大人の童話シリーズ

欠け月

第1話 動物の森


 そこは、深い森の中でした。


  母親とはぐれたオオカミの子供は、お腹をすかせ、闇の中を心細く歩いていました。小さな物音に驚いて、目を凝らすと少し先には年老いた狐がいました。


 老狐も、オオカミの子供に気づき暗闇の中で目を光らせています。

老狐は、子供といえども相手はオオカミ。戦っても勝ち目はない。逃げるにしても、足がすっかり弱っている自分では、直ぐに追いつかれてしまうだろう。

そう観念すると、小さく溜息をつき、生きる道はただ一つしかないと思いを定め、

オオカミの子供に諦めたように言いました。


 「久しぶりだな、ぼうず」  

 

 オオカミの子供は母親のオオカミに教わったように、油断なく狐との距離を詰めつつ、

「お前みたいな老いぼれなんか、知るもんか!それに、嗅いだこともない臭いだ」

「そりゃそうだろうとも。お前が、生まれて直ぐに、旅に出たからな。」

「おいらが生まれた時を知っているのかい?」

「当たり前さ。この森で起こった全てを、知っておる。ワシの知らないことなど何一つない。」

フフンと鼻を鳴らしながら、得意気に老狐は言いました。

しめしめ、オオカミは単純よのお。所詮は子供。わしの作り話に乗ってきおったわい。恐れるまでもない。こうやって話をゆっくりと伸ばしていけば、やがて眠くなって寝てしまうだろう。その隙に逃げるとしよう。


 オオカミの子供は、老狐から少し離れて 

「何を聞いても答えてくれるのかい?」

「勿論だとも。」

「それじゃ、お爺さんの後ろにいる、大きな口を開けて、涎を垂らしている、黒い山のような塊は何?」


 凄まじい勢いで逃げるオオカミの、遠ざかる声を聞きながら、老狐は、人生最後の質問に答えてやることが出来ませんでした。


 さようなら


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