ずるいまぼろし
舞季
第1話
ママが泣いている。
「ママ・・・」
どうして泣いてるの?
私が居るよ。
ねえママ・・・・
「こっちに来ないで!」
懇願するような声に私は体をビクつかせて立ち止まった。
ママは辛そうな、そして恨めしそうに涙でぐしゃぐしゃになった顔で私を見つめている。
「ママ・・・」
「ごめんね、もうママ美海(みみ)の傍に居らられないの。このまま一緒に居たら私、美海の事・・・」
ママは掠れた声で呟くように言った。
「美海の事殺してしまいそう」
そのままママは部屋を出ていき、その後入れ替わるようにスーツを来た女の人が私を迎えに来た。
私はママに捨てられたんだ、と直感に感じた。
そこから十年が過ぎた。
「美海ちゃん今日はありがとう〜!すごく楽しかったよ。」
「美海もすごく楽しかったよ!」
「本当に美海ちゃんは可愛い子だなあ。また呼んだら来てくれる?」
「もちろんだよ!」
「嬉しいなあ〜!またね!」
そう言って男は嬉しそうに手を降って改札に消えていった。
笑みを浮かべながらそれを見送ると、スマフォを出し、LINEを開いた。
“会社員田所英一郎 40歳 値段そのままでそれ以上の好意迫る行動多々あり NG”
LINEを送信して数秒で了解と返信が返された。
そういうことしたいんなら、もっとお金出してもらわないとね。
そう思いながらスマフォをカバンに入れた。
早くに結婚して仕事に明け暮れて楽しみが無いおじさん。
自分の悪いところが分からず、女の子に相手にされない可哀想な男性。
そんな男の人たちにお金の代わりに癒しを与えるのが私の仕事。
まあ、言わゆるパパ活という分類になる。
私はお金を出してもらう代わりに、そんな男たちの欲望のはけ口になっている。
普通の人ならきっとそんなの自分の体を大事にしていないとか、汚い金を貰って嬉しいのかとか白い目で見られるだろう。
私はそんな人にしか求められない存在なんだから。
カバンの中のスマフォが震える。
通知を見るとそこにはと名前が映し出されていた。
“蓮さん”
心がドクンと震えた、そんな気がした。
その心に気付かないように電話に出た。
「はい。」
「こんばんは。今大丈夫?」
低い声が鼓膜に響く。
「大丈夫ですよ。」
「いつもの六本木通りのあの交差点で。」
「分かりました。近くなので10分程で行けると思います。」
「楽しみにしてる。じゃあ、また後で。」
そう言うと電話が切れた。
「今日も朝まで、か。」
毎週金曜日の夜、六本木通りの交差点待ち合わせ。
いつもの黒い大きな車が私の前に止まる。
「お待たせ。」
車のフロントガラスが開き、いつもの声が響く。
「ご指名ありがとうございます。美海です。」
「相変わらずの営業スマイルありがとう。でも、言ったでしょ。」
ため息のような息をついたかと思えば、躊躇いもなく私の手に大きな手が重なる。
「俺の前ではその笑顔いらないって。」
「・・・・そう、ですか。」
ふっと笑顔を消し、表情を無くすと蓮さんは満足したように車を発進させた。
「・・・嫌じゃないんですか。」
「嫌って?」
「いつも笑顔で可愛い子と一緒の方が楽しいでしょ。それに対して私は、作り笑顔しか出せない。」
「・・・・」
私の問いかけに何も言わず蓮さんは聞いているだけ。
パパ活の女の分際で何を言っているんだろう。
他の男には笑みを浮かべるだけでみんな嬉しそうにしてくれるのに。
蓮さんにはバレてしまう。
何もかも。
「どんな美海も素敵だよ。」
「え・・・」
「だから、作り笑いしてまで俺の前に居なくて良い。俺はそのままの美海と一緒に居たくてこうして予約している訳だしね。」
「連さん・・・・」
「まあ、そんな大層な事言える立場じゃないけどね。こうして美海の時間を買っている訳だし。」
「・・・・・」
こうして毎回予防線を引かれてしまう。
そう、私と蓮さんは所詮パパ活の契約者と派遣された女の存在。
それを忘れてはいけない。
この人の本心でないと思わなくてはいけない。
「蓮さんがそう言ってくれるだけで美海は嬉しい。大好きだよ。」
そう言って私は心から蓮さんに微笑みかけた。
「俺も美海が大好きだよ。今日もいい時間を過ごそうね。」
そう、私は本心で人を好きになってはいけないんだ。
そう言い聞かせて私は蓮さんの指に指を絡めた。
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