ルールゲーム

広越 遼(ひろこし はるか)

ルールゲーム




 お化けだとか幽霊だとかじゃなく、俺のこの話はとても怖い話だ。




「あ、タイキ、山男だ」


 ショウタが言った。

 学校帰りの道で、ちょっと向こうを山男が歩いていた。

 帰り道が一緒の女子二人、コヒナとリンがこそこそ話すのが聞こえてくる。


「やだね、またすごい悪臭がするよ」

「そうだね、回り道しよっか」

「うんうん。そうしよ」


 山男は、この町の裏の山に住み着いてるおじさんだ。大人たちからはすごい嫌われてて、女子のウケも悪い。


「ほんと女子って分かってないよな」


 ショウタがしたり顔で言う。俺はショウタににやっと笑みを返した。


「ショウタだってほんとのほんとには分かってないだろ?」


 ショウタは俺に言われて、むっとするでもなく、あきれた顔をしてきた。


「はいはい。三年前にタイキは山男に助けてもらいましたとさ。何回もきいたよ」


 正確には小学二年のときだから、四年前だ。俺は裏山に冒険にでかけて、迷子になって、山男に見つけてもらって、町まで送ってもらったんだ。たしかにこの話は、もう何十回もショウタに話した。ただそんなあっさり言われると、どれほど山男がかっこ良かったのか、また一から説明してやりたくなる。


 まあさすがにしつこいから、しないけどさ。


 山男はコンビニの袋を持って、山の方に向かって歩いていた。


「おーい、山男のおっちゃん!」


 俺は山男を呼んだ。山男はのっさりと振り返って、俺の顔を見てにしっと笑った。


「お、泣き虫タイキじゃねえか。学校帰りかぁ?」


 振り返った山男は、もじゃもじゃのひげと髪で、顔の八割は隠れてる。だけど頭のてっぺんはつるつるのはげ頭だ。

 山男は変な人だけど、話してみるとわりと普通だ。女子が言うとおり臭いは強烈でも、俺はその臭いも男の臭いだって思ってる。普段かがない臭いだからくさく思えるけど、なれてくると逆に優しい臭いだ。


「うん、学校帰り。おっちゃんは町で何してんだ?」


 俺とショウタは山男に駆けよって、少しの間会話をした。そんで俺とショウタは家に、山男は山に帰った。

 今日は山男に町で会ったくらいで、特に変わり映えのない一日だった。

 ちなみに山男はコンビニに塩を買いに来てたらしい。




 さて、怖い話の始まりはこの次の日からだ。


「今日はみんなに紹介したい友達がいるんだ」


 六年生の担任、若竹先生が言った。


「転校生の日向正臣くんだ」


 先生が朝のホームルームに連れて来たのは、ちょっと背の高い転校生の男子だった。


 ここまではどこにでもある話。


 転校生のマサオミは、ぱっと見、にこにこ顔で感じが良かった。

 そのまま一時間目は自己紹介とレクリエーションになって、休み時間になると、クラスの男子六人でマサオミを囲った。女子九人はちょっと遠巻きにひそひそ話してる。


「転校生なんてめずらしいな!」


 ショウタがマサオミに言う。今日来たばっかの転校生に、転校生がめずらしいかなんて分かるわけないのに、ショウタはまったく気付いてないみたいだ。


「そうなんだ。俺が前いた小学校は、一年に二人くらい転校してきてたよ。転校生なんていってもめずらしがられないから、なかなかみんなと仲良くなれなかったなぁ。君はショウタだっけ? 仲良くしてね」


 マサオミは結構すごいやつみたいで、さっきの一時間目だけでクラス全員の名前を覚えていた。全員っていっても、男女合わせて十五人しかいないんだけど。


 その日は四時間目が体育で、そこでもマサオミはすごかった。

 体育はサッカーだった。このクラスでは俺とショウタが一番上手いから、俺ら二人は別のチームになる。

 マサオミは俺のチームだった。

 試合が始まると、俺はすぐに女子からパスをもらって、ドリブルで前進していった。


「へいへいっ」


 目立ちたがり屋のクラスメイト、カツキがすぐにパスをほしがる。カツキはそんなに上手くないけど、パスをしないと不公平だのなんだのうるさい。だからパスした。

 カツキはもたもたしたドリブルで、ゴールに一直線に向かってく。そこに待ってましたとばかりにショウタが走っていって、あっさりボールを奪った。

 俺は苦笑いしながら俺のチームのゴールに走った。ショウタはめちゃくちゃ足が速いから、このままだと簡単に一点取られる。


 先回りした俺と、ショウタが一対一で向き合った。

 二人で一つのボールをとり合う。

 ショウタの蹴ったボールが、俺の足にぶつかって、ぽーんと大きく跳ね上がった。

 そのボールの先にマサオミがいた。


 マサオミは胸でボールを受けて、ぽとんと足元に落とした。何気なくやったけど、結構難しいことだ。


「カツキー! 行くよー!」


 マサオミが大きい声で言った。カツキはまだショウタチームのゴール前にいる。俺のチームのゴール前で何を言っているんだなんて、一瞬思った。


「名前間違えたんかな?」


 ショウタも同じ疑問を感じたみたいで、ぼそりとそう言った。


 だけど違った。


 マサオミはそこからボールを蹴って、一番遠くにいたカツキの所に、ぴったりパスをしたのだ。

 ショウタが目を丸めて、あわてて自分のゴールに走っていった。


 そのあともマサオミはショウタからボールを奪ってみたり、三回もシュートを決めたり、大活躍した。

 いつもは接戦になるサッカーの試合が、その日は俺のチームの圧勝だった。

 昼休みはそのサッカーの話題で持ちきりだった。

 女子たちも背が高くて運動ができるマサオミに、興味津々なようだ。クラス全員がマサオミの周りに集まった。


 にこにこ顔のマサオミは、話し方も大人だ。

 だけど俺は、なんだかマサオミが好きになれなかった。


「マサオミは前の学校でサッカーやってたのか? ショウタからボール取れんのなんて、俺くらいだったんだ」

「やってたってほどやってなかったけど、少しだけね。けどタイキもショウタもすごい上手かったよね。こっちの学校、サッカークラブとかないんだろ?」

「うん、ないな。だって五六年生合わせても、男子が十人しかいなかったし」


 マサオミは俺とショウタに、もったいないなぁなんて言った。


 なんだ、いいやつじゃん。って思うだろ?

 実際他のクラスメイトは、みんなマサオミのことをほめちぎった。

 だけど俺は背中が少し寒くなった。

 目だ。

 マサオミは目が笑ってないんだ。にこにこ顔でいつも目元を細めてるから、分かりづらいけど、マサオミの笑い方は作り物めいていた。





「マサオミってなんか怖くないか?」


 帰り道、俺はショウタにそう言ってみた。ショウタは完ぺき意外だったみたいで、きょとんとした顔をする。


「なんだタイキ。お前、まさかやきもちかぁ?」


 近くを歩いていたコヒナたちが、俺らの話に参加してくる。


「タイキくん、転校生には優しくしなきゃだめだよ」


 それ、朝若竹先生が言ったことそのまんまだ。コヒナのとなりで、リンがだよねぇなんて相づちをうってる。

 俺はあきれたため息をつく。


「新しい学校で不安いっぱいなんだろ? マサオミはそんなやつには見えないけどな」


 ちょっと嫌みっぽく返したけど、口で女子二人とやりあっても時間の無駄だ。ショウタは口では頼りにならないし。


 俺の不安をよそに、それから一週間もすると、マサオミは自然にクラスになじんでいった。


 それからさらに一ヶ月、マサオミはクラスの中心人物になっていた。

 マサオミは誰の悪口も言わないし、体育だけじゃなくて勉強もできた。


「タイキ面白くねんじゃない? なんかマサオミにポジション取られたって感じ」


 ショウタがからかってきた。


「別になんとも思わねぇよ。マサオミっていいやつっぽいし、いいんじゃん?」


 俺は本心からそう返した。実際六年生になるまで、俺はクラスで一番人気者だったと思う。だけどそうなりたくてなってたわけじゃないし、マサオミが中心人物になったって俺は困らない。

 目が笑ってないように見えるのも、ずっと見てるとなんとも思わなくなってきた。山男の臭いと同じ原理だろう。

 つまり、好きにはなれなくても、俺もマサオミのことを認め始めたってことだ。


 そんな話をしてた次の日だった。


「なあみんな。ちょっと俺、新しい遊びを考えたんだけどさ、みんなで一緒にやらないか?」


 帰りのホームルームのあと、マサオミがクラスみんなを集めて言ってきた。マサオミの人気はかなりのもので、内容も聞かずに女子全員がやりたいだとか言ってる。


「遊びってどんな遊びだ?」


 水をさすようだったけど、俺は何も聞かないでやりたいだなんて言えない。マサオミはにこにこ顔を一層深めた。


「名付けてルールゲーム。みんなで決めたルールをみんなで守るゲームだ」


 ちっとも楽しそうに聞こえない遊びだけど、女子全員が面白そうだと言い始めて、男子もそれに流され始めた。

 俺はすぐにさじを投げた。だってこの空気の中でまじめに話をするのは、ちょっとばからしい。今朝から少し熱っぽくて、考えるのがだるかったせいもある。


「まあいいんじゃん?」


 俺が言うと、他の男子も全員同意した。


 ルールゲームは悪い遊びじゃなさそうだった。

 例えば朝教室に入ったら、元気にあいさつをしましょうだとか、給食は残さず食べましょうだとか、そんなルールを作った。それを守るんなら、普通に考えていいことだ。


 クラスみんなで出し合ったルールを、マサオミが一つずつノートに書き込んでいく。


「じゃあ、ルールゲームの本題はここからだ。例えばこの掃除はまじめにやりましょうってあるよね? これにもっと細かくルールを設定するんだ。

 例えばほうきがけ。ほうきの正しいかけ方を決めて、それをみんなのルールにするんだ」


 あんまり面白そうな遊びじゃないし、俺はそろそろ帰りたかった。ちらっとショウタとも目が合ったから、たぶんショウタも同じ気持ちだ。俺たちの他にも同じ気持ちの人はいたかもしれない。だけどなんとなくそんなことを言い出せる雰囲気じゃなかった。

 結局ちょっと強引に、ルールゲームは開催されることに決まった。


「ねね、ほんとにこのゲームって楽しいの?」


 カツキが最後にそんな質問をした。俺はちょっとカツキのことを尊敬した。

 だってなぁ……。今そんなこと言い出したら、女子全員から一斉攻撃されるって目に見えてる。

 もちろんカツキはそんなこと考えもしなかったんだろう。女子全員の非難をあびて、しゅんと肩を落とした。


「まあまあ。今はまだよく分かんなくていいんだ。そのうちこのゲームが楽しくなるようにするつもりだから、今はとりあえずルールをちゃんと守ってて」


 マサオミがカツキをフォローした。そのときのマサオミの笑顔を見て、俺はまた背中がぞくっと寒くなった。

 だけどその寒さはマサオミのせいじゃなかったのかもしれない。その日の夜から俺は熱を出してしまって、一週間も学校を休んだ。




 一週間後。

 久しぶりの登校だ。実は俺はこのとき、ルールゲームのことなんてすっかり忘れてた。

 教室のドアを開けると、リンが突然大声を張り上げた。


「タイキくん、おはようっ!」


 そしてそのあとクラス全員が、「タイキくんおはようっ!」と大合唱で繰り返した。

 ぽかんとした俺は、すぐにルールゲームのことを思い出した。そういえばこないだ、こんなルールを作ってたかもだ。

 どうやら俺の休んだ一週間で、ルールゲームはすっかりクラスに浸透していたみたいだ。


「あはは。タイキ、ずっと休みだったから、ルールをまだ覚えてないんだね」


 優しい口調でマサオミが話しかけてきた。そのときもう一人別のクラスメイトが登校してきて、またクラス中で大合唱が起こった。登校してきたのはクラスで一番大人しい女子の、ミカサだ。


「みんなおはよう! ミカサ、登校です!」


 おどろいた。大人しいミカサが元気よくそう言って、両手を高く上げてばんざいをした。

 次に入ってきた男子も、その次に入ってきた女子も、全員同じことをした。


 風邪は良くなったはずなのに、背中が冷えた。正直、気味が悪い。


 ただどう考えても元気にあいさつをするのはいいことだ。大人しくて内気なはずのミカサも、どこか生き生きした顔だ。

 朝のホームルームで若竹先生が入って来ると、「若竹先生おはようございます!」「おはようございます!」と気持ちのいいあいさつが響き渡った。


「はは、今日も軍隊みたいだな」


 若竹先生もルールゲームにもう慣れてるみたいで、そんなふうに笑った。


 一日中がそんな感じだった。給食の時間ですら、みんなの動作はきびきびしていて、誰も給食を残さなかった。一年生のときから牛乳嫌いだったヒトシも、きれいに牛乳ビンを空にしている。

 放課後の掃除も、普段より十分も早く終わった。いつもちゃんと掃除をしろってうるさいチエも、満足そうだ。


「放課後、みんなで毎日集会をすることにしたんだ」


 掃除が終わると、マサオミが俺にそう言ってきた。

 集会なんて聞いてなかったけど、俺がいない間に新しくできたルールなんだろう。なんとこの一週間、クラス全員がちゃんとその集会に参加してたらしい。


「悪いな、俺パス」


 俺はこのあと母さんと病院に行く予定だったから、軽い口調でことわった。その瞬間、クラス中の空気がぴきっと音を立てたような気がした。


 これはやばい。一週間前のカツキの二の舞になる。


 俺はすぐにそう気付いて、急いでちゃんと理由を説明した。


「俺まだ風邪が治りきってなくてさ、帰ってすぐ母さんと病院行かなきゃなんだ。だからほんとに悪いけど、今日は帰らなきゃ」


 クラスの空気が和らいだ。


「あぁ、それなら仕方ないね。それならタイキ、また明日だね」


 集会のあとはみんなで帰るから、さよならのあいさつのルールはなかったらしい。


「ああ、じゃあな」

「あ、ちょっと待ってよ。タイキが帰るんなら俺も帰るよ」


 ショウタが手を上げて言った。手の上げ方までルールができたみたいで、ショウタの上げた手は、肘も指もしゃんとして一直線だった。

 俺はショウタの発言にあわてた。クラス中の目という目が、貫くようにショウタにそそがれている。


「あ、そうだな、俺、かなりだるいみたいだから、家まで送ってくれたら助かる」


 本当はもうだるさはなかったけど、とっさにうそをついた。




 帰り道、ショウタが言ってきた。


「なんかさぁ、ルールゲームなんだけどさ、俺、もうちょっとなんていうかさ」


 上手い言葉が見つからないみたいで、ショウタはごにょごにょ言っていたけど、俺にはショウタが何を言いたいのか良く分かった。


「ちょっとな。俺もあんまりやりたくないな」

「だよなー! そう、俺もっと自由なんがいんだ。なんかルールってきゅーくつじゃん」


 ショウタはのどのつかえが取れたみたいに、急にほっとした顔をした。そしたら色々と話し始めた。


「まあさ、結構みんなにいいことなんだってのは分かってるんだけどさぁ。あれ気付いた? カワっちがコヒナと話してたんだぜ。

 去年だよな。俺とお前でカワっちめっちゃ応援したのに、結局カワっち一言もコヒナと話せなくてさ。ルールゲームのおかげなんだって分かんだけど、んー、だけど俺にはなぁ」


 俺もショウタに同感だ。だけどみんながやってるから、俺はもう少しルールゲームに付き合おうと思っていた。


 ショウタにちゃんとそう言えば良かった。


 ショウタは次の日、クラスのみんなにルールゲームから抜けることを宣言した。


「マサオミごめん。俺もうルールゲーム飽きちゃった。一抜けんねぇ」


 ショウタらしいあっさりした言い方だったのに、クラスのみんなは、まるでらしくなかった。

 いつもならショウタのそんな言い方に、みんなは仕方ないなぁなんて甘やかしてたのに、みんなの顔が冷たい。


「ふーん、そう」


 マサオミがにこにこ顔のまま言った。

 間違いない。今度の今度こそ確信した。

 マサオミのにこにこ顔は、作り物だ。ショウタはそれに気付いてないみたいで、へらへらと笑っている。


 給食を食べ終わったあと、俺はこっそりマサオミを呼び出した。

 マサオミはにこにこ笑いながらついてくる。

 階段のところまで移動して、クラスの誰にも聞かれてないって確認すると、俺はマサオミにきいた。


「なあマサオミ。どうしてルールゲーム始めたんだ?」


 俺の質問に、マサオミが首をかしげる。


「どうしてって? なにか問題でもあった?」

「いや、問題はないけどさ、ただちょっと気になったんだ」


 マサオミは目以外の笑顔を深めた。


「どうしてかなんて理由はないよ。遊びなんだから。まあ、楽しそうだって思ったんだ。実際みんな楽しそうだろ?」


 納得できるような、納得できないような、そんな理由だった。


 このあと起こることを、マサオミが予想してたのかは知らない。もしも分かってたなら、俺はマサオミのことを許せない。


 俺とマサオミがクラスに戻ると、男子四人がショウタ一人を袋叩きにしていた。

 四対一ってことに目をつぶっても、まともなけんかじゃなかった。ショウタはうずくまって泣いていた。それなのに男子は、そんなショウタに暴力をふるい続けていた。女子も遠巻きに眺めるだけで、止めようとしない。


 おい何やってんだっ!

 怒鳴りつけようとしたそのとき、たまたま通りかかった若竹先生が気付いてくれた。


「お前たち!」


 男子四人は職員室に呼ばれて、俺はショウタを保健室に連れてった。ひどいけがとかはなかったけど、ショウタはひたすら泣いていた。


「ほら、そんな泣かないの」


 保健室の伊藤先生は、そうやってショウタをはげましたけど、それじゃだめだ。


「先生、俺、ショウタのこと家まで送ってきます」


 まだ授業があるから、反対されるかと思った。だけど伊藤先生はうーんなんてうなりながら、結局許してくれた。


 帰り道を歩きながら、まだショウタは少し泣いてた。

 どっか痛いのかとか、泣くなとか、そんなことは言わなかった。

 だって俺にはショウタの気持ちは痛いくらいに分かっていた。


 例えば俺とショウタは、カワっちの恋を応援していた。牛乳が嫌いなヒトシが頑張って牛乳を飲んだら、一緒になって喜んだ。

 俺たち男子は一年生のときからずっと六人で、心からの友達だったはずだ。

 その友達に、あんな殴られたんだ。


「俺、悪いことしたんかなぁ?」


 ショウタが言った。


「どうしてみんな俺のこと殴ったんかな? 俺、まるで人間じゃないみたいな目で見られた」


 俺はなんとも言えなかった。ショウタが疑問に思ったことは、俺にとっても疑問だったんだ。


 ショウタの家にはショウタのお母さんがいた。俺が事情を話すと、「あらケンカしたのね」だなんて、全く理解してもらえなかった。

 俺もそのまま家に帰った。俺の家には誰もいなくて、俺の頭の中には今日のことがぐらんぐらん回り続けた。


 ルールゲームはいいことだって思ったのに、どうしてあんなことになったんだろう。これからどうしていけばいいのか。


 一人で悩むのじゃ何も分からなかった。誰か大人に相談したかったけど、きっとショウタのお母さんみたいに、大人は子供の事情なんて分かってくれない。


 俺は一人、真剣に子供の話を聞いてくれそうな大人を思い出した。

 時計はまだ二時だ。今から行けば暗くなる前には戻って来られる。

 俺は強い強い期待を持って、裏の山に向かっていった。




 カッパみたいなはげ頭。熊みたいなもじゃもじゃの顔。普通の大人より、ふた周りも大きくて、強烈な臭いを放つ。


 なんて言うとまるでモンスターみたいだ。


 俺は山男が自分で作った山小屋に来た。山小屋と言っても、丸太でちゃんと組み立てた家じゃなくて、三つの木をロープでつないで、その上にブルーシートを乗せた屋根を作っただけの、壁もない山小屋だ。


「山男のおっちゃーん!」


 山小屋が見えるところで俺が呼ぶと、後ろから声をかけられた。


「お、なんだタイキか?」


 声はかなり近いところからだった。俺は驚いて振り返る。


「どうしたぁ? また迷子か?」


 山男がそう言ってげらげら笑った。


「迷子じゃねえよ。おっちゃんに相談に来たんだよ」

「は? 俺にかぁ? そりゃお前、きく相手は選んだ方がいいぞ」


 山男が自分のことなのにそんなふうに言うから、俺は笑ってしまった。

 山男の前だとまじめに悩むのが難しそうだ。

 だけど山男は予想通り、俺の話を真剣に聞いてくれた。そしたら山男はふざけるのを止めて、一緒になって悩んでくれた。


「ルールゲームかぁ」


 しばらく二人で悩んでいると、山男が、ぶふうとため息をついた。


「なんか分かったのか?」

「うーん、なんもだな」


 ゲラゲラと山男が笑った。最初に言われた通り、俺はきく相手を間違えたのかもしれない。


「ただな、俺はショウタの気持ちは分かるぞ」

「ショウタの気持ちなんて俺も分かってるよ」


 八つ当たりぎみに俺は言った。山男が頼りなくて、がっかりしていたのだ。


「そうかぁ? タイキはみんなに嫌われたことなんてねぇだろ?」


 言われてみれば、俺は誰かに嫌われたことなんて、ほとんどない。そういう意味では、山男の方がショウタの気持ちを分かってるのかもしれない。山男はいいやつなのに、嫌われものなんだ。

 それなら俺がどうやってショウタを元気づけたらいいか、山男に教えてもらいたかった。だけど山男は、もう今までの話なんて忘れたみたいに、ぐちを言い始めた。


「俺はさぁ、みんなのこと大好きなのによ、どうもみんなに好きになってもらえないんだ。俺は笑いかけてんのに、そんな嫌わなくてもいいのになぁ。タイキは俺が町の大人に嫌われてるの知ってっか?」

「知ってる。みんなおっちゃんのこと分かってないんだ」


 ほんとは大人だけじゃなくて女子にもだ。そう思ったけど、さっき八つ当たりしたのを少し反省していたから、そうは言わなかった。


「だなだな。俺はこんないいやつなのにな!」


 山男がげらげら笑う。


「でもなぁ、いいやつかどうかなんて関係ないんだ。俺、普通じゃないだろ? タイキは俺の他に、山に住んでるやつなんて知ってっか?」


 俺は首を振る。知るわけない。


「俺はルールを守れねえ人間なんだぁ。だからほとんどの人は俺のこと嫌いなんだよ」

「なんでだよ? 別に山に住んじゃだめなんてルールないだろ?」

「あぁ。ねぇな。いや、あるかな? まあ、そんな明確なルールとかじゃなくてだな、常識とかモラルとかって、うーん、暗黙の了解って分かっか?」


 俺は暗黙の了解よりモラルの方が良く分かんなかった。でもたぶんちゃんと決められてないけど、みんなが守ってるルールなんだって気付いた。


「人って不思議でさぁ、ルールを守れないやつにいらいらするんだな。俺には俺のルールがあんのになぁ!」


 山男のぐちは、俺の求めていた答なんじゃないかって気がした。半分は分かったような、なんにも分かんないみたいな、もやもやした気分になった。

 もう少しちゃんと話を聞いてみたかったけど、肝心の山男がなんにも分かってないんだ。これ以上は何も分からなかった。


 一つ思ったのは、山男の最後の言葉についてだ。


 ルールが守れないやつにいらいらするのは、たぶん当たり前だ。そうも思ったけど、俺には俺のルールがあるって、常識とかが人それぞれってことか?


 山男はちゃんと話を聞いてくれた。真剣に悩んでくれた。だけど結論は俺にはちょっと難しすぎた。


 次の日学校に行くと、ルールゲームは禁止だと先生に言われた。

 ショウタは休みで、他の男子四人はこってり怒られたみたいで、おとなしかった。

 マサオミだけは、素知らぬ顔でにこにこ笑っていた。


 昼休み、俺はまたマサオミを呼び出す。

 昨日と同じ階段前で、俺は言った。


「ルールゲーム、残念だったな」


 どういう反応が返ってくるか、俺は待ち構える。

 マサオミが笑ってない目で俺をのぞき込む。


「もう、ルールゲームは充分楽しめたよ。次はどんな遊びにしようか」


 俺はぐっと歯を食いしばった。


「その前にマサオミ、ちゃんとショウタにあやまれよ」


 マサオミのにこにこ顔が消える。目と釣り合いが取れる表情で、俺を見る。


「気付いてたんだね」


 本当は気付いてなんかいない。あてずっぽうだ。

 気付いてたって、何にだ?

 俺は背中の寒気をこらえながら、じっとマサオミをにらみつける。

 マサオミはゆっくり首を振ったかと思うと、俺をかわすように教室に戻っていった。

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ルールゲーム 広越 遼(ひろこし はるか) @Haruka_Hiro

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