第16話 黒猫の子猫。
「ランプ!」
大広間のちょうど天井付近にランプの魔法を打ち上げる。
煌々と輝く光がその最奥の間の全体を隙間なく照らした。
漆黒の魔窟はそれでなくとも深淵と言っていいほどの暗闇をほこる。
マナや気配、そして少しの光でさえ感知して状況を視てきたあたしだったけど、念には念を入れなくちゃ、だ。
ここにいるのが本当にノワなのか、この目で見て確かめたかった。
それに、敵の魔獣が気配を消しこっそり隠れている可能性にだって警戒は必要だ。
聖なるランプのその灯りで全てを照らせば、そういった危険も察知しやすくなるのだった。
敷そこだけ真紅な魔法陣に彩られた絨毯が、まあるく敷き詰められ。
そのちょうど真ん中に真っ黒なボロボロの毛玉がうずくまっていた。
あたしは躊躇なくその毛玉を抱き抱える。
ああ、ああ、ああ。
かわいそうに、ノワール。
瀕死のそのボロボロは、黒い毛玉にしか見えない子猫だった。
敷き詰められた絨毯に描かれた魔法陣を鑑定魔法で調べると、どうやらそれは魔を増幅し魔獣を生み出すための
マギアクエストの世界では魔獣は自然と湧いて出てくるから、そういう可能性を考えても見なかったけど。
どうやらここがこのダンジョンの要。
魔獣を生み出している元であったらしい。
なるほどそういうことかと納得して。
でもそうしたら?
この魔法陣が作用することで瀕死のノワールの肉体は魔獣へと変換された?
そうか。
そうなのかもしれないな。
瀕死の肉体が魔獣のマナのガワによって置換され。
それによってノワールの
理解できた。
人は、生命は、死と共にその魂を大霊に還す。
そうしてまた混ざり合い、新しい魂として産まれ変わる。
魂の円環。
ああ、何かの宗教の知識で知ったんだろうけど、そんなセリフが頭の中に響く。
転生するってことはそうした魂の円環からは外れた行為ではあるけれど、
こうした魔獣への転生もまた、同じなんだろう。そう心の奥底で感じていた。
ああ。
ノワール。
かわいそうなノワール。
あたしはこの子を悪意の塊である黒獣にはしたくはない。
だから。
躊躇はしなかった。
あたしは自分の中のありったけのマナを彼に注ぎ。
彼の
魔獣となることで真っ赤に染まる
せめてその心だけでも浄化して救いたい、と、
あたしは命のキュアに、祈ったのだ。
####################
キュルルンとした黒曜石のようなまんまる目がこちらを覗き込むようにしてみている。
可愛らしいふさふさの耳をピンとたて、抱き上げているあたしの胸元に可愛らしいおててを揃えて。
はぁぁ。
かわいい!
キュアによって怪我も全て回復して、気がついたその子は一言ニャァと可愛らしく鳴いてから、そのままあたしの顔を不思議そうに見つめているのだった。
真っ黒なふさふさのその子猫。
っていうか、あたしってもしかして早まった?
でもでも。
もし普通の子猫、ううん、猫のモンスターだったとしても、こんなところで倒れてたら同じことをしたかもしれないし。
って。
今のあたしはこの子猫がノワールだと断言できないでいる。
意識を取り戻したこの子、本当に可愛らしくこちらを覗き込むようにみてるけど、警戒心とかそういうのは全く感じない。
本当の子猫のようにも見えるのだ。
確かに。
あたしがこの子をノワールに違いない! だなんて思ったのももしかしたらただの思い込みかもしれない。
もしかしたらここにはまだイベントボスは誕生していなくって。
たまたま生まれた魔獣同士が戦った上でこの子が巻き込まれボロ雑巾のように残されていただけ、って、そういう可能性だってないとは言えないのだ。
もしかしたらこの子はたまたま生まれた猫の魔獣の子供?
だったかもしれないのだから。
「ニャァ」
と、もう一回その子が鳴いた。
こちらをみて、天使のような可愛らしい顔で。
思わず頭を撫でてあげると、思いっきりとろけるように目を閉じるその子。
「ノワ?」
そう呼びかけてみる。
もうほんとのところどうなのかわからないけど、もしノワだったらそれなりに反応してくれるかもしれない。そう思って。
だけど。
「ゴロゴロゴロゴロ」
あたしの手に自分から頭を擦り付け気持ちよさそうにゴロゴロいってるその子猫。
ああもうほんと天使。
この子がもし魔獣の子だったとしても、もうすっかりとキュアに浄化されて毒気は抜けているのかもしれない。
元魔獣とは思えないくらいな可愛さだ。
うん。
どちらにしても、だ。
ここを破壊して、この子は連れて帰る。
そう決めた。
この魔窟の底の魔法陣を壊し、そうしてこの最奥の間の扉を塞ぐ。
そうすればもうここにはこれ以上魔獣が湧くこともないだろう。
あの蛇蝎のなんとかのようにこのダンジョンに潜り込んでいる冒険者がいないとも限らないから、入り口はしばらく開けておいてもいいかな。
「ホーリーアロー!!」
あたしは子猫を抱いたまま扉のところまで飛びすさり、光の槍を顕現させた。
聖なる氣を纏った光の槍。
それをこの魔獣を産む魔法陣のど真ん中に叩き込む。
燃えるように。
真っ赤な炎をあげ、魔法陣が崩壊していくのを確認して、大扉を閉めるあたし。
そのまま結界魔法で扉を封印すると、来た道を戻っていった。
ああ、途中でカイを拾っていかないとね。
胸元に子猫を抱き抱えながら、あたしは走った。
⭐︎⭐︎⭐︎
街に戻るとまずカイをギルドまで連れていった。
倒れていたのを見つけたんですというと不思議そうな顔をされたけど、とりあえず魔法を使えないことになってるあたしが治癒魔法を使ったとか言えない。
持ってたポーションをとりあえず飲ませておきましたとだけ言って、あとはミミリィさんに丸投げしておいた。
詳しい事情も話すわけにもいかないし、見つけたのは真っ暗闇の洞窟でしたくらいしか話せてないけど、まあいいよね?
ただ、背中に魔物を集める香がかけてあったみたい、とだけは伝えておいた。
ちゃんと調べてもらえればわかるだろう。少し残り香もあるし。
あの蛇蝎とは縁が切れるといいんだけど。
そう願って。
あとは詰んだ薬草を少し常時依頼分として提出して、あたしは宿に帰ることにした、んだけど。
どうしよう、この子。
お客さん商売の宿屋に子猫なんか連れってって拒否されたらどうしよう。
それがちょっとだけ心配だった。
まあもし宿泊拒否されるようならしょうがない。
どこかの空き家にでも潜り込んで今夜は寝るかな。
ほんと、野良猫のように。
一応アイテムボックスには野営用の設備も入ってるけど、そこまで大掛かりなものを街中で見せるわけにもいかない。
この世界の毛布や布団、そういったものだけでも調達しなきゃ、かな。
そんなことも考えながら宿屋、山猫亭にたどり着いた。
「まぁまぁその子、どうしたんだい?」
「林で拾ったんです。まだ小さいのでそのままにしておけなくって」
「かわいいねー。お姉さんが飼うの?」
「うん。ティファ。できれば飼いたいって思ってるんだ」
「うちは、使い魔連れの冒険者とかも宿泊するからね。子猫連れでも構わないが」
「ああ、ありがとうございます!」
「ただ、そんなに小さいんじゃ世話も大変じゃないかね? 昼間とかどうするつもりだい?」
ああ、そっか。
冒険中、いつも連れ歩くのもおかしい、よね?
「そうですねー。明日考えます。今夜は一緒に泊まってもいいですか?」
「ああ。子猫用のミルクくらいなら出してあげるよ」
「ありがとうございます。助かります!」
「わたしにも後でさわらせてください! お願い。マキナお姉さん!」
「ふふ。いいわよティファ。うんと可愛がってあげてね」
子猫連れでの宿泊があっさり認められ、心配事が杞憂だったことにあたしは少し安心して。
子猫ノワを連れて部屋に戻った。
うん。もうこの子の名前はノワに決定。真っ黒な毛並みだしノワって名前はすごく似合ってるしね。
「よかったね。ノワ」
あたしはベッドに座るとノワを撫で回してそう声をかけた。
「ニャァ」
嬉しそうにそう答えるノワに。
あたしの顔は思いっきり綻んだのだった。
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