第42話 帰郷
「ジョス、ちょいと先触れしてくれんか。俺やガストンよりお前さんのほうが人当たりもよかろう」
「ああ、それもそうだね、ちょいと先に行くわ」
故郷の村が見えたころ、マルセルがジョスを先に村へ向かわせた。たしかにいきなり武装した男たちが乗り込んでは騒ぎになるだろう。
槍働き一辺倒のガストンとは違い、弓衆を率いるマルセルは視野も広い。こうした気働きはマルセルの得意とするところである。
(……故郷か、まさか馬に乗って帰ることになるとはのう)
沢の村はクード川の水利を活かした、のどかな田舎だ。
領主リュイソー男爵は大勢力であるビゼー伯爵の庇護下にあり治安も良い。だがやはり戦の絶えぬ横の国にあり、粗末ながらも木柵や門扉を備えた半要塞でもある。
うかつに武装集団が近づけば石くらいは飛んでくる土地柄なのだ。
●
思いかえせば、自分がなぜ村を追い出されたのかガストンにはイマイチ理解が及ばない。
父親を早くに亡くし、身を粉にして働いた。歯車が狂ったのは戦に出てからか。
功をあげ、村の若い衆に慕われた。身分の低いガストンのもとに血の気が多い若者が集まったことが
(しかしのう、俺があのまま村に残ったところで何かを成せたわけでもなかろう)
せいぜいが若い衆にいい顔して、悪ければ徒党を組んで乱暴くらいしただろうか……それも数々の戦場を経験した今のガストンからすれば屁のような軽さに感じられた。
「本当にガストンとマルセルだわ」
「たまげたな、馬に乗っとるぞ」
「見慣れん顔もおるが家来かの」
「鉄兜に馬、立派な剣をぶら下げとる」
「まるでロロンのような出世じゃ」
「あんなに血にまみれて……なんだか恐ろしいよ」
村内に入ると、すでに報せを受けていた村人はやや遠巻きながらも集まっていた。
戦塵にまみれ、手傷と返り血で衣服を染めたガストンらの姿に怯えがあるようだ。それはムリのないことだとガストンは思う。
余談ではあるが、ここの『ロロン』とは、リオンクール王国の建国王に仕えた騎士のことだ。
奴隷階級から身を起こし、建国王の親衛隊長を勤めたとされる英傑であり、立身出世の代名詞でもある。
ちなみにリオンクール王国では『ロロ』と発音するのが一般的だがダルモン王国付近ではやや訛って『ロロン』と呼ばれることもあるようだ。
「ガストンよ、村から出て何年になる?」
「そうさな、5年にはならんと思うが……こんなに小さい村だったかのう」
「はっは、村は変わらんさ。なんにも変わらねえ、
マルセルは故郷に思うところがあるようで、村人を見て悪態をつく。
ガストンからしても見世物のように扱われるのは複雑な気分であった。
「まあいい。まずは村長の屋敷に行くぞ」
「あん? そんなもん放っておけ! 今やお前のほうが偉かろう!」
「バカなこと言うでねえ。今の俺たちは半分よそ者だ、村長に『よろしく』と顔見せるのが筋だわ」
「ふん、さすが騎士ともなれば礼節をわきまえとるわ! ガストン・ヴァロンは伯爵の側近くに仕える名誉の騎士よ! 腐れ田舎の輝く星だわ!」
マルセルはわざと大声で『ガストンは騎士になったのだ』と吹聴し、村人は『やはりそうか』とどよめいた。
喜ぶときも、悪態をつくときも隠そうとしないのがマルセルだ。故郷によほどの不満があるのだろう。
こうなればガストンもうるさく言えず苦笑いをするしかない。
「ほれ、ジョスも戻ってきたわ。騒いどらんと村長の屋敷へ向かうぞ」
ジョスと合流すると数人の村人が慌てて村長の屋敷に向かうのが確認できた。ガストンらの様子を伝えに行ったのだろう。
合流したジョスは顔色悪く「兄いよ、ちょっといいか?」と声を潜めた。
「家の様子が変だわ、どうにも空き家じゃ」
「む、む、なんじゃと? おっ母はおらんのか?」
「うん、人は住んでねえ。ひょっとして――」
ジョスは首を振り「いや、縁起でもねえわ」と吐き捨てた。
おそらく母の死をイメージしたのだろう。ガストンらの母は40才を越えたか越えざるか……まだ老人とは言い難いが若くはない。ありうる話ではある。
「ま、それも含めて村長に訊ねりゃよかろう。知らんことに気を病むな。嘆くはまだ早えわ」
「うん、そりゃそうだ。早合点で嘆くのは不吉だわ」
ガストンも内心では不安を感じているが、こうした時に兄がうろたえては
これは若年より染みついた家長としてのふるまいでもあった。
「お、出迎えか? えらい待遇じゃのう?」
ガストンらの憂色を気づかってか、マルセルが大げさに声を上げた。湿っぽいのが苦手な男なのである。
(まあのう、マルセルが嫌味を言うのもわかるわ。たしかに扱いが違うからのう)
ガストンは緊張の面持ちで出迎えてくれた家人に対し、鷹揚に応対しながら屋敷に入る。
通されたのは村の会議で使われていた広間だった。
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