第129話「理由は分からない、でもサイコ」




 

 第百二十九話『理由は分からない、でもサイコ』





 王国軍が急な撤退を決めたのは『ドラゴンの咆哮』がキッカケだが、その咆哮を上げたのは深部の最奥に潜むダンジョンマスター、魔竜だ。


 魔竜は大森林の異変を察知し、眷属やコアを使ったのかは分からんが、とにかく大森林の様子を窺っていたと思われる。


 そして、王国軍が浅部を抜いて中部での戦闘を開始し、戦闘力が最も高い本陣が動いたところで、魔竜はダンジョンの入り口から南に向かって咆哮を上げた。


 魔竜、即ち地竜の存在は、メハデヒ王国人にとって半ば伝説と化した厄災。王国の歴史では、勇者が深部に在る洞窟で地竜と相打ちになったと記されているが、地竜の死を信じた者は勇者の愛人達だけだった。


 勇者は戻らず地竜の死体も発見出来ない、大森林の魔族達が覇権争いを見せる様子も無い。となれば、『大森林の覇者は変わっていない』と考えるのが自然だ。


 今から五十一年前、勇者が地竜に討たれて百五十年経ったその年、王国北部の都市まで届いた『伝説の厄災』が上げた咆哮は、隣国との領土争いを繰り広げるメハデヒ王国にとって大魔王の産声に等しく、国全体を恐慌に至らしめ人々を畏縮させるには十分過ぎる威力を持っていた。


 時のメハデヒ国王は教国とスーレイヤ王国に領土を割譲し、速やかに講和を結んで大森林と地竜の対策に乗り出す。


 教国とスーレイヤ王国は僅かな賠償金と狭い領土を受け取っただけで和睦に応じた。


 伝説の地竜を喰い止める『肉壁王国』の足を引っ張る事は両国とも避けたかったようだ。


 メハデヒ王国が両国と講和を結ぶと、国境で睨みを利かせていた二人の勇者は王都へ帰還。


 地竜との戦いがあった際の決戦兵器として、国王は勇者二人を手元に置いておきたかったようだが、『俺達チートだから!!』という意味不明な言葉を残し、二人の勇者は国王の制止を振り切って地竜討伐へ向かった。


 そして、二人の勇者は二度と戻って来なかった、と、史書『メ国史・列勇伝』には記されている。


 消えた勇者の二人は、五十一年後の現在も行方不明のままである。が、ヴェーダによると、二人は大森林に入ってすぐ東へ進路を取り、各一名ずつ妖蜂族の美女を攫ってクララ山脈を越え、スーレイヤに亡命したとの事。


 俺達チートだから!!……実は魔族の娘に興味があるんだぜと言いたかったのだろうか、真相は闇の中だ。そんな事より、サイコパスに攫われた二名の妖蜂美女が不憫でならない。



 抑止力と決戦兵器を同時に失った王国は、新しい異世界人勇者の召喚と、地竜及び大森林対策問題の早期解決に追われた。


 急遽、異世界人召喚の儀が王宮で執り行われ、四人の王女と三千名の犯罪奴隷、そして二百名のエルフを召喚魔術の魔力タンクとして犠牲にし、新たに三人の勇者召喚を成功させる。


 勇者の強さや危険度を測る目安として、この世界の王族と皇族が注目する点は多い。


 注目と言えば聞こえはいいが、殆ど注意事項だ。ここで軽く触れてみる。



【体毛、瞳、肌の色。黒髪黒茶眼で黄色人種は要注意】

【年齢に対しての身長。低ければ低いほど危険度は増す】

【容姿の美醜。醜ければ醜いほど強い、家族のように笑顔で接すべし】


【挙動不審、独り言を呟く、召喚間際の自主的ステータスチェック。これらの仕草を見せた異世界人は必ず逃亡して国を乱す為、即殺が望ましい】


【傲岸不遜、傲慢無礼な男に苦言痛言の類は不可不要。既に自分だけの常識を構築済みである為、こちらの道理道徳は意味を持たず、建設的な会話も望めない。召喚に対しての謝罪後、大量の金貨を渡して自主的な出奔をさりげなく促すに限る】


【醜い男を気遣う女、または庇う女は感情的になり易く会話が成り立たないので、話し掛けてはならない。特に、論理的な話になると発狂するので注意が必要。女が庇う対象の男は必ず復讐者となって国を乱すので、速やかに男を保護して女に与え、両者が望む場所に家屋を提供すべし。この際、決して侍女を提供してはならない】



 等々、各国の皇族や王族は異世界人の取り扱いに注意を払っている。俺やチョーのような転生者に関する『取り扱い説明書』も存在するらしい。



 とにかく、新たにメハデヒ王国で召喚された異世界人は、モンゴロイド風の男女と、コーカソイド風の白人男性だった。


 さて、どの勇者が初見で最も恐怖を抱かれたか?

 答えはモンゴロイド風の黄色人男性。前述の注意事項に当て嵌めれば当然の結果だ。


 黒髪黒茶眼で身長が165cm以下の男勇者はサイコパス度が群を抜いて高い、この世界の皇族や王族の常識である。そして、今回召喚した黒髪勇者は十六歳で身長は160cm未満、ついでに挙動不審だった。国王は二時間ほど気を失ったという。


 気絶から復活した国王は迅速に動いた。


 先ず、黒髪勇者に美女を与えて歓待し、後宮にて童貞を奪い肉欲に溺れさせ事実上の監禁。王妃や王女達も必死で黒髪勇者の『精』を抜いた。


 しかし、王族には異世界勇者が持つ能力『アホ化』も『魅了』も効かない、王女の一人は勇者の精を抜いた翌日に短剣で心臓を突き自害、その翌日に二人が服毒自殺している。よっぽど嫌だったのだろう。


 非美人である黒髪女勇者にも美少年と美青年を与えて『北の塔』と呼ばれる王宮の一角に幽閉。以降、この女勇者は毎年のように子を生んでいる。


 この女勇者を満足させる為、王都在住で十三歳になった美少年は、十六歳に達するまで王宮への奉公が義務付けられた。だが、十六歳になっても奉公が終わらない者が多々存在する。


 国王以下王国の重臣達は、白人男性勇者にも慇懃な態度で接し、美女や財宝を与えて懐柔に成功。能力的にはパッとしない勇者だったようだが、女性死刑囚の処刑を任せると機嫌が良くなるので扱い易かった模様。


 三勇者は誰一人『元の世界へ帰せ』とは言わず、国に留まる事に同意。国王は白人勇者のみ訓練を積ませる事にし、白人勇者もそれを承諾した。


 黒髪二人のレベルは低いままだが、抑止力の確保に成功したメハデヒ王国は、大森林の対策に全力を注ぐ。


 対策会議は主戦派と穏健派に分かれて紛糾したが、地竜を討伐する手段を持たない王国は、地竜の逆鱗に触れないように、浅部魔族の大繁殖を防ぐ手段として『間引き』するに留め、中部と深部への侵入をこれまで以上に厳しく制限した。


 それと共に、浅部魔族――特に妖蟻・妖蜂、並びに大森林中部に住む妖蜘蛛族アルケニーといった蟲系魔族の数を大幅に減らして『家畜数の調整』をする事も決まる。


 しかし、先の戦いで多くの将兵を失った王国は、国力の温存と回復に努める必要があった。


 そこで、繁殖し易いゴブリンやコボルト等の『間引き』を冒険者ギルドに任せ、王国は長期の準備期間を設け、準備が出来次第『家畜数調整』の兵を起こす戦略を立てた。


 王国の準備期間が終わったのは今から四十一年前。


 四十一年前と言えば―― 子を宿す機会も無く蟲腹が肥大化すらしていない即位直後の若き女帝カガと、その女帝を愛した為に『種付けの旅』へ出ず、大森林に残った妖蜂の第一王子ムネシゲの二人が、手を繋いで天に昇った年である。



 五十二年前から五十一年前に掛けての王国と大森林、それらに関連する王国の出来事は以上。


 そして、この歴史から何かに気付いたヴェーダ達は推測を始めた。


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