第111話「何故食べるのか? 落ちているからだ」




 第百十一話『何故食べるのか? 落ちているからだ』






「お早う御座いますダーリン、あら、朝から『石ころクッキー』? 朝食はそれだけですか?」



 駐屯地の第一砦内最上階に在る自室の窓辺に立ち、小石をポリポリ食べつつ稲妻に照らされる雨雲を眺めていると、少し寝癖の付いたツバキがベッドの上から声を掛けてきた。



「朝食と言うか、暫らくは石や岩しか喰わん」

「それは……オーケィ、皆にも伝えておきましょう」


「フフッ、ありがとう」

『大尉は良妻です』

「だな」



 多くを聞かない、語らずとも良い。まるで長年連れ添った夫婦のようだが、こう言った関係は気が楽で落ち着く。


 ツバキの方も感情に乱れは無い、群れのボスである俺の行動に何か意味が有ると察してくれているようだ。


 称号【岩仙】=物理攻撃力30%上昇・鉱物可食。


 この称号と『鉱物可食』の効果を話すだけの事なのだが、今優先すべきはその話を聞く事ではなく、別の事だとツバキは判断したのかも知れない。


 彼女は室内に増設された洗面所で顔を洗い、口を漱いで寝癖を整えると、いつものように背筋を伸ばして上品に歩み寄って来た。


 俺の右隣へ並んだ彼女は、雨の大森林を見つめて「みませんね」と呟き、俺の顔を見上げて目を閉じる。


 妖蜂族の素敵な風習『朝一の接吻抱擁』だ。

 なるほど、これは何を置いても優先すべきだな。


 ツバキのプックリとした薄紅色の唇と、舌先から溢れる妖蜂蜜をタップリ頂き、彼女の腰に右手を回してソファーへ誘導。


 FPで購入した紅茶を二人で静かに飲みながら、メチャが迎えに来るまでの短い時間を穏やかに過ごした。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 防水処理が施された蜂糸布を張った大きな傘を差し、メチャとラヴを伴ってマハーカダンバの下へ行き、朝の礼拝を済ませて大雨に打たれる拠点改め『首都カンダハル』を巡廻。


 俺や古参の眷属が会議や小規模な話し合いで『ガンダーラ』の名を出す時、新眷属達は『国』と『最初の拠点』のどちらを指しているのか戸惑い、推測や話の前後から判断するといった苦労をしていたので、以前から考えていた『カンダハル』を最初の拠点周辺の名称とした。



 首都、拠点をそう呼んでも良いと思える状態となった為、少し寂しくはあったが俺も古参眷属達も拠点の改名を喜んだ。聖地や聖都なんて呼ばれている。


 自分達が汗水垂らして築いた小さな集落が、四ヵ月足らずで大森林一の勢力が本拠地と定める場所となり、国となった後はその首都に納まった。


 ミギカラ達はそれを素直に喜び、誇りに思っている。

 たとえ出発点の名称が変わったとしても、その名は国名として残り、魔族の歴史に刻まれるのだと。


 とは言うものの、妖蟻族が増改築と拡張を繰り返したお陰で、今やあの頃の面影は微塵も無い。


 唯一変わっていないのは神像のみ、御神木マハーカダンバでさえ成長し過ぎて『誰だお前?』状態である。


 パルテノン集会所の隣に出来た六階建ての食堂、向かいには九階建ての地下帝国直結型病院、かつての診療所は跡形も無い。俺が作った鉄の鍋、どこかな?


 建物の窓に嵌る『妖蜂ガラス』、俺が命名したそれは、ほんの僅かに黄色を帯びた透明な物質であるが、これは妖蜂族から供与された物だ。


 妖蟻族も同じ物を作れるらしいが、カスガの面子も考慮して妖蜂族の提供を受けた。妖蟻族任せになりがちだった開発工事に、申し訳なく思っていたカスガも頭を抱えていたようだ。その気持ちは十分に解ります。


 このガラスは、妖蜂族の毒針から出される『妖蜂毒』と舌先から出る妖蜂蜜を混ぜて煮固めた物で、耐風圧・耐衝撃・耐衝撃破壊などの特性を備えている。


 厚みは6mmほどだが、頑丈で延性に富み、割れる事は稀。悪ガキが石ころを投げつけても安心だ。


 こんなのが日本の一般家庭で使われていたら、昭和の空き地がわんぱく少年達による本気の野球場と化す、間違いない。窓ガラスを心配する必要が無いからな。それ以外は損傷すると言う事まで考えないのが、昭和キッズの特徴だっ!!



『……カラーボール』



 昭和キッズを無礼ナメるなよっ!!

 常に実戦を考えて軟式野球のボールを手にしているのだっ!!


 少し頭がアレな昭和キッズに至っては硬式ボールだ。

 さすがに狂気を覚えるなアレは。




 まぁ、非常にどうでもいい話ですね。

 いささか熱くなってしまった。ガラスの話に戻りましょう。


 妖蟻族が作る『妖蟻ガラス』は、ほんのり水色を帯びている。


 しかし、どちらのガラスも俺と魔族以外には無色透明に見えるとヴェーダが教えてくれた。蟲系魔族にも他の魔族とは違った色で見えているようだ。


 先日、イセから手鏡サイズの『妖蟻ガラスの見本』を貰った際、それを俺の隣で見ていたトモエが、受け取った妖蟻ガラスを見て何かを読むように目を動かし、『女狐が』と言ってイセを睨んだ事があった。


 俺には見えない何かのメッセージを、イセがガラスに仕込んだようだが、何を書いたかは聞いても教えてくれなかった。


 そして翌日、トモエからも妖蜂ガラスの見本を貰った。可愛い熟女である。


 そんな事を回想しながらテクテク歩く。

 本当に立派な街になったなぁ。つい先日まで竪穴式住居だったのに。



 妖蜂ガラスがはまった病院の窓からこちらを見る母子、あれは……


 ハードの娘と孫か。あの娘の母親はハードがマナ=ルナメル氏族から奪ったシタカラの娘である。


 戦死したシタカラがかつて育てた娘、数年前にその娘を奪った強者ハード、二人の間に出来た娘、強者ハードに護られて育った娘が産んだ赤ん坊……


 大森林の掟が生んだ結果か。因果なものだな。


 弱小氏族マナ=ルナメルの血脈は、こうやって南浅部のゴブリン氏族に分散している。


 今ではキングを生んだマナ=ルナメル氏族が大森林に住むゴブリン氏族の頂点に立ったわけだが、かつて女衆を奪われまくった結果、南浅部に住むゴブリン氏族のほぼ全てにキング・ミギカラの血が入る事になった。


 本当にマジで因果なもんだ。つくづく思う。


 今後『ルナメル姓』を名乗れるのはミギカラの直系だけだが、妻ウエカラの一族やミギカラが娶った女性の一族といった外戚は勿論の事、ミギカラの親族は『マナ氏』を名乗って権勢を誇るだろう。



『ナオキさんが以前ミギカラ達の子に授けた氏姓は、ゴブリン達の中でマナ=ルナメルとは別の意味で権威の象徴となっています。そちらも権勢を振るうかと』



 そうだったのか、知らなかった。



『特に、『姓』を朝廷の臣で功績のあった者のみに与えると決まった秋期戦略会議以降、それが顕著になりました。今後、『氏』の下賜も控えて下さい』



 アカギとカスガが『姓』を議題に挙げたのは、俺が原因だったのか。


 なるほど、村長が氏姓を村人に考えてやる、という話ではなくなってしまったわけだ。大帝国の皇帝が氏姓下賜の乱発をすれば、混乱を招きかねんな。


 心得た、控えるとしよう。

 元々、名前を考えるのは苦手だった。何の問題も無い。



 病院の窓からこちらを見る母子に手を振り、その場を去った。



 あ、石ころ落ちてる。

 食べなきゃっ!!(使命感)



『宜しい』




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