扉の向こうには

畔 黒白

扉の向こうには

 私がここを任されてもう一年半が経とうとしております。季節は二度目の冬を迎え、窓の外は目いっぱいの白銀に包まれました。いつもは見上げるように背の高い杉の木々もその幹のほとんどが雪に覆われてしまって、枝葉しか見えなくなっております。その姿はまるで天空から雪上に降ってきた巨大な松ぼっくりが連なっているようにも見えました。


 明治時代に紡績業で財を成し、その紡績業が衰退した後も製薬事業に舵を切るなど、今日まで激動の日本社会を生き抜いてきた滝沢家。その使用人一家に私は一人娘として生まれました。その身分を子供ながらに察し、物心つく頃には使用人としてのあれこれを真摯に学んできました。二十の頃に両親が立て続けに死に、私は一人残されました。味方のいなくなった私は他の使用人達から時には迫害と言っていいほどまで虐げられました。滝沢家に仕える使用人は何家も存在しておりまして、使用人の間で醜い争いというものが存在していたのです。 


 そこから十年もの間、はぐれ猿のまま私は滝沢家のお城ともいえる邸宅にお仕えしておりました。ところが季節は初夏。転機が訪れたのです。私の状況を不憫に思って下さったのか、現在の当主であられる滝沢義仁様がとある仕事を仰せになったのです。それがこの崎見原の高地にそびえる滝沢家の別荘「幽寂館ゆうじゃくかん」の管理人の仕事でした。


 この幽寂館は滝沢邸ほど大きくはありませんが、それでも一般的に見れば豪邸と称されても余りあるほどのものでした。外観も内装も洋式で、扉を開けて中に入るとざっと二十人は座れるであろうという横長のテーブルと大広間が出迎えます。扉は私の身長の二倍ほどの高さがある分厚い木製の両開きで、毎度出かける度にその扉のあまりの重さに正直辟易とします。一階には大広間以外に厨房や使用人の部屋などがあります。二階には客室が八つ並んでおります。そして地下には食料などを蓄える倉庫が備わっているのです。大広間の中央からは二階の廊下へと続く幅広の階段が真っすぐに伸びています。窓はどれもステンドグラスで、中でも大広間に差し込む赤青黄の光は思わず雑巾をかける手を止め眺めてしまうほどに綺麗でした。


 幽寂館の静けさはその名の通りかそれ以上のものでした。辺りには家はおろか人工的な物すら無く、この館を造ると同時に切り開かれた獣道ともいえる隘路を三十分ほど下ってようやく麓の町に繋がる道路とガードレールが見つかるくらいです。電気や水道はもちろん通っていません。水は井戸からくみ上げ、発電機で灯りの電気は賄い、冬は薪ストーブを使って部屋を暖めます。一週間に一度町まで買い出しに行き、発電機に使う燃料や食材など必要なものを調達します。食料の多くは長時間の保存が利くものを選びますが、なにしろここは別荘です。いつ義仁様がご家族やご友人を連れてこられてもいいように、肉なども買います。今は雪に埋もれておりますが、それに加えて私は長い間放置され雑草だらけになっていた畑を整備し、季節ごとに様々な野菜や果物を収穫できるようにいたしました。


 この幽寂館の管理で一番大変なのは掃除でした。私一人では一日で館のすべてを掃除出来るはずもなく、毎日少しずつ掃除しました。一周してすべて掃除し終わる頃には、最初に掃除した部屋の隅に埃が溜まっておりました。


 そうして来る日も来る日も、義仁様がいつ訪れてもいいように私はこの館の手入れに明け暮れていました。そして気づけば誰もお客様を迎えることの無いまま一年半が経っていました。

 

 もしかしたらこの場所の存在、そして私自身も忘れられているのでしょうか。お客様もいないのに何故こんな事をしているのか分からなくなりました(ちなみにこの役目が義仁様の私に対する厚遇ではなく、酷遇であった事を私は後に知ることになります)。そのような不安に駆られていた私は二階の客室の掃除を早めに切り上げ、気分転換に昼食を作ろうと中央の階段を下りていた時でした。


 コンコン……


 二回扉が鳴りました。私はこの家の扉のノック音を聞いたことがなかったので、状況を把握するのに少し時間が掛かりました。重く湿った音でした。それは想像よりも扉の下の方から聞こえたような気がしました。


 私は慌てて階段を駆け下り扉を押し開けました。


 ぴゅうぴゅうと音を立てて、扉の隙間から雪混じりの寒風が顔を襲います。その痛いともいえる冷たさに私は思わず目を瞑り顔を伏せてしまいました。

 

 左腕で顔を守りながら片目を開けると、ちょうど視線の位置に人が倒れていました。うつ伏せで顔が見えません。「大丈夫ですか?」と問いかけても返事がありませんでした。私は急いで中に引きずり入れました。

 大広間の薪ストーブの前まで何とか運ぶと、その方を仰向けにしました。それは私と同じくらいの年代と見える青髭を生やした男性でした。私は使用人として看護にもある程度精通しておりましたので、防寒着を脱がせ身体の状態を確認しました。まず手足の指はかなりの凍傷を起こしていました。そして身体中に打ち身による痣、左足は捻挫を起こしていると分かりました。何か高いところから落ちたと思われます。さらに途中で杉の木に突っ込んだのか、首や手に無数の引っかき傷のような不自然な傷跡もありました。


 しばらくすると男性は目を開けました。

「ここは……どこですか」

「ここは崎見原の幽寂館。滝沢製薬で有名な滝沢家の別荘です。あなたからノックをされたのですよ。覚えていらっしゃいますか?」

 彼は少し安堵したように溜息をつきました。

「ああ……何も覚えていません。とりあえず助かったんですね……うっ」

 青年は体を持ち上げようとしてうめき声をあげました。

「あなたはひどい数の打ち身や凍傷を起こしています。しばらくは動けないでしょう。客室までお運びしますので少々お待ちください。」

「ああ……こんなはずじゃ……こんなはずじゃなかったのに……」

 青年は呟くとまたこくりと意識を失ってしまいました。


 なんとか客室まで男性を運び、ベッドに寝かせました。一度部屋から出て水と医療用品を持って参りますと、既に目を覚ましておりました。手当をしていると、彼は少し苦笑しながらこう言いました。

「雪山には慣れているつもりだったんですが、うっかり滑落してしまいました。誰かに後ろから押されたような感覚でした。……申し訳ないのですが、動けるようになるまで、少しの間ここにいさせてもらっても大丈夫でしょうか?」

「もちろんです。体調万全になるまでここに滞在なさってください」

 やっと訪れた初めてのお客様に私は天にも昇る心地でした。少し迷いましたが、義仁様には連絡を入れませんでした。電話をするにはわざわざ町まで下りなくてはなりません。そんな事よりも彼の怪我が全て治るまで、私に出来る最大限のもてなしをしよう。厨房で粥を作りながら私はそう心に決めたのです。


 翌日の昼頃、二回目のノックが鳴りました。立て続けの来客に私は驚きました。扉を開けるとまたしても強い風と雪が私の顔を襲います。吹雪は一夜明けても続いておりました。今度は、分厚い防寒着に身を包んだ十人ほどの男性の方々が並んでいました。皆さん私を見るなり一様に驚いた顔をしておりました。

「まさか本当に人がいらっしゃるとは」

 先頭の青年が言いました。かなり若いですが、容貌魁偉ようぼうかいいとしていかにもリーダーといった出で立ちでありました。

「ここは崎見原の幽寂館。滝沢製薬で有名な滝沢家の別荘です。私はその管理人としてここを任されている者です」

「あの滝沢製薬のですか」

 青年はそう相槌を打つと、少し間を置いて本題に入りました。

「実はお聞きしたいことがありまして。どうやら友人がこの雪山で遭難したみたいなんです。昨日から連絡が途絶えました。素人が一人で行くなとあれほど言ったのに。なにか助けを呼ぶ声がしたとか、手がかりになるような情報は持っていませんでしょうか?」

 私は顎に手を当て少し悩んだ仕草をした後、こう答えました。

「特にそういった出来事はなかったと思います。昨日は少し忙しくて、あまり外に意識が向いていなかったかもしれません。お役に立てず申し訳ありません」

「そうですか。お忙しい中ご協力ありがとうございました」

青年は深々と礼をすると後ろを振り返り、「よしみんな、捜索再開だ」そう言ってメンバーを引き連れて吹雪の中に消えていきました。


「先ほどノックの音がしましたが、お客さんでも来たのですか?」

 昼食に温かいポトフをお持ちしますと、寝たきりの男性は布団から青白い顔を出してそう言いました。あの重い扉のノックの音は二階の男性のところまで響いていたようです。

「いえ、専属の宅配便です。定期的に燃料や食材を運んでいただいているのです」

 私はそう言いながら、毎週片道一時間以上歩いて買い出しへ行っている自分を心の中で嘲笑しました。


 その翌日。


 ノックの音が。三日連続でした。今日は吹雪も止み、扉を開けると陽が差し込みました。

 立っていたのは滝沢邸の使用人である山野令子さんでした。年齢は確か今年で四十五の歳だったと思います。私を村八分にした主犯格の一人です。

「ありえないわ。よくこんなところに一年半も平気で住めるわね」

 玲子さんは私を一瞥するなり腕を組み、怪訝そうな表情できょろきょろと辺りを見回しています。

「確かに少し不便ですが、静かで心が洗われますよ」

 私の言葉に玲子さんは更に顔を歪めました。

「そういう事じゃないわよ。もしかしてあんた知らないの?」

「何の話ですか?」

「幽霊よ」

「幽霊?」 

「やっぱり知らなかったのね」

 玲子さんは、ふっと鼻で笑い私を見ました。

「幽寂館の名前の由来は幽寂閑雅ゆうじゃくかんがの幽寂じゃなくて、霊がしがっているから幽寂館って呼ばれているのよ。」

 首を傾げる私を他所に玲子さんは話を続けます。

「前任の人も、さらにその前の人も、この館の中で自殺したわ。精神に異常をきたしてね。手記には幽霊がいるって書かれていたらしいわ。幼い女の子の霊の目撃談が多いそうね。おかっぱ頭の。きっとそいつが寂しがってここに来た人たちを引きずり込もうとしてるのよ。」

 令子さんは大きくため息をつくと、私を軽蔑ともいえる眼差しでまじまじと見てきました。

「私はね、義仁様に言われてあんたの生存確認をしにきたの。てっきりあんたも自殺してると思ってたわ。ここはね、いらない人材を処分するうってつけの場所なの。あなたは見限られたのよ。義仁様に」


 その時です。二階の客室から、ぱりんと何かが落ちて割れた音がしました。

 令子さんはそれを聞き一瞬だけ動きを止めて二階に目をやると、ご自分の肩を抱き体をわざとらしく震わせました。首元まで伸びたソバージュヘアが令子さんのあとについて揺れるさまは無性に腹が立ちました。

「やっぱりいるのね。私もう帰るわ。ここはおかしいのよ。平気でいられるあんたも頭がおかしいわ。ここに来るの、めんどくさくて仕方がなかったんだからね。次来る時には頼むから死んでてちょうだい」

 そう言うと令子さんはそそくさと帰っていきました。


 ノックをして客室に入ると、ヘッドボードに置いていたはずのガラスの水差しが床に転がり割れていました。

「取ろうとしたら、落ちてしまったんです。すみません……」

 男性が申し訳なさそうな目でこちらを見てきました。

「いえいえ。むしろ、助かりました」

 私は笑顔でそう言うと、てきぱきと掃除を始めました。オカルトの類は結局こういうところから生まれるのでしょう。勝手に憶測して、勝手に誤解するのです。


 今日の晩御飯はなににしましょう。厨房で鼻唄を歌いながら、献立を考えます。

 こんな日々がいつまでも続いたらいいのに。

 令子さんのことは憎いですが、そんな憎しみを一瞬で打ち消すほど、私はお客様がいる幸せな日々を噛みしめていました。


 翌日もノックの音が鳴りました。これで四日連続です。私はもう慣れていました。それがいつもの事であるかのように、何の躊躇いもなく扉を開けました。


「ご無沙汰しております」

 先日の捜索隊の青年でした。今日はお一人のようです。

「あら、どうなさいましたか?ご友人は見つかりましたでしょうか?」

 青年は表情を曇らせ、下を向き何も答えませんでした。

「まだ、見つかってないのですね。」

 私の言葉に青年はゆっくりと顔を上げます。


「いえ……見つかりました」


「はい?」

 微塵も予想していなかった答えに思わず聞き返してしまいました。


「見つかりました……遺体が……見つかりました」


 私は口をぽかんと開けたまま、何も答えられませんでした。遺体が見つかった? なら、今二階の客室にいる彼は何なのですか? 思わず目の前の青年に問いかけてしまいそうになりました。

「そ……そうなんですか」

 やっと出た言葉はそんな粗末な相槌でした。

「ご協力ありがとうございました。それでは失礼いたします」

 青年は深々と頭を下げると踵を返し、とぼとぼと歩いていきました。


 扉の前で私は呆然と立ち尽くしていました。真っ白な頭の中で昨日の令子さんの話だけが響き渡っていました。

「まさか……」

 そう一人で呟いた瞬間、後ろに気配を感じました。

「ばれちゃいましたか」

 私の耳元で誰かが囁きました。ぱっと振り返ると、客室のベッドにいるはずの男性がそこにいました。


 自分の心臓がとくとくと音を立てて拍動しているのが分かります。しばらくの間、お互い何も話さずただ向かい合っていました。相手が話す気がないのを見て私はなんとか口を開きました。

「歩けるように……なったのですね」

「はい。おかげさまで。まだ体の節々は痛いですが」

 男性は後ろ手を組み、爽やかな笑顔で答えました。

 またしばらくの間静寂が流れます。

 私は意を決してふっと小さくため息をつき、彼の目をしっかりと見つめてこう言いました。

「私は……私はこれまでお客様のいないまま、孤独のまま、この館を管理してきました。そんな中であなたとの日々は幸せそのものでした。貴方が例え何者であろうと、貴方は私のお客様です」

 彼は驚いたように私の顔を見つめた後、やわらかに微笑みました。先ほどの爽やかな笑顔とは違う、心の底から生まれた表情に見えました。

 彼はきっと悪い人ではありません。周りに虐げられながら生きるよりも、孤独で生きるよりも、幽霊と共に生きる方が何倍も良いような気がしました。 


 翌朝、朝食を持って客室をノックすると、返事がありませんでした。恐る恐る扉を開けますと、そこに彼の姿はありませんでした。まるで今までの事は全て幻覚だったかのように、部屋の中は綺麗に整っておりました。


 その時です。


 コンコンと、うすらとではありますがノックの音がここまで聞こえてきました。

 部屋を出て階段を急いで下りました。もしかしたら……そんな淡い期待を持って扉を開けると、そこには思いもよらなかった方々がおりました。


「突然失礼します。警察です」

 厚手で大きめのトレンチコートに身を包んだ男性が二人並んでおりました。右に立っておられるのが中肉中背の中年男性。左にはその部下とみられる三十歳くらいの背の高い男性が立っておりました。お二人とも内ポケットから警察手帳を出し私に見せていました。


「な、何の御用でしょう?」

 毎日続いている非日常な展開の連続に私の頭はどうにかなりそうでした。そんな私に追い打ちをかけるような話を中年の男性が始めました。


「昨日、この雪山で遭難者の遺体が見つかった話はご存じでしょうか?」

「……はい。聞いております」

「実はその遺体にですね……首を絞められた痕が見つかったんです」

 中年の男性は下を向いてため息をつくと、また口を開きました。

「要するに、他殺である可能性が高いんです。遺体は崖を転がり落ちたため損傷が激しく、まだ分かっている事は少ないのですが、揉み合いになったのか、遺体の爪の間から犯人のものと見られる皮膚が見つかりました」

 彼の首や手にあった不自然な引っかき傷を思い出しました。この衝撃の事実に私は逆に冷静さを取り戻していました。よく考えてみればおかしい話です。看病した男性はおそらく私と同じ三十歳前後。先日訪ねてきた青年は十代の可能性もあるほど若かったのです。年齢が友人と呼ぶには離れすぎていました。また、青年は遭難者の事を素人だと言っていたのに、彼は雪山には慣れていると言っていた事も思い出しました。それに彼がもし山から滑落しただけだったというなら、家族や友人への連絡を私に所望されるはずです。


 勝手に憶測して、勝手に誤解する。幽霊なんてものはいるはずがありません。


 私は先日の自分が考えていた事をてっきり忘れていたのです。


 警察の方々が帰った後、私は彼がいた部屋に閉じこもり、うずくまっていました。彼が殺人犯であったという事実よりも、彼がいなくなってしまったという事実に私は落ち込んでいました。私は彼が初めてこの館に来た日の事を思い出していました。


 ああ……こんなはずじゃ……こんなはずじゃなかったのに……


 彼はきっと首を絞め殺害を試みたものの、予想外の抵抗にあってしまい、揉み合いの末に二人共々滑落してしまった。そして命からがらこの館にやってきた。


 ふと、この部屋にはノートが置いてある事を思い出しました。慌てて机へ向かい、ノートを手に取って開きます。開いてすぐ、ページの始めに彼の置手紙のようなものが書かれていました。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 なんとか動けるようにはなったので勝手ながらここを出ます。看病して頂きありがとうございました。

 昨日の出来事でご存じの通り、私は殺人を犯しています。首を絞め殺害した後、遺体を背負って私は歩いていました。その時にとん、と誰かに押されたようにあっけなく、転んでうっかり滑落してしまいました。


 白状すると、昨日あなたが私の正体を知った時、私はあなたを殺そうと思っていました。厨房にあった包丁を握っていました。けれどあなたは何の陰りもない真っすぐな瞳で人殺しの私を受け容れました。とても驚きましたが、私には分かります。あなたは切実に誰かを求めていたのですね。けれど警察もそろそろ捜査を始めるでしょうし、これ以上貴方に迷惑はかけたくありません。


 ただ一つ。この五日間ずっと分からないことがありました。


 それはなぜ私がここまで来れたのか、という事です。動けることも出来ないほどの怪我を負っていたのになぜこの館の前まで来てノックが出来たのか、私はそれが不思議で仕方がありませんでした。


 そして先ほど、すべて思い出したんです。それはもう鮮明に。


 私はここまで女の子に引っ張られて来たんです。小さな、女の子です。

 吹雪の中、その子は薄着でした。後ろ姿しか見ていないので顔は分かりません。

 髪型はショートヘア……おかっぱのような感じでした。 


 ノックをしたのもその子です。


 この辺に住んでいる子でしょうか?彼女にもお礼が言いたいです。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 読む手が震えて先が読めませんでした。

 違います。彼女はあなたを助けようとしたのではありません。きっと貴方が落ちたのも……


 ともだちになれるとおもったの……

 

 声が聞こえた気がしました。

 背中をなぞられるような悪寒が襲います。

 分かっていながらも、私は振り返りました。ゆっくりと。


 何もいません。あるのは無機質な扉だけでした。

 これも勝手な憶測、勝手な誤解だと自分に言い聞かせます。


 その直後でした。

 ドンドンドン。目の前の扉が鳴りました。


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