ペド伝説最終章「そして伝説へ」





 ペド伝説最終章『そして伝説へ』





「おいで、みんな」



 微笑むプルピーの足元に出現する巨大な穴。

 底が見えない冥府の階段。生ある者が入れば死ぬ。



「なん、だっ、コレ……」



 大穴から吹き出る冷気と瘴気。

 恐怖と驚きで体が動かないペド。


 誰かが階段をのぼる足音が聞こえてきた。

 音は一つではない、複数、小さな足音が複数。


 最初の一人が地上に足を掛けた。

 その人物を見たペドは絶句する。


 知った顔だ。運んで来たメスの一匹。

 一番状態が良かったメス。


 だが、青白い皮膚や赤い瞳など、顔の部位は以前と少し違う。


 同じなのは金髪と顔だけ。他は全て違う。

 ペドが一番驚いたのは、彼が切断した両足が有った事。


 服装も、麻の貫頭衣など着ていない。


 彼女が着ているのは上等な黒いドレスだろうか、革製に見えるが不思議な意匠。無知なペドから見ても高級品。


 体にピタリと張り付いている、そんな印象を受けるドレス。

 腰に下げたベルトまで黒、ホルスターには大きめのナイフ。


 そのナイフを見たペドは『戦奴か?』と推測する。

 綺麗に結い上げられた髪や高価なドレスを見てもこの認識。


 ここに至ってなお、ペドは少女達を経済動物扱いだった。

 人ならざるモノである事は間違っていないが、次元が違う。


 ペドから少し離れた場所で、生意気な飼い犬が歌う。

 同志を、仲間を、姉妹を紹介するように歌う。



“お茶目なデジタン、いつも皆を明るくさせる”


“小さなニシノフ賢い子、年下なのにお姉さん”


“オシャレなパールはお針子さん、破れた服も元通り”


“おてんばティケット優しい子、みんなの為にすぐ泣くの”


“拾った木の実をポッケに入れて、ボノは皆にこっそり渡す”



 階段から次々と姿を現す『春』、売ってしまったのが惜しまれるほどの美しさを振り撒き、ペドを一瞥する事も無く『契約主』の前に並んで一礼した。


 冥府の住人は地上で声を発してはならない。

 その声を聞いた者を冥界へいざなってしまうからだ。


 無言で頭を垂れる姉妹達を寂しげに見つめ、プルピーは『お帰り』と小さく応えた。分かっていた事だが辛い。


 しかし、頭を上げた姉妹達は涙を流していた。

 気の強い妹に贈った体に心は無い、記憶も無い。


 瞳から零れる涙は死してなお妹を案ずる肉体が起こした奇跡か。


 涙を流すその顔に表情は無い。

 感極まったプルピーが皆を一人ずつ抱きしめる。



「大丈夫だよ、ボクは大丈夫、ありがとう、みんな」



 プルピーは思わず素が出た。彼女はボクっ子だったのだ。


 脳天直撃・背がサタンとは正にこの事。背筋が伸びる悪魔達。

 約四千名の紳士悪魔が彼女に忠誠を誓った瞬間だった。


 イケメンギルド長ヒガデは涙する。姫殿下すこ。

 属性盛られ過ぎて尊死不可避。姫殿下親衛隊長は私だっ!!



 何やら盛り上がっている傭兵や観客を無視し、ペドは余裕を取り戻していた。


 どうと言う事はない、目の前に居る白エルフは全員が『春』だった。


 つまり、何度も仕置きしてきた相手だ、恐怖が消え去る。


 赤いブラウスの白エルフは隠れた兄貴が援護しているが、他の白エルフはどうだ?


 今、たった今出現した白エルフと連携出来る者は居るか?

 恐らく居ないだろう、赤ブラウスがイレギュラーだっただけ。


 観客席には少数だが冒険者や商人も散見できる。

 数日前に自分を追い越して行った冒険者も居た。


 ここまで外部の者が居れば、六匹の経済動物に味方する傭兵ギルドを非難するだろう。冒険者ギルドも動くはずだ。


 国や教会が動くかは分からないが、商業を左右する問題となれば、各種ギルドは動く、間違いない――と、ペドは考えた。


 そうなると、今までつちかってきた経験がモノを言う。




 小さな白エルフ『ニシノフ』を見てペドは嗤い、思考する。


 ペドが知る小さなニシノフは、彼が右腕を上げるだけで体が硬直し息が出来なくなる、体が反応してしまう。条件反射だ。


 ペドが管理していた全員、彼はそれぞれに恐怖を植え付け、やって欲しくない事ばかりを続けた。さすがゴミの鑑。


 要するに、白エルフ共は俺様に手出しは出来ず、俺様は弱点を突いて一方的に殴り殺す事が出来る、ペドはこのような結論に至った。


 赤ブラウスの生意気なガキに後れを取ったのは残念だが、気づけば何の事は無い。ペドの闘志が燃え上がる。


 そして、ギルドや神の意志を理解した。


 自分で気付くまでは手を出さない、そう言う条件なのだろう。


 ペドは肩を竦めて苦笑する。



「ヤレヤレ、勇者のギルド加入も楽じゃぁない、か」



 少し大きめな声でアホな事を言うクズ、そんな彼に視線を移す者は居ない。皆、ボクっ子姫殿下に注目している。


 イラつくペド。下卑た笑みを浮かべ、動く。

 右腕を振り上げて小さなニシノフへ突進。


 不意打ち無効化の雄叫びを上げつつ絶頂準備完了。



「ぶっ殺すぞゴラァッーーあぁああっ痛ぁぁぁい!!」



 絶叫を上げ転げ回る性犯罪者。

 振り上げた右腕が折れていた、肘が逆に曲がっている。


 それだけではない、左腕は手首から先が粉砕骨折、両脚は膝を砕かれ、そして鬼が消えた金棒と二個の宝玉は挽き肉状態になった。


 五人の少女が主を護る為に動いたようだ。

 体を動かした様子は見られないので、何らかの能力だろう。


 五人の少女達は当然と言えるが、契約主のプルピーにも、ペドに対する興味は感じられない。


 彼女達は既に過去を捨てている。

 過去に関わった物体が死のうが生きようが、どうでもよいのだ。


 地上の生物と隔絶した力を持ったプルピーは、かつて殺したいほど恨んでいたゴミを本当の意味でゴミと見做みなしている。生物ですらない。


 彼女は種族の誇りを証明した、五人の為に証明した。


 これ以上ゴミに時間を割く意味は無い。

 外野に五人の力を見せてやる必要も無い。


 そもそも、作戦上殺す必要が無い。彼女の仕事は終わっている。


 プルピーは五人を連れ、父の許へ向かう。

 外道の相手は終えた。綺麗な五人を父に見せる方が大事。


 ニコニコ顔のプルピーが『いっけない、忘れてた』と、振り返ってペドの目を見つめる。



『覗き見している、お前、お前だよ、見ているな、私はプルピエル、大魔王の末娘。いいか、よく聞け、この男からお前の加護を取り上げるなよ、弱すぎて死ぬからな。それから、お前の居場所は判ってる、『愛神』のようになりたくなかったら、大人しくしていろ』



 碧眼を虹色に輝かせ、ペドの背後に居る神に念話を送ったプルピー。強烈なメッセージを送られた神は泡を吹いて痙攣している。


 話は以上だと五人を引き連れ、プルピーは立ち去った。


 ペドに対する罰は今から始まる。

 プルピーの役目は終わった。一度心を折れば終了だ。


 ペドが認めずとも悪魔には分かる。


 外道の心が折れた音を聞いた。


 あとは最後の仕上を残すのみ。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 地べたを這い回る騒がしいゴミクズを助ける者は居ない。


 訓練場に訪れた冒険者や商人達はパートナーに夢中だ。


 彼らは滑稽なゴミクズに興味を持たない。

 悪魔公爵の姫殿下にも興味を示さない。


 彼らは悪魔の魅了に侵されている。

 隣に居る『恋人』以外に興味が無い。



 悪魔は狡猾だ。



 魅了を掛けるのは最初だけ、時間をかけて魅了効果を薄め、最終的には魅了を解除する。


 出来上がるのは『愛する人』への依存度を上げた患者さん。


 何か様子がおかしいと鑑定されても、既に魅了は解除済み、悪魔の関与は疑われない。魅了を解くまで監禁状態にするのが肝要。至って健康な患者さんの出来上がり。


 彼らが籠る愛の巣は大猿王が用意した安いラブホ、三食付いて風呂完備、寝る間を惜しんで腰を振るには最適すぎる。


 理想の恋人と充実した毎日。

 これほどの幸せを味わった事など無い。


 そんな彼らにペドが必死で助けを求めても、恋人とのデートを止めてまで助ける必要性を彼らは感じない。一応、ペドの状況を認識しているが、心も体も動かない。




 これはもうダメだ、既に折れた心が折れるペド。


 つまり、自覚する。敗北を認める。だが――


 見逃さない、悪魔はそこを見逃さない。絶対に。



「がんばえー!!」

「お兄ちゃんがんばえー!!」

「お父さ、あ、お兄ちゃんがんばえー!!」



 聞こえてきたのは悪魔幼女達の声援。

 さり気なく『お父さん』と呼び間違える高等テクニック。



 目を見開き幼女達を見るペド。


 限界まで破裂したペニスに、鬼が宿る。


 ここでたねば男が廃るっ!!

 勃て、勃って一皮剥けてくれっ!!

 チンカス野郎はウンザリだっ!!


 だがしかし、折れた両脚が彼の決意を妨げる。


 悔し涙に目が霞むペド。


 慟哭するペドは前に立つ女性に気付かない。



「事実は認めなくてはね」


「ッッ、セイラ、か。お、俺は……」


「自信が無ければ、いいのよ?」


「ち、違うっ、で、でも、脚が――」


「それでも勇者ですかっ、軟弱者っ!!」



 スパァァアアン!!!!



「ぐぼぉフォァァッ!!」



 セイラの手加減された平手打ちがペドの左頬を打ち抜く。


 吹き飛ぶ性犯罪者。


 叩いたセイラは即行で右手を魔術消毒。臭いもチェック。


 幼女達からの『がんばえー』に応えてあげたいペドだが、セイラが放った怒りの一撃は彼を瀕死に追い込んだ。


 鬱憤うっぷんをほんの僅かに晴らしたセイラは、ペドに近付き回復薬をぶっかける。



「加入手続きは済みました、下っ端から頑張って下さい」


「ま、まっで、俺は……」


「大丈夫、あなたなら出来るわ」



 セイラは幼女達を見つめ、ペドの視線を誘導するときびすを返した。


 去って行くセイラと応援する幼女を交互に見つめるペド。

 違う、俺は加入しない、そう言ってやるつもりで口を開くが……



「がんばえー!!」

「お兄ちゃんがんばえー!!」

「お腹すいたよぉお父さ、お兄ちゃーん!!」



 幼女達が、いや娘達の声援がペドの口を塞ぐ。

 しかしどうすれば……


 もはや娘達を連れて逃げるしか……



「あぁそう言えば」



 立ち去ったセイラが立ち止まり、振り返って告げる。

 それは先ほどのプルピーと重なる不吉な動き。



「あなた、指名手配されたわよ、売ったでしょ、国の奴隷。馬車も馬もそうだけど、ほら、あそこに居る冒険者、あれ王都の密偵(魅了済み)よ」


「あ」


「それから、あの馬車、魔除けが付与されていたわ、あなたと似た魔力だったけど、親御さんかしら、いい出来だった。安全だったでしょうね、あなたの旅は」


「あ、あぁ、あぁぁ……」


「安心しなさい、ここのギルマスは傭兵を大切にするから。あなたが出て行くなら……止めないけれど」



 そう言って、再び去って行くセイラ。

 彼女は最後の釘を刺し終えた。




 残されたペドは脱力して屍のようだ。

 幼女の声援も今だけは聞こえない。


 指名手配は構わない、しかし、娘達を連れて逃げるのは困難だ。その上、彼女達を乗せる馬車は無い。


 しかも、あの古ぼけた馬車に魔除けが付与されていたと言う。

 少し考えれば、心当たりは幾らでもある。


 下っ端役人に護衛が付かないのはよくある事、だが、エサを乗せた無防備な馬車が、大森林近くの北方と王都を何度も往復し、数年も魔獣に襲われないなど、奇跡に近い。


 運が良い、先見の明がある、そう思っていたペド。

 真実はシンプルで残酷だった。


 学が無い、教養が無い、知恵が浅い、ペドが散々馬鹿にした母親。


 華が無い、役に立たない、学んでも意味が無い、否定した付与魔術。


 学べとしつこい母を殴り飛ばし、仕事の際には毎回馬車へ近づく母を蹴飛ばす、ペドの日常、疑問の理由を問わない勇者ムーブ。


 そして、何の恩も感じさせぬまま先日死んだ母。

 馬車に何かをしていたので数回蹴ったら死んだ。


 それを知り、狂っていると言った眼球の無い『春』を殴った。


 なるほど、狂っている。

 自ら命綱を手放す者は狂っている。


 話し掛ければ殴ってくる息子に虐待されながら、黙って命綱を編んでいた母を殺す馬鹿は狂っている。


 そしてこの街で、その命綱に繋がれた馬車を売った。


 乾いた笑いが漏れる。



「クソばばあ……最初に言って欲しかったんだが?」



 無視していた母の言葉が頭の奥から木霊す。



“その魔術は誰にも見せちゃダメ、いじめられるから”


“付与魔術があれば、な~んでも強く出来るんだよ?”


“ぺど、きいて、ばしゃ、あぶない、から、お、ねが、い……”




「う、うぁ、うああ、うああああああああっ!!」




 その日、ペド・フィーリアの旅は終わった。

 自分の意志で、全てを終わらせた。



 悪魔は狡猾だ。



 依頼されて狙った獲物は確実に仕留める。

 依頼内容も完璧にこなす。契約は絶対。


 ペドは魔族に対する罪を神に懺悔しない、世界の設定も後押しする。


 だが、罪を償う対象が変わっても問題ない。


 ペドが真に償いたい母はこの世に居ない。

 心に安らぎを得る為の自己満足な懺悔に意味などない。


 悪魔幼女の明るい声が、後悔する時間を与えない。

 愚行に対する慙愧ざんきの念も、欲に消されて宿せない。



 ペド・フィーリアはこのギルドの片隅で、一生を終えるだろう。


 新人達に甚振いたぶられ、馬鹿にされ、幼女の励ましを受けながら、彼は死ねずに生きていく。逃げる選択肢を潰されていく。


 幼女から激励を受け、翌日に母のトラウマを掘り起こされる。


 楽し気な幼女達から孤児院を開いた男の話を聞く。

 幼女と婚約したハゲ親父を遠くから眺める。


 心を破壊されて、修復されて、その繰り返し。


 肉体的な負荷は程よく。

 精神的な負荷は狂わぬ程度に。


 ペド・フィーリアの本質を見抜いた悪魔達が下した、最もペドを苦しめる効果的な虐待。


 自ら足を運んだギルドで、自ら加入を選択し、自ら弱さを証明し、自ら命綱を断ち、自ら望んで丘陵街に隠れ住む。


 自業自得を自覚する事が絶望への第一歩。

 自覚させるのが悪魔の仕事。


 絶望は悪魔を太らせる。


 悪魔はとても、狡猾だ。




「なかなかのショーだった」



 魔界の帝王は一人酒を楽しみながら、クスリと笑った。






 いつからだろうか、丘陵の街セパルトゥラでは、幼い少女に性的興奮を覚える外道を、こう呼ぶようになった――



 ――ワキガ野郎、と。



 ペドの名は史書の中で『旧王都フィーリア氏・傍流』と書かれる程度。


 だが、彼のワキガは本人を超えるほど有名に、まさに伝説となるほど臭かった。


 地下帝国史書には『本惑星初の公害』と書かれている。



 そして、その公害的悪臭の名を『ペド』と記す。



 ワキガ界のスーパースター・ペド。

 彼の死は、数百年経っても公にされぬままである。




   ペド伝説・完









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