第10話 勧誘

肋骨を折られた次の日の朝、何とか時間通りに起きることができた。

頭がガンガンする。

昨日の夜に店長と酒をかなり飲んだからな。

あの店長、外で飲むのは突風が吹くと危険だからって言って俺の部屋に樽ごとビール持ってくるとは。

どこで買ったんだよと……。

でもまぁ……そりゃー大量に飲みますよね。


しばらくして店長が来たが、二日酔いの気配がない。

こいつの肝臓はイカれてるな。

無論昨晩の記憶は無い!と胸を張って言ってたけど。

記憶消えてくれている方がありがたい。

俺がきっとした粗相や暴言も記憶と共に流れ出ていくからな。

……覚えてないけど。

ルカさんの家に着くと玄関先に小さなカバンを持ったルカさんが立っていた。


「遅い。」

「すみません……。」

「何よナヨナヨして。もう殴ったりしないわよ。」


さぁ行くわよ!と先頭を切って歩きだした。

こいつ本当にハンナさんと仲良かったのかよ。

ハンナさんと真逆なんだよな。


「ルカさんのお母様。突風の状態を見て、2・3日後にルカさんを荷馬車で送り返します。」

「いや……少し話があるのだけどいいかしら?」

「はい?」


そして母親さんは店長とルカを先に行かせた。

ルカさんが軽く舌打ちをしたように見えた。


「どうしました?」

「ルカのこと……もうこの家に戻さなくていいですからね。」


どういうことだ?

別に嫁に貰う訳でもないし、ルカさん自身は俺とハンナさんの関係性を確認しに行くだけだ。


「あの子、あれでも魔術学校の首席だったんです。」

「首席!只者ではないと思ってましたけど。」

「……途中で自主退学してこの家に帰ってきまして。全く……私達の導く道に全く従わないのですから。ダメな娘です。」


実力不足でもなく自主的に。

国家魔術師はこの国最高の職業と言ってもいい。

確実になれるカードを捨てるとはかなりもったいない。

それにしてもこの母親……やわらかい雰囲気の下に胸糞悪い毒を隠しやがって。

出会って間もない俺にダメな娘と言うとは。

昨日の話を聞いて都合がいいと思ったのか、ルカさんを俺に押し付けてきているということだ。

もちろん俺がやりたい事にルカさんは必要だから、絶対に仲間に加えるつもりだし、親の許可も取れれば一石二鳥だと思ったけど、この流れはかなり気分が悪いし。


「あの子は友達との約束を優先するような子ですから。」

「……昨日言ってたハンナさんとの約束ですか?」

「他人からしたらしょうもない約束ですが、ルカは大事にしていました。」

「昨日のルカさんのキレ方からすると、ハンナさんが何か約束を破るようなことを?」

「仕方のないことだったんです。ハンナちゃんは悪くないですよ。」


ルカさんとハンナさんの間で決めた何かしらの約束。

その約束をハンナさんに破られた。

おそらくその約束は、本当に"そんなこと?"みたいなしょうもない内容なんだろ

だが、それはあくまで他人の判断で、約束を破られることはルカさんにとって魔術学校を自主退学するには十分な理由だったわけだ。

昨日の話の終わり際に見せた悲しい顔はハンナさんに約束をまた無かったことにされたからだ。


「ルカも大人にならないといけないんです。今回、マチダさんに会えたのは良い導きが訪れたと思います。昨日の話的にはルカのような人を探していたのでしょ?」

「……導き?……えぇまぁそうですが。」

「無理にとは言いませんがルカをお願いします。」


「無理にとは」だと?

娘が絶対に他人には言ってほしくないような過去をべらべら話してるくせに、何言ってんだこいつ。

とりあえず俺は「善処します」と答えルカさんと店長を追いかけた。


「何話してたのよ?」

「大人って難しいなぁって話。」

「先に行かされた私がまだ子供みたいじゃない。立派な18歳よ!」


この国では14歳で基本は大人として扱われる。

大人になって4年経ちましたよと胸を張ってるわけだ。

その威張る姿は身長と喋り方が相まって、とても18歳には見えない。

ルカさんの母親が言っていたのはそういう基準的な大人ではない。

働いてもいないし、嫁に貰ってくれる男の人がいるわけでもない。

この国における女の大人として必要なことを何一つしていない。

しっかり働くこと、結婚して身を固めることが大人の条件なら俺もまだ大人になっていない気がするが。


2時間の荷馬車での移動。

二日酔いの俺にとっては地獄のような2時間だった。

ただルカさんは目を輝かせながら俺が元いた世界のことを聞いてきた。

なんだかんだ興味があったのは好材料だ。


「俺のやろうとしてることに興味が?」

「召喚者なんて人間が目の前に現れて興味を抱かない人間いるの?」

「昨日は興味無いって言ってただろうが。まぁいいや。昨日の話からも俺がルカさんみたいな魔術が使える奴を探しているのは分かるよな。」

「そうね。なんとなくはわかっているわ!」

「お前、画家になりたいのか?」

「今の話の流れに関係ある?」

「なりたいのか?」

「だからなによ!」

「その返事は肯定ということで?だったらルカさんが俺に協力する価値があるな。」


良かった。

河原で絵を描いているところを見ていたけど、趣味で描いているだけには見えなかった。


「少なくとも俺はお前の絵、いいと思ったけど。」

「……でも……あんたに良いと思われたって何か良いことでもあるの?」

「その通り。俺1人だと意味が無い。でも俺みたいな奴が数千人、数万人ってなったらどうだ。」

「それは……。」

「俺がやろうとしていることはその数万人を作ること。」

「どういうことよ。それにあんた……子供に新しい楽しみを作ることって……。」

「……お前も子供だろ?」

「ふん!」


軽口叩いたら脛を蹴りあげられた。

ムカついたら暴力に転ずる。

十分子供じゃないか。


「いってえな。別に子供でいいんだよ。親が示した道に従わないことが子供だと言うなら、ずっと子供でいいだろ。」

「……それは……あんた、さっきママから何聞いたよの!」

「うるせぇ!俺は腹立ってんだよ。親共がお前に何かを押し付けて、それが上手くいかなかったからって、初対面の俺に後味悪いもん、全部ぶん投げやがって。いいか?今からお前をバチバチに勧誘するが、お前の親に言われた内容は一切関係ない!お前自身が見せてくれた魔術に俺は惚れ込んでんだからな!」


怒りに任せてベラベラと話してしまった。

さっきまで威嚇する猫のようだったルカさんもさすがに黙り込んでしまった。


「ふぅ……話を戻すぞ。俺は元の世界でお前みたいな画家数百人は見たことある。」

「あんた絵に詳しいの?」

「詳しくはない。見たことがある。」

「見たことあるだけ?」

「絵に1ミリも興味が無い人間が数百人の絵を見たことあるんだぞ。絵なんて当たり前に誰でも見れる世の中だったってこと。」

「……そう考えるとすごいわね。」

「どんなにいい絵を描いても見てもらえなきゃ意味ない。俺が作る予定のものはリストウォレットを持つ全員が見れる予定だ。そこにお前の絵をあげればいい。」

「確かに魅力的ね。」

「それにルカさんの絵の価値は描き方にもあると思う。少なくとも俺はお前を夢中で盗撮するくらいには興奮したぞ。」


魔術で絵を描いていたことをすごいと思ったのは、俺が魔術をまともに見たことがないからではないはずだ。

SNSで砂を使って絵を描いている動画を見たことがある。

正直、砂でできた絵は頑張れば鉛筆で俺でも書けそうな絵だ。

でも世界中が賞賛していた。

砂で描く過程の美しさ。

そして、砂だから簡単に手で消える儚さ。

この作品で絵そのものを評価するやつなんて居ない。

過程を楽しむエンタメ系の芸術だ。

ルカさんがしれっとやっていたことはそういう芸術になる。

そこに価値がない世の中はもったいない。


「魔術を使って絵を描くところから世間に出したらどうよ?絶対に大勢が評価すると思わないか?」

「……でも絵も見てもらわないと。」

「逆だ。ルカ・マリアノビッチという特殊な方法で絵を描く画家を知ってもらった後に好きなだけ絵を見てもらばいいだろ。」

「……そうね。それもありね!」

「俺はお前のような奴らに新たな"可能性"を作ろうとしているんだ。ぜひとも協力していただけません?」

「あんたのその上からなのか下からなのか分からない喋り方なに?人に物頼む時だけかしこまって……。たしかにいい話ね!でもやるかどうかはあんたとあの女との関係性を確かめてからね!」

「だからそれは無いって……」

「おい!!もう着くぞ!!」


無事にシャーマルに帰ってきた。

途中で突風が吹かなくてよかった。

荷馬車を降りて、店長に別れを告げ、俺らが住む家に向かう。


「随分と田舎に住んでいるのね。召喚者なんだから王様にワガママ言ってグランとかに住まわしてもらえばいいのに。」

「優秀で厳しい王様なんだよ。何もしてない人間に甘い汁は吸わせてくれないの。」

「あんたが舐められてるだけでしょ。」

「いや舐められてるわけじゃ……確かに、他の召喚者の事情は知らないな。どうなんだろう。」


この世界に来た召喚者達に会ってみたいな。

今のところ知ってるのは食文化を変えた料理人と貨幣システムを変えた人の2人だ。

今の王様が就任して28年。

それ以降召喚が始まったらしいから、俺含め7人はいるはずだ。


さて無事に家に帰ってきた。

ルカさんが俺の手伝いをしてくれるかどうかはハンナさんの反応次第だ。

こいつらがした約束が何かは分からないけど。

どうか今回でわだかまりは水に流して欲しい。





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