第45話

 あれから数時間経ち、とうとう決勝の畳に足を運んでいた。相手はもちろん、あの時絡まれた監督の教え子さんだった。

 体格からして背負い投げを中心とする選手なのは一目瞭然ではあったが、そればかりに気を取られないようほかの技が来るかもしれないという可能性を脳に入れて警戒しつつ、こちらのペースで試合を運べるようにと頬を叩きながら気合を入れていた。


 決勝戦のスタートとして名前がコールされる。会場は一気に盛り上がりを見せた。


 さすが全国大会決勝だなと思いながら相手と僕は互いに睨み合いながら開始線まで歩みを進める。


【始め】の挨拶が会場に響き渡った。

 即座に僕と相手は飛び出し互いにガッチリと組合ながら自分の間合いに敵を入れるように誘い込みながら動き回る。


 徐々に畳をする音しか聞こえなくなり、相手との一対一で戦えているという感覚に襲われた時だった。ふと何故か茉莉姉さんが脳裏を過る。


 本当にあのまま帰して良かったのかと、何故かこのタイミングで脳が試合ではなく茉莉姉さんを思いやれと言っていた。


 すると相手の間合いに入ってしまい、上手くクルッと回されて技ありを奪われる。取り返そうと寝技を避けるために立ち上がろうとしたが、時間を上手く使おうと相手は俺を立ち上がらせないようにして五秒ほどロスしてしまう。


【待て】


 審判から放たれた待てという合図で互いに立ち上がり時計をちらっと見る。残り二分半という少ない時間の中で技あり、それ以上の一本を狙うために僕は奥襟を叩くように取る。


 相手はそれをいやがり組手から逃げると審判から【待て】の合図が飛び試合が止まる。首抜けという指導が相手に渡る。


 この指導で少しでも相手が焦ってくれれば勝機はあると思い、永遠と攻めたてたが結局僕は全国大会決勝戦、技ありひとつという重みに打ち勝てず負けてしまった。


 これが中学三年のラストの大会結果だった。


 大会を終え、監督と深雪さんと共にホテルへと戻った。部屋の雰囲気はとても悪くどんよりとしていた。


 重い部屋の空気を変えたのは深雪さんだった。


「試合お疲れ様」

「すみません。不甲斐ない試合をお見せして」


 そう僕が答えると監督は少し涙をうかべながらも頭を撫でてくれた。その後にボソッと呟いた。


「おめぇが居なけりゃ全国なんて来れなかった。次のステージでは全国なんてもんは払い除けて世界に行ってくれ」


 監督のその言葉に、その重みに僕はただひたすらに泣くしかなった。


 そして監督はひとりで居たいと言ってホテルを抜けた後に、深雪さんは僕の頭をぽんぽんと触った後に、言った。


「膝枕してあげる。おいで」


 僕は何も考えられず、ただ深雪さんに、甘えた。



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