貯金を使い果たして払うことができたが。
正直、タバコも大好きだったお酒も止めても生活は苦しい。
「ご飯できてるよ」
「ただいま。いつもありがとね、虎美。本当ならわたしが作るべきなんだけど……」
「気にしないでよ、そんなこと。あたし料理好きだもん。だから大丈夫。今夜はずっとネットで気になっていた豆腐ステーキを作ってみたよ。早く食べて~」
双沢家で出る料理は、基本的に納豆、豆腐、もやしがメインだ。
それは当然食費を切り詰めてた結果で、別に龍子と虎美がベジタリアンというわけではない(むしろ二人とも肉が大好き)。
「どう味は?」
「うん、美味しいよ。虎美の作るものはなんでも美味しい。もうわたしよりも料理の腕は上だね」
「そ、そうかなぁ。えへへ、そんなに褒めても何もでないよぉ」
褒められて照れている虎美を見て、龍子は笑み浮かべている。
たしかに美味い。
それは本当だ。
虎美の作った豆腐ステーキは、照り焼き風の甘辛い味つけをしていたようで、白飯が進む。
事実として、虎美の料理の腕はお世辞抜きで龍子を追い越していた。
きっと毎日安い食材を使って、なんとか龍子を満足させようと試行錯誤を続けた結果だろう。
もういつお嫁に出しても恥ずかしくないほど、虎美の料理の腕は向上している。
だが、それでも肉が食べたいと思ってしまう自分を情けないと思った龍子は、心で「肉なんて~!」と叫びながら泣いていた。
「そうだ、龍子叔母さん。この子もご飯の時間だよ。早くユキチにご飯をあげて」
龍子は急かしてくる虎美にいわれ、ユキチと名付けた招き猫貯金カレンダーの口に小銭を入れた。
毎日少しずつだが、ユキチの食事――夕食時に貯金をするのが定番になっている。
龍子は虎美を大学に行かせてやりたかった。
大学の初年度に納付する費用は、国公立大学なら約80万円~100万円、私立大学なら約110万円~160万円が平均的な金額となる。
とても小銭で貯められる額ではないが、貯金をイベントにすることで無駄遣いを減らす心構えができると、龍子が始めたのがきっかけだ。
虎美はこの招き猫貯金カレンダーに名前までつけて可愛がっているのもあって、今ではすっかり家族の一員になっていた。
「ねえ、虎美。あんた、進路はもう決まったの?」
「うん、決めてるよ。あたし、もしかしたらスポーツ推薦できるかも!」
虎美は高校の部活動で水泳部に所属していた。
小さい頃から続けているのと、彼女に才能があるのか、これまでに何度も全国の水泳競技大会で優秀な成績をおさめている。
それもあってか、顧問の教師が大学の推薦入学を掛け合ってくれているようだ。
話を聞いて龍子は思う。
(やっぱり行きたいよねぇ。……腎臓ってなくても生きてくのに支障はなかったよね? どっかで売れないかな……)
これはなんとしても学費を貯めなければと、自分の臓器を売ろうと考えている叔母の心配を察したのか。
虎美が慌てて説明を始める。
「心配しなくても大丈夫だよ! なんかね、先生の話だと学費が免除できるかもって!」
スポーツ推薦で大学に入学すると、学費が免除される可能性がある。
入学方法が一般の学生と違い、スポーツで評価するため学費の免除はあるとしても限られたものになると思われるが。
スポーツ特待生となると、学費の免除や給付金の支給を受けることができる場合もある。
虎美の入りたい大学では、スポーツ特待生として、新入生向けには入学後競技を継続できる学生が対象で、スポーツの実績により授業料も免除される。
どうやら期間は4年間で、1年ごとに審査があるという内容のようだ。
数ある中で虎美がこの大学を選んだ理由は、奨学金、学費の免除や給付金の返還義務がないからだった。
叔母の負担を少しでも減らしたい。
家のことは心配しなくていいと、バイトもせずに練習させてくれる龍子のために、虎美は必ずスポーツ特待生となると意気込む。
「あたし、頑張るから! だから心配しないで、叔母さん!」
「推薦取れるのは喜ばしいけど、うちのことは気にしないでいいからね。虎美が入りたいところへ入りなよ。もし違う大学に行きたくなったら、我慢しないでいいからね」
やはり家計の心配を第一に置いている虎美に対し、自分の甲斐性のなさに落ち込んでいた龍子だったが、そんな気持ちは絶対に姪には悟らせなかった。
しかし実際に、これで進学の心配が消えたのはたしかだ。
龍子はそう思うと、嬉しさと情けなさで目頭が熱くなっていた。
「どうしたの叔母さん!? 大丈夫ッ!?」
「だ、大丈夫だよ。いや~虎美が大学に入れそうで安心しちゃってね。わたしも年取って涙腺が緩みっぱなしだから」
「叔母さん……」
「ほら食べよう。せっかくの虎美が作ってくれた料理が冷めちゃうよ」
叔母と同じく涙目になった虎美を見て、龍子は精一杯の笑顔を向けた。
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