第130話「いや、もう手遅れなんで」
第百三十話『いや、もう手遅れなんで』
ヴェーダとカスガ、そしてアカギの三人は、スタンピードが収まった翌年、今から五十年前に始まった深部魔性生物数の不変という不可解な状況を、王国の大森林侵攻が原因ではないのかと疑う。
王国軍による侵攻の被害を僅かに受けた中部の魔族と魔性生物の数は、例年通りの増減。侵攻によってほんの少し魔族の数が減った為、一年間の平和で少し増えた中部魔族の数が元に戻った形となった。
大繁殖で増やした同族を王国軍によって大きく削られた浅部魔族だったが、削られたと言っても普段の浅部魔族数より少し下回った程度に過ぎず、魔性生物は王国軍に狩られなかった為、浅部の魔族と魔性生物の数は中部と同様に例年と変わらない増減だった。
魔性生物も一年間の平和で数を増やしていたが、同じく数を増やしていた魔族に狩られているので、魔族の数に合わせて魔性生物の数も調整されている。
絶滅に至るまで狩る事などしない。魔族数に対する魔性生物数の比率に奇妙な点は無い。
しかし、深部だけはオカシイ。
魔族の数は増えているのに、魔性生物は減っていない。
魔竜が関係しているのは間違い無いはずだ。
関係しているのは魔性生物の事だけだろうか?
違う、魔竜は王国軍の大森林侵攻にも大きく関わっている。
そこで、ヴェーダ達は魔竜が放った『咆哮』の意味を考える。
何故、中部まで侵入されて初めて吠えたのか?
何故、浅部を侵された時点で吠えなかったのか?
何故、眷属を派遣せず咆哮で済ませたのか?
眷属の派遣……
名君カスガの頭脳に電撃が走る。
妖蜂の女王は目を閉じ、『姉上様』と念じた。
ヴェーダは彼女の意を汲み、現在確認済みである魔竜の眷属をカスガとアカギの脳裏に映し、そのステータスを表示する。
そして、カスガはゆっくり目蓋を開き、呟いた。
「
稀代の名君はそう言って口角を上げた。
果たして何が居なかったのか?
カスガがその存在を確認したかったのは、魔竜眷属の『強者』、俺達が仕留めた妖狐達のような強者だ。
しかし、中部と深部の魔族に手紙を渡しに来た魔竜眷属八名の中に、妖狐や妖狸のような強者は居なかった。カスガの呟きはこの事実を指している。
無論、その八名が妖狐達より劣るのは以前から知っていた事だが、その強さを妖狐達と比較した場合の能力差や、妖狐達に近い強さを持っている可能性がある者の在否再確認は、カスガの推測を補強する為には必要な情報だった。
結果、八名の魔竜眷属は、カスガが想定した『妖狐達に近い能力を持った者』の条件を満たさない能力値であった為、妖狐達との能力差も踏まえた上で『強者ではない』とカスガは断定した。
八名は妖狐達と同じ『使い走り』である事は変わらない。すると、何故、妖狐達だけ能力が高かったのかという疑問も生まれる。
当然それは偶然による可能性も有る。個体差や班分け等の理由で『使い走り組』の組ごとに能力差が生じた結果かも知れない。
だが、カスガはこの再確認をした時点で確信に至る。
二百五十年前に地竜が大森林の覇者となって以来、幾度となく王国軍と戦い、最後の激戦となった勇者との戦いから百五十年ぶりとなる王国軍の大森林侵攻。
その侵攻を中止させた魔竜の咆哮。そして、侵攻の翌年からとなる深部魔性生物数の不変。
四十一年前に起きた妖蟻の女帝と妖蜂の王子が戦死した王国軍との戦い。
三十年前の高ランク冒険者中部到達事件。ハーピー達への奉仕要求。
南浅部に誕生した大猿の蠢動。ハーピー達に対する冒険者献上という追加要求。
チョーの死霊召喚。南浅部の大猿による浅部統一。
魔竜眷属の死とその後に魔竜が執った行動……
カスガの中で様々な情報が綺麗に繋がっていった。
彼女が導き出した答えは――
「魔竜は『力』を持っていない」
――と言う驚くべきものだった。
アホな俺には到底理解出来ない、納得出来ない答えだが、カスガが示した状況証拠と現在の状況を詳しく説明された上で考慮すれば、「なるほど」と納得せざるを得ない。
カスガが組み上げた推理を、俺なりに分かり易く纏めてみる。
『ナオキさんが纏めると、逆に――』
お黙りなさい。
ボスは纏めるのが仕事だ。
決して俺は『役立たず』ではない。
俺は決して『役立たず』ではない。
『大事な事なのですね』
そうです。
二回でも三回でも言いますよ?
覚えておくように。
カスガの出した『魔竜は力を持っていない』という推測を解説するには、彼女の知る情報を先に説明しなければならない。
カスガはガンダーラが現在置かれている状況から考えて、五十一年前にドラゴンが放った咆哮の理由を導き出した。
幾つかの出来事と年代は前後するが、彼女が現在から過去に遡って当て嵌めていった『ジグソーパズルのピース』を、一つずつ順を追って説明する。
『……やはり私が纏めた方が――』
お黙りなさいっっ!!
お前はアレだな、旦那を駄目にするタイプの女房だなっ!!
『ンッ……それは、駄目な女房ですね、駄目な奥さんです。黙りますね、好いお嫁さんなので』
『『……チョロし』』
『『汝を如何せん』』
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