⑧
リリアンが自分で貫いたシャルグの傷に、持ち合わせていた傷薬を塗ってから、包帯を巻いた。
「本当は傷つけるつもりはなかったんだけど、ごめんなさい」
「すぐ治る。大したことはない」
背の低いリリアンの手当てを受けるため立て膝をついていたシャルグは、短くそう言ってから立ち上がった。
実際シャルグの傷は、ルーンの治水により数時間で回復できる傷だった。けれどリリアンはそれを知らないので、本当に申し訳なさそうな顔をしていた。
リリアンはシャルグにとっては死闘を繰り広げた相手だったが、依頼を受けて戦う立場は彼も一緒だ。
割り切ったもので、深手を負わされ殺そうとしていた相手を、もう敵と見なしてはいないようだった。
ルックは立ち上がったシャルグが、思いの外うまく歩けていないことに気がついた。マナを操るアレーとはいえ、体自体は普通の人間だ。その傷では無理もない。ライトがとっさにシャルグに肩を貸した。
「一人じゃ帰れそうにないね」
気づかわしげにシャルグにそう言い、ライトがルックに目を向けてくる。ライトの視線が意味するものはすぐに分かって、ルックはうなずきを返した。
「すまない。まさか俺が足を引っ張るとはな」
「ほんと、シュールやアラレルが見たら笑っちゃいそう」
結局ルックはシャルグの供にライトを帰還させることにした。シャルグが途中で行き倒れたりしないようにだ。
「一つ考えていたんだけど」
応急処置も終わり、一行が二手に別れようかという際に、ふとルックはリリアンに問う。
「昨日の刺客にしろリリアンにしろ、僕たちが出発してからずいぶん速く仕掛けてきたよね? こっちの情報が筒抜けになっていたってこと?」
どうやらシャルグも同じことを思っていたようで、目に疑問の色を浮かべリリアンを見ていた。
彼らに依頼をした首相ビースは、この依頼を極秘で行ったのだ。どんなときも徹底したビースのすることだ。アーティス城の者ですら、きっとそれを知るのはごくわずかだ。
「いいえ。カンはもともと赤と青の書の秘密を知ってたみたいなの。赤の書はもちろんアラレルが持っていくとして、妨害できるとしたら青の書だって考えてたのよ。アラレルじゃ私だって勝てるか分からないでしょうしね。
青髪でアーティスの戦士。何人かいるけれど、その中で青の書を託すに値する実力者は一人しかいないわ。青の暗殺者ね」
リリアンのあげた名前にシャルグはぴくりと眉を動かす。元同業者として、知らない名ではないのだろうとルックは思った。
「けれどその人はあまりに実態が知れなかったし、それよりはシャルグとシュールを擁する、あなたたち、アーティス最高のアレーチームに頼むだろうと予測したのよ。だからカンはあなたたちのチームを見張っていたの。それでシュールが他の依頼で動いたのを見計らって、宣戦布告をしたってわけ」
「ずいぶん打算的な宣戦布告だな」
シャルグが苦々しげにつぶやく。
それにルックは疑問を持った。
「宣戦布告は打算的じゃいけないの?」
「ええ、一般的にはそうね。宣戦布告っていうのは侵略行為を正当化するためのものなの。だから正義溢れるものでないとならないのよ。
まあでも結局、どんな理由をあげようと戦争は戦争よ。だったらそれを有効活用する。実質的なカン人らしいやり方ね。つまりこのタイミングでルックが南に向かったら、まず間違いなく青の書を持っているだろうってことよ。どんなに国が内密に依頼しようと無駄って訳」
リリアンは肩をすくめ話を締めくくる。
「シュールがチームの名を売りすぎたようだな」
シャルグがそれにそんな感想を漏らした。
リリアンの声は普通に話している声でもどこか気持ちよく響き、ルックは話の内容よりもその事に意識を奪われていた。自分で問いかけた質問だというのに、内容を理解してこそいたもののほとんど上の空だった。
「どうしたのルック?」
そんなルックの様子をライトが敏感に感取った。金髪の整った顔がルックの顔を覗き込む。少し慌てたが、ルックはライトに何でもないと笑って見せる。
そこでふと、ルックはライトのことを考え出した。考えてみれば、ライトと同じ任務につくのはあまり多くない。今度は二度立て続けに一緒だったが、ルックがフォルになってからは、別行動がほとんどだった。
ライトは正式に王となれば、当然このチームを抜けることになる。ライト自身はまだ知らないことだが、ルックはそれを聞かされていた。前回に続いて、こんなにすぐ一緒になった任務を離れることを、ルックは少し寂しく思った。
「じゃあ僕たちは公道に出るから、このまま行くね。ルックたちも気を付けてね」
ライトはルックに少し歩み寄り、肩をこつんと叩いてきた。ルックも仕返しするようにライトの肩を叩き、そして二人で笑顔を見せ合った。
それからライトとシャルグは、公道に出てアーティスに向かうため東に指針をとった。
軽く手を振り別れたあとで、ルックはリリアンと南へ向けて歩き出す。ティナへの道のりはまだかなりある。残りの時間を気まずい空気で進むのもいやだったので、ルックとリリアンは色々と話をした。リリアンはルックにとって旅の話し相手に申し分なかった。彼女の話は機知に富み、ルーン以外に親しい女性のいないルックは、彼女の女性ならではの視点から来る言動が新鮮だった。
「まさかあんな魔法具を目にするとは思ってなかったわ。あなたの剣もそうだけど、ライトの剣はちょっと異常よ。剣が合わさった衝撃が少しもなかった。水を切るときにだってもう少し抵抗があるわ」
「うん、ライトの剣が切れなかったものはまだ一度も見たことないな。鞘を作れないのが困りものだけど。あとすごいのは、魔法も斬っちゃうことなんだ」
「魔法を斬る? まるでおとぎ話ね。一体どんな魔法が掛けられてるのかしら? あなたの剣はどういう仕組みなの?」
「僕の剣は、柄の五つの宝石に、一定時間マナを溜めておけるんだ。キーン時代の古の魔剣だろうって。うちの家宝なんだ」
リリアンは驚きを見せ、感嘆の声を上げた。
「二人して、どこの名家の子なのよ。私の仲間も魔法剣を持っているけど、ちょっと剣が揺らめいて見えるくらいの物よ。それだけでも売れば一年は食うに困らない値打ち物なのに」
ルックは少し話したくない内容に話が近付いたので、話題を変えた。
「リリアンは二人で旅をしてるの?」
「いえ、三人でよ。あとの二人は私ほど強くはないから危険な依頼では別行動なの。二人ともティナで待機してるわ。あまり羽目を外しすぎてなければいいけど」
彼女は男一人、女二人で行動をするアレーチームだという。特に大きな目的はなく、拠り所もなく旅をしているのだと彼女は言った。ルックには想像できない生活だったが、それを語ったリリアンが幸せそうに微笑んだので、ルックも少し羨ましいと感じた。
「このペースで歩いて平気?」
しばらく歩き、リリアンはルックを気づかいそう尋ねた。しかしその発言にはルックは口を尖らせた。
「それは普通、男が女に言う言葉じゃない?」
言葉は不平でも本気で言ったわけではない。ルックの目には揶揄するような光があった。
「ふふ、それもそうね」
リリアンも余裕の笑みでそう言った。
「それじゃあもう少しペースを上げるわ。覚悟してね」
「えぇ? リリアンはこういう道に慣れてるの?」
アレーでも、普段行動するときはマナを使った動きはしない。そのため、やはり男女に差は出てくるのだ。リリアンはその年齢は十五だと言う。それならなおさらこの道程は辛いはずだ。だからルックは慣れてるのかと尋ねたのだった。
「私はヨーテスの生まれなの。慣れてると言うよりはこんな森は我が家みたいなものなのよ。……ヨーテスはいいわ。ずっと暮らしていると窮屈に思えたけど、久しぶりにまた行ってみたい。ほんとになにもないとこだけど、山に上って景色を見るとただただ緑が広がっててね……」
「いいな、外の世界か。僕も一度は見てみたいかも」
「そう? ならヨーテスの他にもね……」
ヨーテスは森の国だ。アーティスとの国境を持つ南部こそ平野部だったが、国の北部、八割以上は山林だった。そこで暮らす人々は樹上に家を建て、森の自然を壊すのを嫌う。そのためヨーテスの人々の多くは、森での行動に慣れているのだ。
ルックはティナ以外には国外へ出向いたことがない。彼女が語る多くの国や風景に、年相応の少年らしく胸踊らせた。
ライトがもうじきチームを抜けていくように、自分もいずれ一人立ちするときが来る。シュールたちと離れたいとは思わなかったが、もともと彼らとは赤の他人だ。自分をここまで育ててくれたシュールだが、いつまでも甘えるわけにはいかない。大人びていたルックには、そのことが分かっていた。そのときが、そう遠くないそのときが待ち遠しくはもちろんない。ただもしそのときが来たならば自分も世界を回ってみたい。そう、ルックは思った。
リリアンは自分が今まで見てきた世界を抑揚を付けルックに聞かせた。彼女は非常に優れた語り部で、窮地のときには低めの声をより低くして、楽しかったことは明るく弾むような声で話した。リリアンが各地のことを話していると、意外なほどに時間は速く過ぎていった。
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