第3話 「聖龍姫に何かキスとか色々されて聖龍の勇者になった俺」

 俺は力一杯にそう言った。

 こんなにも声を張ったのは初めてかもしれない。

 日常生活では特に危機的状況に遭遇することなく育ってきた俺は今のように無意識に声を張るということはなかった。

 中学の時、音楽か体育かの授業中に教師にもっと声を張れと言われたことはあった。

 だがそれは半強制的にやったことであって今のように自分の意志でやることはなかった。

 聖龍王に俺の言葉が届いたのか、分かりやすいほどに口角を上げてニンマリと笑った。


「勇者レッド、キサマの言葉は聖龍王であるこのワシが、しかと聞いたぞ! 守護聖龍が一柱、レティシアよ。今こそ勇者に守護勇者と守護聖龍の誓いを同時に行え!」


「はい、お父様。勇者さま?」


「あっ、はい」


「じっと……していてくださいましね?」


 聖龍王がそう高らかに宣言すると聖龍姫ことレティシアは微々たるものだが頬を赤らめ、俺の左腕と右腕に謎のリストバンドを手首の辺りまで通す。そして何故か……


「えっ!? ちょ、おま」


 まさかそんな声をリアルで出してしまう日が来ようとは……

 レティシアは何故か丹念に俺の左手を舐めていく。

 それはもう丁寧に。

 俺は信じられなかった……

 綺麗な、それも龍っ娘のお姫様が俺の左手の指を親指から人差し指、中指と順番に舐めていることに。

 よくテレビで耳にしていた信じられない光景というやつを俺は今、体験している。

 これか……これが噂の、目にした者にしか理解不能な信じられない光景か。

 レティシアの表情は次第に熱を帯びていく……ような気がした。

 まるでこれはまだ前菜ですと言わんばかりの表情だ。

 その顔はどことなくうっとりとしている。

 もしかしてこのお姫様、変態なんじゃなかろうか。


 彼方あちらの世界では軽く二次元限定でロリコン認定されたこともあった俺だが……

 童貞の身ではなかなかに難しい。


 俺はただ指を舐めまくる変態なレティシア姫を見ていることしか出来なかった。


「勇者様の血、大変美味しく頂きました」


「…………」


 声? 出るわけないだろ! なんか血を美味しく頂かれたらしい。

 呆然と見ていた俺だったが、更に衝撃的な展開が待っていた。


「それでは勇者さま、守護契約の契りを」


「っ!?」


 その時、俺の中で銃声のようなそうじゃないような音が鳴り響き、泥水で口を洗う少女の姿が脳裏を過った。

 そう、キスされたんだ。

 しかも二度だ。

 一度目は軽いものだった。

 軽く触れたくらいの優しくて甘いものだ。

 しかし二度目はシビアで長い。

 舌が痺れるような感覚……

 それでいて心奪われてしまうものがそこにはあった。


「二つの守護契約、完了です~」


 そうして解放された俺は立っていることが出来ずに床に手と足をついた。

 衝撃的だった。

 美少女にキスされた……

 それもドラゴン娘の美少女に。

 それは言葉にするだけなら、耳にするだけなら興奮するシチュエーションだ。

 だが実際にされたらそんな甘美な響きはどこへ。

 俺はただ呆然としていることしかできなかった。

 別に聖龍姫にキスされたことが嫌なんじゃない。

 出来ればもう少し段階を踏んで、フラグを重ねた上でしたかった!

 ああ分かってるさ。

 俺みたいな男は契約と表した上じゃないと駄目なんだろ? 充分に分かってるさ、これが現実だってことはな……


「さて、そろそろか」


「そろそろって何が――ッ!?」


 聖龍王が時間を気にするように言った時だ。

 身体の全身と左腕に激しい痛みが俺を包んだ……

 かつてないほどの、生まれて十六年、感じたことのないほどの痛みが!


「辛抱ください。勇者さま……」


「すぐに済む。耐えることだ」


「勇者、しっかり!」


 そこからはよく覚えてない。

 ただただ苦しかったことしか覚えていない。

 大人のすぐはすぐじゃない。

 これは聖龍王にも当てはまることだと俺は思った。



「ほう……立派な姿だ。勇者よ」


「本当に、御立派です」


「へぇ……これが守護勇者の姿なのね」


「? 何の話?」


 痛みが引いて、三人の反応に俺が戸惑っているとレティシアが折り畳み式の鏡を向けてくる。


「こ、これは……!」


 そこに映ったのは学生服じゃない俺の姿。

 青と白を掛け合わせた色合いに龍の模様があしらわれている。

 そして腰には剣がある……

 俺は剣なんて持ったことはないし今まで一度も触ったことすらない。

 そんな俺の腰にはしっかりと鞘に収められた剣らしきものがある。

 これはいったい……


「驚いたか勇者よ。その姿こそ、キサマの守護勇者の形態だ」


「どういう、ことですか……?」


「守護勇者はね、契約することで様々な力が得られるの」


「これが、その契約で得られた力、なのか?」


 守護勇者の形態? どういうことだよ……

 説明不足すぎるぞ! 俺が混乱しているとイリスは更に説明を続けてくれた。


「契約には二パターンあって、守護勇者タイプと守護聖龍タイプね。ちなみに今のあんたの姿は守護勇者の契約で得た力よ」


「キサマは勇者の力、形態変更モードチェンジを使い分けることで臨機応変に戦うことが出来る」


「形態変更……なるほど、何となく分かるぞ」


 イリスと聖龍王の説明で何となく見えてきた。

 そういう力を切り換えるゲームはやったことがある……

 切り換えたらこの力は使えなくなるが別の力は使えるって感じか?


「左手を見よ」


「左手?」


 聖龍王の言われた通りに左手を見るとリストバンドの一番左側に剣のマークが、その右隣に輪っかのマークが浮かび上がっている。

 これは俺が契約で得た力を表してるのだろうか。

 右手のリストバンドにも剣のマークはあって、輪っかのマークはないな。



「そこに描かれた印はキサマが今、現在持っている力だ。そして武器は剣と弓を現時点では使えるようだな」


「は、はあ……これってもしかして契約前の状態には戻れない、とか?」


「心配しなくても戻れるわよ。形態変更すればね」


「形態変更ってどうやるんだよ……」


「簡単だ。形態変更・通常形態ノーマルと叫び、想像すれば戻れるはずだ」


 よく分かるな、聖龍王。

 俺の名前も教えてもいないのに知ってるし。

 もしかして何か見えてるのか? な、なんか怖いな……


 でも叫べば戻れるんだな、良かった。

 叫ぶのは恥ずかしいが、戻れないよりはましか……


「勇者さま、一度やってみてください~」


「そうだな、一度試してみるのも良かろう」


「そうね、試しに確認のために、ね」


「う……形態変更モードチェンジ通常形態ノーマル!」


 俺は三人に押されて叫ぶ。

 叫んだ瞬間、視界がぐにゃりと歪んですぐに元に戻った。

 聖龍姫は透かさず鏡を俺に向ける。

 鏡には契約前の馴染みある学生服姿で映っている。

 良かった……どうやら本当に叫ぶだけで戻れるみたいだな、これは意外と便利かもしれない。


「よし、では次は形態変更モードチェンジ・レティシアと叫べ!」


「……形態変更モードチェンジ・レティシア!」


 聖龍王の迫力に押されてまた俺は叫ぶ。

 また視界が歪み、すぐに元に戻る。


「こ、これは凄い……桁外れの魔力と龍魂だ」


「見た目もだいぶ、変わってるわね」


「勇者様、綺麗です……」


 三者三様の驚き。

 例の如く鏡を見ると知らない奴が映っていた。

 白銀色の髪、長い前髪で左目を隠して白銀色の袴のようなものを着ていて腕の中には弓がある……

 背中には、少し大きめな箱の中に大量の弓矢が。

 そして、その鏡に映る人物同様、俺もその弓を何故か持っている。

 この美少年は俺なのか……?


「守護聖龍の誓いという契約は、その契約を交わした守護聖龍特有の力、体質に勇者の力に邪魔にならない程度に依存すると言われている。キサマのその姿はレティシアとの契約が成功した証と言えよう」


「なるほど、聖龍姫の……」


 そう言われれば納得出来てしまうほどにレティシア姫は神々しいほど綺麗だった。

 俺を美少年に変えてしまうくらいに……


「もう戻ってよいぞ、勇者よ」


「あんた、本当に勇者だったのね。驚いたわ」


 聖龍王に言われて俺は元の姿に戻るための言葉を叫ぶ。

 正直、もっと美少年気分を味わいたかったが、とてもそんなことは言えない。


「あの……もしかして契約で勇者じゃないか分かったり?」


「もちろん! 勇者の才能ゼロだったら多分、契約の重みに耐えきれず死んでたでしょうね」


「なっ、マジかよ……」


「ですがそこは最強勇者の末裔であるレッド様なら問題ないですよ~」


 契約で危うく死ぬところだったのか……危ない危ない。

 俺の中に少しでも勇者の才能があって良かった。

 勇者の末裔なんて嘘っぱちだからな……通りで苦しいわけだ。


「どうした勇者? 顔色が優れぬようだが……」


「それに汗が、」


「いやいや! 大丈夫、何でもないですって! 俺は元気です、はい」


「そう? なら良いけれど」


 やべー! 死の恐怖で汗が止まらねえ……

 落ち着け落ち着け落ち着け! 俺はもう勇者になったんだ! もう契約で死ぬことはない!



「では続けるぞ」


「は、はい」


「勇者よ、キサマのこれからの生活だが……ワシが住む王宮ではなく守護聖龍達が住む後宮で暮らしてもらう」


「聖龍王様! それはいけません!」


 聖龍王が難しい言葉を並べるとイリスは何か怒気を含んだ声で反対している。

 後宮に俺が住むのは反対だと、その態度だけで分かった。

 後宮ってなんだっけ……

 大奥みたいに男は入っちゃいけないみたいな感じだっけ?


「守護勇者には守護聖龍を護ってもらわねばならん……共に暮らさねば護れるものも護れんだろう。違うか?」


「そ、それは確かにそうですが」


「勇者さまなら大丈夫ですよ~邪気も感じませんし」


「う……レティシアがそう言うなら」


 なんだか分からないが、俺は後宮に暮らすことに決定したみたいだった。


「分かればよい。勇者と一対一で話がしたい。レティシア、イリス、キサマらは下がれ」


「はっ、聖龍王様」


「勇者さま、また後程」


「えっ……二人だけ!?」 


 レティシアとイリスは聖龍王の言われるがまま、あっさり出ていってしまった……

 この聖龍王と二人っきりとか荷が重いぜ……



「さて、勇者レッドよ」


「は、はい……」


「キサマに頼みがある。キサマにしか出来ぬ頼みだ」


「俺に頼み? なんでしょうか?」


 この聖龍王が俺に頼みとか、いったいどんな無理難題を命じられるんだ? 怖いな……


「守護聖龍達と打ち解けよ」


「へ……?」


「守護勇者の力は守護聖龍への愛が強ければ強いほどに力は増幅すると言われている……無論、逆も然り。キサマは守護聖龍達と愛を育み、そして我が娘であるレティシア以外の守護聖龍と契約を交わすのだ」


「仲良くするならもちろん……でも契約は」


「出来ぬと申すかッッ!」


「ひいっ!?」


 聖龍王は脚を下ろしただけだなのに。凄い揺れだ。

 地震でも起きたのかと思ったわ! しかもあの睨みと声の迫力……

 逃げ出せるなら逃げ出してえ!


「どうなのだ勇者よッ!!」


「や、やります! やらせてください!」


「最初からそう言えばよいのだ。まったく……」


 こんなドラゴンに凄まれて逆らえるわけがない……

 今にも口から炎を吐きそうなんだぜ……


「よし、あまり待たせてはいかんな。もう行ってよいぞ」


「は、はい……失礼します」


 俺は聖龍王に怯えながら深々と頭を下げて、来た道から出た。

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