青の物語 ~その大陸で最も平凡な伝説~

広越 遼(ひろこし はるか)

『地下迷宮の小さな魔法師』①




 真実の青・ルック。


 この大陸で有名な物語の一つに、彼の名は登場する。私の生きた時代より二千年ほど前の人物で、彼の冒険譚は、多くの語り部たちや本の中で語り継がれている。


『目の覚めるような青髪に、誰もがうらやむ端正な顔立ち。知的な目には、あらゆる困難を乗りきっていく力強さがこめられている』


『手を地につけば山をつくり、彼がひとたび剣を振るえば妖魔の群れが燃え上がる』


『そしてやがては巨大な闇を討ち滅ぼして、世界に平和をもたらした』


 大小様々な脚色はあれど、彼は実在する人物だった。






   序章 ~真実の青~


『地下迷宮の小さな魔法師』





「強くなりたい!」


 ルックが一番最初にそう思ったのは、誰かを守りたいという英雄的な理由でも、国のために戦いたいといった壮大な理由でもなく、とても平凡な理由だった。

 と言っても多くの少年にありがちなヒーローへの憧れでもなく、どちらかと言えば不純な動機だ。


 それはルックがまだ六歳のときだった。


「ルック、この子はこれから俺たちのチームに加わるライトだ。歳は一緒だけどライトは十六の月の生まれだから、弟だと思ってくれ」


 ルックが孤児院から戦士のチームに引き取られて数日後。チームのリーダーの青年、シュールがそう言って金髪の少年を紹介した。


 金髪の少年ライトは、影のような長身の大人の陰に隠れて髪の毛と耳しか見えない。長身の大人はチームのメンバーのシャルグだ。歳は若いが子供がなつくような優しい雰囲気の男性ではなく、全身真っ黒な服を着ていてどちらかと言えば少し怖い。しかしライトはシャルグになついているようで、シャルグの黒いズボンにほとんど顔をうずめていた。


「同い年なのに弟なの?」


 ルックは素朴な疑問を口にした。ルックのいた孤児院にも兄弟はいたが、弟は兄より年下で、そういうものだと思っていた。


「ん? 変か?」


 シュールは少し首を傾げたが、すぐにルックの考えていることが分かったようで微笑んだ。


「あぁ、別に弟かどうかは関係ないんだ。同じ家で一緒に暮らすことになるから仲良くしてほしいってことで、兄弟でも家族でも友達でもなんでもいいんだ」


 ルックもシュールの言っていることを理解して、「そっか」と言って笑った。

 それからルックはシャルグの足に隠れているライトのところに歩み寄り、声をかけることにした。


「きれいな髪だね」


 ルックはまだライトの髪と耳しか見ていないので、そう言ってみた。

 大人が言えば初対面に不躾な発言だったが、無垢な子供同士では何も問題はなかった。

 ルックの言葉におずおずとライトが顔を上げた。


「うん、ありがとう。あ、僕はライトって言うんだ」


 顔を見せたライトは名乗ってくれたが、ルックは名乗り返すタイミングを失った。


 ルックは目を見開いて唖然とした顔でライトの顔を見つめた。

 形の整った金色の瞳。それを覆う豊かな長いまつげ。

 まだ少年らしい柔らかな顔立ちだが、そこには心を引き込まれそうなほどの魅力があった。自信のなさそうな表情も、将来はすれ違っただけで女性を虜にしてしまいそうな妖艶な憂いに見える。


 もちろん六歳のルックがそこまで考えたわけではないが、美醜の基準がまだ定まっていない子供のルックから見ても、ライトは宝飾品のような精緻な見た目をしていたのだ。


(めちゃくちゃ可愛い)


 もちろん男の子同士なので恋に落ちるということはないが、このライトがこれから家族になるということに、ルックは心の底から沸き立つような誇りを感じた。




 大陸最南部の国、王国アーティス。またその最南部にある、首都アーティーズ。

 ここには二年前の戦禍によって多くの孤児がいた。

 ルックのいた孤児院にも十数人の孤児がいたし、ライトも親をなくし、シュールが引き取るまでは善良な貴族の屋敷で育てられていたらしい。


 ルックたちを引き取ったシュールはまだ成人して間もない十五の青年だ。影のような大人、シャルグも同じ歳だという。

 シュールのチームにはもう二人大人がいるが、主にルックとライトを育てるのはシュールとシャルグだ。まだあどけなさの残る二人が孤児を引き取るというのはおかしな話に思えるが、今このときの首都アーティーズでは珍しいことではなかった。


 シュールとシャルグの職業は戦士だ。二人ともマナという不可視の力を操ることができる、強力な戦士だ。そしてルックとライトもマナを操ることのできる、百に一つの才能を持った子供だった。

 つまり、ルックとライトはこのアーティス国の戦力として育てられるため、戦士のチームに迎え入れられたのだ。


 ルックはそのことが分かっていたが、ライトは分かっていないようだった。


「僕が剣を使うの?」


 嬉しそうに、驚いたようにライトがそう言った。ライトとの出会いから数日後、アーティーズ四の郭にある空き地での出来事だ。

 ライトは手頃な長さの木の枝をシャルグに渡され、「今から剣技を教える」と言われたとき、目を輝かせてそう言った。


「あぁ」


 影のような男シャルグは、その見た目を裏切らず口数が少ない。それだけではライトが何も分からないだろうと思い、ルックは口を挟んだ。


「この国に敵が攻めて来たとき、今度は僕たちも戦うんだ」


 ライトはルックの説明に感嘆の声を上げたが、言ったルック自身はとても冷めた気持ちだった。

 ルックはこのときはまだ強くなることに関心がなかったのだ。強くなるということは武力になるということで、それがあの恐ろしい戦争に身を投じることだと正しく理解していたのだ。


「僕悪いやつと戦うよ!」


 ライトは元気にそう言って、「とや」とかけ声をかけて木の枝を振るった。


「持ち方はこうだ」


 それを見てシャルグが端的に指導を始め、ライトの手を取り正しい持ち方で握らせる。


 悪いやつとライトは言ったが、ルックはそれになおさら冷淡な気持ちを覚えていた。

 ルックは歳の割に大人びた面があり、深く考えることが得意だった。そのルックからは、敵国から見たらアーティスの戦士はきっと「悪いやつ」なのだろうと思えたのだ。

 とはいえ戦士としての教育を受けることは、孤児となったルックには破格の待遇だった。貧しい孤児院と違いお腹が空けば食べ物を得られるし、知識を求めて本を読むこともできる。

 だからルックは真面目にシャルグの指導を受け、枝を振るった。


「わぁ、ルックすごいね。もう剣の握り方覚えたの?」


 ライトはルックよりも不器用なようで、一度枝から手を離すと握り方が分からなくなっていた。


 こんな簡単なことで誉められてもな。


 ルックはそう思いながらも、可愛いライトに誉められて悪い気持ちはしなかった。


 ルックは考えることが得意で、ライトは考えることが苦手だった。反面、ライトは体を動かすことが得意で、ルックはそれが苦手だった。

 枝を振るようになってさらに数日後から、ルックとライトは木の枝で模擬戦をするようになった。

 戦士になる教育のためというよりは、遊びのようなものだ。

 最初のうちはライトが何をしていいのか分かっておらず、ルックは簡単に勝てていた。

 ライトが理解してからも、ルックはあの手この手を考えてライトに打ち勝っていた。


「ルックはほんとにすごいなぁ、もう文字も読めちゃうし、髪が青くなったのも二歳のときなんだよね?」

「うん、そのときはなんのことか分からなかったけどね」


 ルックは照れ笑いをしながらライトの賞賛に答えた。

 髪が青くなるというのは大地のマナを操る才能があるという証だ。より才能に恵まれた子供は生まれてすぐに髪の色が変わる。一般的な茶色からそれぞれのマナの色に自然に染められるのだ。

 ライトはそれが遅かったらしく、五歳になるまでは茶色の髪だったそうだ。


 さらに月日がすぎ、ルックは初めてライトとの打ち合いに負けた。


「やった! 今のは僕の勝ちだよね?」


 ライトは明らかにルックよりも運動神経が良かった。これまではルックが策を練って勝てていたが、それも通じなくなるほど明らかな差が出始めていた。

 そもそもルックでは、効果的な策を実行できるほど自在に体を動かせなかった。


 このままじゃ、そのうちライトにはほとんど勝てなくなるんだろうな。


 ルックはほんの少しだけ寂しく思いながらそう考えた。

 しかし実際にはルックの予想は当たらず、そこからもルックはライトにほとんど負けることはなかった。

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