第173話「諸君、アレをやるぞっ!!」
第百七十三話『諸君、アレをやるぞっ!!』
九月二五日、早朝、曇り。
季節は秋に入ったが、大森林は湿度も高く暖かい。
魔竜のダンジョンから溢れる魔素は潤沢、それが山脈と長城によって
人類三種の中で最も魔力値が高く、その消費も著しい魔族にとって、大森林は楽園だ。
そんな楽園の治安を乱すボケはブッ殺すのです。
「――と言うわけで、養殖でのレベルアップと基礎能力底上げが、ある程度終わり次第、北伐を開始する」
皇城の軍略会議室に集められた幹部眷属を前に、僕は宣言したのです。
「……ついに、か」
「ブッヒッヒ」
「腕が鳴りますなぁ主様っ!!」
腕自慢のレインやジャキ、中部以北の魔族に対して恨み骨髄に達するミギカラ、好戦的な奴らに笑みが零れる。
浅部魔族は上位の魔族によって使い潰されてきた。
無力だった彼らは『仕方が無い』と割り切るしかなかった。
しかし、今は違う。
平均して中部魔族に匹敵する強さを手に入れた。
幹部連中は深部魔族とでも
イセとトモエの準備も整ってきた。二人の仕上げが済んでしまえば、北伐で俺が本拠地を留守にする不安や、防衛に関する様々な心配事が全て吹き飛ぶ。
それほど彼女達は強い。
姉の側を離れない・離れ難いという状況を、世界さんが課した縛りなんじゃねぇの?と邪推する根拠にしたくなるほど、二人の強さは異常だ。
そんな二人が準備万端で防衛軍を率いる。アートマン様の神気結界があるこの場所を、気合の入った殲滅妹ズが護る……?
んんん? オカシイな、よく考えたら意味が解らない……
過剰防衛どころか、むしろ攻め?
何故だ、体の震えが止まらないお?……
「……どうした兄者、震えて」
「ブッヒ、武者震いかぁ、やる気マンマンじゃぁねぇの、へへっ」
「いや、あのな、俺達が居ない時にな、どっかのアホがガンダーラに何かしたら、気合の入った妹ズが出るじゃん? 神気結界が有るから、意気込むのはホドホドにして欲しい的な?」
「……激しく同意する」
「僕まだ死にたくないなの」
「カッカッカ、最近の妹殿下方は、ちと近寄り難い威を放っておりますなぁ。老骨には
ミギカラが明るくそう言って場を和ませるが、目が死んでいる。
知ってるぞ、お前、王皇両族の縁者に手ぇ出して妹ズに『もし泣かせたら……』って言われたんだろ、この場のみんな知ってるぞっ!!
『ラージャ、長城第一城門の真下まで地下道施工を終えました。これより本作戦は第二段階へ移行します』
はいよ。
昨夜決めた作戦の第一段階がもう終わったのか。
さすが妖蟻帝国、土いじりの天才集団に人海戦術と土木作業の合わせ技はエグすぎる。
俺達も気合入れ直さねぇとな!!
「妖蟻の工兵大隊が穴を通した。彼女達に遅れるなよお前ら、仕上げを急ぐぞ」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【セパルトゥラ傭兵ギルドにて】
張り詰めた空気だな……
ギルド長を任された超絶イケメン悪魔ヒガデ・マサロはそう思った。
それもそのはず、この街に勇者の末裔が滞在しているのだ。
そしてその末裔は、今、悪魔達の目の前に居る……
数日前、尊妻こと智愛神ヴェーダから神託があった。
曰く、人間の男『ペド・フィーリア』に恐怖と絶望を与えよ、と。
さらに、注意事項として『即殺厳禁、懺悔・後悔の機を与えず、発狂も許すべからず』と、徹底した虐待指示のオマケ付き。
その神託でペドなる男の素性も告げられた。
街の住民は悪魔としてその神託を咀嚼する。
なるほど、聞けば聞くほど笑みが零れるただのクズ、底辺のゴミ。
だが、そんな畜生以下の外道には勇者の血が流れているらしい。
ペドに流れる勇者の血は薄い、十五代も現地人と交われば勇者の血量は『半分の半分の……』といった具合に下がっていく。
しかし、やはり普通の人間に比べるとほんの少しだけ基礎能力に優れている。
異世界人が撒き散らすデバフも八割無効化できているのは驚きだ。ヴェーダとしてはこれだけで一般的な人間の能力を軽く超えると認識した。
本来ならば、悪魔がそんなゴミクズに警戒する必要は無い、認識する必要すら無い。だがしかし、今回は別だ。
マスター御夫妻がおキレあそばすっ!!
悪魔達に緊張が走った。
彼らのマスター、偉大なる大猿王が『ペド・フィーリア』と言う人間の男に激怒し、尊妻ヴェーダも明確な不快感を示している。
そして、そのゴミクズに対する処理法まで指定された。
いつもの様に生気と精気を吸い、魅了して人畜化、ではない。
すぐに殺さず、恐怖と絶望を与え、懺悔も後悔も発狂も許さぬ。
これは試練である。悪魔達はそう思った。
マスター御夫妻がお気に召す形でゴミクズを
人間の思考・言動をよく知る悪魔達は考える。
考えて考えて……
やがて結論に至った。『アレ』をやるぞっ!!……と。
そして舞台は整った。
劇場は傭兵ギルド、ステージは訓練場の予定だ。
美少女達にヨイショされた獲物が、武具も着けずにギルドへ向かい、頭を掻きながら『加入したいんだが?』と、受付嬢に加入申請手続きを申し込む。
目の前に在る加入申請書はガン無視だ。
丁寧に書かれた案内文も読む気配が無い。
受付嬢のコメカミがピクりと蠢く。
私に申請書を書かせる気か? 舐めやがって人間風情がっ!!
それを見守る傭兵悪魔達も『野郎……』と怒りを隠せない。
軽く右手を上げ皆の怒りを制すヒガデ。
彼の眉間にも深いシワが刻まれている。
ヒガデは軽く深呼吸し、ペドを見据えた。
“見せてもらおうか、末裔の実力とやらを……っ!!”
今日、セパルトゥラ傭兵ギルドに伝説が生まれる。
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