森と人の物語
夏伐
第1話 幸運な草
それは民衆に広がる迷信めいたものだった。
はるかな昔、『落ち人』がこの世界にもたらした幸福の一つ。そう呼ばれる遺物や植物、文化はゆるやかに衰退しつつもこの世界に浸透していった。
「ハルー、この村には『幸運な草』があるんだって」
この世界に来て、運よく人の良い冒険者に拾われた。彼は獣人と呼ばれる種族だった。打ち解けるまでは酷かったが、それでも右も左も分からない私の事が見捨てられない良い人だ。
徐々に慣れてきたのか、今ではとても仲良く過ごせている。
今も尻尾がぶんぶんと揺れており、何だか元の世界に置いてきてしまった飼い犬を思い出す。
「今行くわ」
村人に教えられた話によると『幸運の草』には、植物に愛された落ち人と森の女王ドリアードの契約の物語が伝えられているそうだ。
その昔、人と森は敵対していた。
森の女王ドリアードは、森で獣を乱獲し、植物を根こそぎ奪っていく人間が嫌いだった。女王の子株たちに出会えば村人は容赦なく殺されていた。
別の世界から落ちくる人――落ち人は、旅の途中であったがその惨状を悲しんだ。
そしてドリアードに出会い、人と森の仲介人となって友好的な関係を結ぶことができた。人は恵みに感謝し、森に作物や衣服や酒を捧げた。それは後に夏と秋に行われる豊穣祭りのはじまりだった。
「そういえば、明日がそのお祭りだって。ハルー、一緒に行こうね!」
「うん」
彼の名前はウルフラム。私はウルと呼んでいる。
どう見ても大型犬といったイメージのウルだが、先祖は狼獣人の英雄と言っていた。
ウルは思い出したかのようにお祭りについて楽しそうに話している。どこの世界でも祭りはテンションが上がるもののようだ。
今、私たちは『落ち人』『渡り人』と呼ばれる異世界人たちの足跡をたどる旅をしている。
なぜなら私がその『落ち人』の一人だからだ。
日本に住んでいた私は、今、元の世界に戻るための手がかりを探している。ウルはそれにつき合ってくれる頼もしい仲間だ。
彼は彼で世界の様々な場所を巡り、世界を広げることを目的にしているそうだ。それがウルの種族の成人の儀だという。
世界を巡り、またこの地へ戻る。
氏族に伝わる英雄の言葉だ。
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