聖女の夜に。
第40話 ロマンス小説。
「婚約を解消してくれないか? マリアンネ」
「なぜ? なぜですかルドルフさま!」
いきなりのそんな言葉に驚いた彼女、しかし気を取りなおす様にそんな言葉を放った相手の顔をキッと覗く。
そんな彼女の勢いに押されたのか、はあ、とため息をついたルドルフ。
こちらに向き直るとこう宣言する。
「それだよそれ。君のその気の強さにもう僕はうんざりなんだ。このまま卒業してしまえばもう婚姻まで一直線だ。取り返しはつかないぞと周りにも諭された。悪いがこれで婚約は破棄させてもらう」
いつの間にか婚約解消という言葉が婚約破棄に変わって。
言葉も強く、語気を荒げるルドルフに。
「でもルドルフさま! わたくし達の婚約にはお互いの家同士の繋がりのためという建前もあったでしょう? それはどうされるのです?」
とますます強気になるマリアンネ・フランドール公爵令嬢。
そう。
自分たちが良くってもそう簡単にはいかないのがこの貴族社会。
特に家同士で結ぶ関係をそうそう当事者の勝手な都合でどうこうできるわけもなく。
フランドール公爵家は王家にも連なる名家でマリアンネの父であるハラルド・フランドール公爵は国家の重鎮、宰相であった。
ルドルフのバッケンバウアー侯爵家は代々騎士団総長を務める家柄。
ルドルフ自身も将来はお父上ガイウス卿のあとを継ぎ、国家を守護する騎士団を統べる騎士団総長になるべく育てられてきた。
それがそう簡単に婚約破棄だなんて。
(何かの間違い、ですわよね?)
そう呟く彼女。
しかし。
「ああ、それなんだが……」
マリアンネから目を逸らし、背後を気にするルドルフ様。
(え? なに?)
バタン!
勢いよく背後の扉が開いたかと思ったら、そこから現れたのはマリアンネの妹のリリアンヌだった。
「お姉さま! ごめんなさいお姉さまわたくし……」
####################
きゃー。
え、え、これって〜。
あたしは思わず本をパタンと閉じて。
はうあうだめだ。
こういうの……。
すこし読んではドキドキし、もうちょっと読んではハラハラする。
転生前も恋愛経験のほぼ無かったあたし、すこしでもそういうこと? に、免疫をつけなきゃと思って買ってきた今流行りと言われているロマンス小説。
面白いんだけど読んでるとほんと恥ずかしくって。
もう夜も更けてすっかり遅くなっている。
そろそろ寝なきゃかなぁ。
「妹に婚約者を譲ったわたくし、実は聖女だったので勇者さまとともに世界を救ってみます!」
ってタイトルのこのおはなし。
っていうか今の流行りが貴族社会の婚約破棄らしくって、そんなシチュエーションから始まるお話がいっぱい溢れてる。
まあ勇者、とか、聖女、とかも多い。
このマギアクエストの世界にこんなお話がいっぱいあって、そんでもって一般庶民が読んでるなんて。
なんだか感慨深いけど。
聖女、といえば。
こんなふうに勇者と対になる感じで出てくることが多い。
勇者、魔王、そしてその勇者を助ける聖女。
やっぱり勇者には聖女なのかなぁ?
あたしみたいなのはお門違いかなぁとかそんなことも考える。けど。
ううん、だって。
あたしがノワの背中を護りたいって。
肩を並べて戦いたいって。
そう願っちゃったんだもの。
聖女とかそんな立場じゃなく、ね。
だから。
ランタンの火を消してお布団に潜ったあたし。
枕元には子猫姿のノワが丸くなっている。
あたしはそんなノワに頬擦りをして目を閉じたのだった。
⭐︎⭐︎⭐︎
そういえば。
マギアクエストのゲームはプロパティで言語選択ができた。
わりといろんな国で遊ばれてたし母語を選択することで表示もちゃんと変わるようになっていたっけ。
この世界にきてから最初の数日はそんなことあんまり意識して無かったんだけど、よくよくこの本なんかに使われている文字を見るとどうも地球上のどこの文字ともどうやら違う。
気がついた時はほんと驚いた。
なぜか、自然と頭の中に意味が浮かんでくるからちゃんと読めていたけどじーっと見つめているとゲシュタルト崩壊を起こしそうになる。
ほんと不思議だ。
ああもちろん文字だけじゃなくて言葉そのものも違うんだろう。
もう頭のなかが混乱して記憶が混ざりかけているからその辺がよくわからなくなってるけど。
ただ、この世界で最初に目覚めた段階で、あたしの頭の中はどうやらこの世界用に最適化されていたらしい。
だからこういった本も普通に読める。
どちらかといったらアルファベットのように横書きで、(日本語のように縦書きの文字ではなくて)本も左とじにしてある。
文庫サイズのような小さな本はあまり見なかったかな。
やっぱり印刷技術の問題とか色々あるんだろうか?
まぁどちらにしても。
こうやって本が読めるのは嬉しいな。
物語に浸っている時って、ほんと幸せだし。
幸いにしてこの世界のマキナの身体は丈夫だからか目は良いし、メガネのお世話にはならずに済んでるけどそれでもやっぱりあたしにはこうして小説を読んでる時間が必要なのだ。
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