アラレルの腹にディフィカの強烈な錫の一撃が決まった。命を奪われるほどの隙が生まれなかったのは、不幸中の幸いだろう。しかしアラレルの受けたダメージは軽くない。咄嗟にアラレルもライトもディフィカから飛び離れたが、まともに彼女と戦えはしないダメージだ。ディフィカは傷付いたアラレルには見向きもせず、ライトに向かって距離を詰めた。敵にとっては、王を討ち取ることの意味は、最強の戦士を討ち取るよりも遥かに大きい。


「閃光」


 しかしディフィカはライトに寄ることはできなかった。右方から来た特大の閃光は、かわさざるを得なかったのだ。光の魔法は射程距離が短い。しかしその閃光の大きさは、射程距離の弱点を補うほどのものだった。

 ディフィカは閃光を避けると、軽く舌打ちをして右を見た。そこにはピンク色の長髪をなびかせる、ヒリビリアの姿があった。


 ライトはその一瞬の間に、アラレルを連れ軍の後方に下がっていた。ディフィカはそれを確認するとまた軽く舌打ちをした。しかし再びディフィカに自由がうまれた。それだけで、アーティスにとっては充分に脅威だった。

 ディフィカもライトを追うのはあきらめて、手近な兵士を殺し始めた。まるで草でも刈り取るように、アレーの戦士が為すすべもない。

 ディフィカに向かっていける戦士は、アーティス軍にはいないように思えた。魔装兵を相手にしつつ、彼女の様子を伺っていたルックにも、自分が抑えきれるとは到底思えなかった。


 しかしそんなディフィカに挑んで行く者がいた。考えてみれば当然だった。彼がこの機会を見逃すはずもない。

 敵の魔装兵たちよりも遥かにたくましい体つき。後ろに束ねた紫色の髪。ドゥールは誰もが恐れる闇の大神官に、嬉々として向かっていった。

 ディフィカは無造作に手にした錫でドゥールを突いた。先が尖っているわけではないが、その突きは兵士たちの鎧を容易く貫くものだ。

 カーンと、堅い音が鳴る。ディフィカもそれには少し驚きの表情を示した。ディフィカの突きはドゥールの鉄皮に防がれたのだ。

 ドゥールはディフィカの攻撃を物ともせず、少しも退かずにディフィカに向けて手を伸ばした。ディフィカは錫でその手を振り払おうとしたが、それもまた金属音とともに防がれる。

 ドゥールも動きの速さでディフィカにかなわないことは分かっていた。ドゥールの最高速度の攻撃だろうと、ディフィカは容易にかわすだろう。

 そのため彼はあえてゆっくりディフィカを襲った。それにはディフィカもかわすのではなく、退かざるを得ない。

 ディフィカの鋭い攻撃にも、ドゥールの鉄皮は揺るがなかった。ルーメスの攻撃に耐える鉄皮だ。速さはあるが重さのないディフィカの攻撃が、ドゥールに傷を負わせるはずはない。次第に後退するディフィカに、アーティス軍は活気付く。


 ディフィカは眉間に深い皺を寄せた。いくら鉄皮と言えど、目は固められない。それを狙って彼女は何度か踏み込もうとしたが、その二点以外にドゥールに弱点はない。ほんのわずかに目を狙った攻撃は逸らされ、ディフィカに決定打を与える機会がない。どれほど目の近くに錫が来ようと、狂ったようなドゥールの目は瞬き一つしない。

 ディフィカは業を煮やし、左へ大きく飛んだ。ドゥールとの戦闘を避けたのだ。速度に劣るドゥールは、ディフィカのその逃げを防ぐすべがない。


 ディフィカが飛び離れた先は、ルックのすぐそばだった。ここでディフィカを暴れさせるわけにはいかない。しかしここに、彼女を防げるほどの戦士はいなかった。

 ディフィカはすぐそばにいた兵士に錫を突きつけようとしていた。その兵士はビラスイだった。ビラスイにはディフィカが突然目の前に現れたように見えただろう。ルックの目にも彼女の動きは追うのがやっとだ。

 ルックはビラスイに警告の声を発し、急いで地面に手を突いた。隆地の魔法でビラスイとディフィカの間に壁を造ろうと考えたのだ。しかしそれはあまりに遅かった。間に合うはずがないことはルックにも分かっていた。


 ディフィカを前にした者は、大抵まずは逃げ腰になる。しかしビラスイは勇敢で愚かだったので、そうはしなかった。ディフィカを討ち取れると信じ、逆にディフィカへ踏み出した。結果その愚かさが、彼の命を救った。急所を正確に突こうとしていたディフィカの錫は、心臓よりも大分上、ビラスイの肩に突き刺さった。

 そしてそのときルックの隆地が二人の間に立ち上がり、ビラスイとディフィカを引き離した。


 国のために死ぬ気はルックにはさらさらなかった。それはリリアンとも約束をしたのだ。しかしルックはこちら側でディフィカを抑えられる可能性があるとしたら、それは自分だけだと思った。そう思ったら、迷いはなかった。


 決死の思いでルックはディフィカの元へ駆けだした。剣を下段に構え、かけ声を上げる。ディフィカはルックを見るや、自分も地を蹴りルックに肉薄した。

 横なぎにディフィカの錫が繰り出される。ルックはそれが見えていた。しかし見えているだけで、体の動きが間に合わない。だがそのことはルックはあらかじめ予想していた。ルックは低く構えた剣をほんの少し下げ地に軽くつけると、掘穴の魔法を放った。ディフィカの軸足に、音もなく穴が開く。ディフィカはそれに足を取られ、錫を空振りする。

 ルックは剣を下から振り上げ、よろめいたディフィカに切りつけた。

 ルックの剣は、ディフィカの想像を遥かに超える速さだった。それが予想をしていたときと、していないときの差だ。ルックの剣先が体を反らし避けようとするディフィカの頬をかすめた。


 ここで初めて、ディフィカが赤い血を流した。


 傷は極々浅い。しかしルックは、剣先がディフィカに触れたとき、石投の魔法を放っていた。ディフィカは顔の先に現れた石投を、もろに食らった。そこでルックは剣に溜めていたマナを使い切ったが、すぐさま手を突き、地割の魔法を放つ。

 ディフィカの足下の大地が割れた。ディフィカはそれに片足を落とした。もう片方の足を掘穴に取られていたのだ。避けられない。

 ディフィカの足を挟んで、地面の裂け目が閉じる。そしてそこに、三十程の土像の魔法が立ち上がる。リージアがこれを好機と見て、未完成のまま魔法を解いたのだ。


 普通だったらそれは絶体絶命の事態だ。しかしディフィカは歯噛みしながらも、長衣の裾から半透明の黒い玉を取り出した。ディフィカがそれを天に掲げると、みるみるその玉は黒さを失い、完全な透明になった。

 色が変わりこそしないが、似たような武器を持っていたルックにはそれが何かすぐにぴんと来た。ルックはその玉に石投を放つ。石投は寸分の狂いなく玉にぶつかり、それを砕いた。魔法を使うために集中していたディフィカは、その石投に気付かなかった。割れた透明の玉に目を見張っていた。


 ルックはすぐにディフィカから距離を取る。

 ルックの予想は正しかった。

 先ほどよりもずっと大きな爆発が、ディフィカを包み込んだのだ。もしも退くのが遅れていたら粉々にされていただろう。


 爆発の中から、ディフィカがルックに向かって駆けだしてきた。もの凄い形相で、ルックを睨み据えている。さすがのルックも、これ以上は防げないだろうと思った。油断のない彼女に対しては微塵の勝機も見いだせなかった。ディフィカはかなりの速度でルックとの距離を埋めてきた。しかしそのディフィカの前に、再びドゥールが立ちはだかった。ディフィカは盛大に舌打ちをした。そして一時も迷うことなく、自軍に撤退を命じた。


 アーティス軍は引き始めたカン軍を当然のように追った。しかし後ろで控えていたアレーの部隊が、水魔やら、隆地やら、巨土像やらと、数々の魔法でアーティス軍の行く手を阻んでくる。

 特に巨土像が襲いかかるのではなく、地べたに倒れ込み、道を塞いだのが大きかった。アーティス軍はカン軍の一時撤退を許した。

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