萩原朔太郎「内部への月影」
憂鬱のかげのしげる
この暗い家屋の内部に
ひそかにしのび入り
ひそかに壁をさぐり行き
手もて風琴の鍵盤に触れるはたれですか。
そこに宗教のきこえて
しづかな感情は室内にあふれるやうだ。
洋燈を消せよ
洋燈を消せよ
暗く憂鬱な部屋の内部を
しづかな冥想のながれにみたさう。
書物をとりて棚におけ
あふれる情調の出水にうかばう。
洋燈を消せよ
洋燈を消せよ。
いま憂鬱の重たくたれた
黒いびらうどの
さみしく音なく彷徨する
ひとつの
きぬずれの音もやさしく
こよひのここにしのべる影はたれですか。
ああ内部へのさし入る月影
階段の上にもながれ ながれ。
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