出世魚
ろくいち
出世魚
「みんなー。明日の給食には、みんなが頑張って育てた大根を使った、ぶり大根が出ます。楽しみな人?」
「はーい!」
こんな渋い料理でも元気よく手をあげるところを見ると、よほど自分達で作ったものを食べられるのが嬉しいらしい。小学三年生なら無理もない。
「ぶりといえば出世魚として有名ですが──」
「せんせー、シュセオーってなにー?」
子供の疑問は気になったらすぐに口に出る。
「しゅっせおーじゃなくて出世魚です。成長すると名前が変わるお魚のことですよ」
「どーしてお名前が変わるの?」
「それは全く違うお魚かと思うくらい形も味も変わるからです」
全員がポカンとした顔をする。魚の味なんて気にしたことない年代には伝わらないだろう。
「例えば、ぶりは、関東では、ワカシ→イナダ→ワラサ→ブリと変化します。関西ではまた呼び方が違って、モジャコ→ワカナ→ツバス→ハマチ→メジロ→ブリというふうに変わります」
「わかんなーい」
流石に、こんな説明しても意味がないだろうか。
「せんせーも、しゅっせしたらお名前変わるの?」
「えっと、そうですね。先生もゆくゆくは教頭先生、校長先生と変わっていきたいです」
「まえだせんせーじゃなくなるのー?」
「前田はそのままですよ。あ、でも、結婚したら変わるか...」
「せんせー、にやけてるー」
「と、とにかく、明日の給食は楽しみですね。ではこれで帰りの会を終わります。みなさんさようなら」
「せんせー、みなさん、さよーなら!」
「せんせー、ばいばーい」
「はい、さようなら」
帰りの会も終わり、教室から職員室へ向かう廊下で、児童が通るたびに挨拶をされる。そこへ、通りかかった校長が、声をかけてきた。
「あ、ちょっと前田先生」
「はい?」
「今度の保護者説明会だけどね──」
校長と話していても児童たちの挨拶は飛んでくる。
「まえだせんせー、さよおなら!」
「はいさようなら」
挨拶を無視するわけにはいかないとはいえ、返事をすると、児童も遠慮なく話しかけてくる。
「まえだせんせーも、いつかしゅっせして、けっこんできるといいね!」
「あ、ありがとねー」
さっきの話が混ざっているのか、よくわからない応援をされる。
「それでね、こーちょーせんせーのお名前になれるといいね!」
「うん頑張るね」
児童との話を終えて、すいません、と会釈しながら校長の方へ向き直ると、
「前田先生、それはつまり...」
と、校長が顔を赤らめていた。
一瞬の間を置いて、さっきの児童との会話を勘違いしていることに気づく。
「校長先生っ、これは違っ──」
「前田先生、このあと食事でもどうですか?」
校長がキメ顔で誘ってきてしまい、もう今更訂正することはできなかった。
「...はい、ぜひ」
出世魚 ろくいち @88061
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