第13話 精霊ギア・キュア。

 第一階層第二階層は割と簡単に抜け、第三階層に達したところで他の冒険者の気配がした。


 うん。あんまり見つかりたくはないかなぁとか思いつつ、こっそり接近するあたし。

 スキル、「シノビ」を発動し、足音を消して気配を消して。


「このあたりでいいか」

「ああ。頃合いだな」


 そんな声が聞こえた。


 なんだか不穏な気配?


 前方に見える冒険者の男たちは五人、ん? 六人?

 ポーターなのかな? 一人だけ大きなリュックを背負った華奢な少年がいる。


「カイ、その荷物俺が持ってやろう」


「リュウさん、ありがとうございます。でもオイラこれくらいしかまだ役に立てないし」


「いや、お前は十分、俺たちの役に立ってくれている。しかしここから先は危険だ。お前は足も速い。ここから逃げ帰るといい」


「え? そんな」


「このダンジョンは甘くないぞ。お前を庇って戦うのは俺たちにとってもデメリットが大きい。さあ、行け。その前の左の道を行けば元の階層に戻れるだろう。さあ」


 そう言ってそのリーダーらしき男は少年の荷物を取り上げるとお尻をポンと叩く。


「すみません、オイラ」


「いいからいけ。左の道をまっすぐいくんだぞ!」


「はい、わかりました」


 少年はそのまま前方の道に向かって走り出す。


 え?


 だって、あっちって。


 あうあう。


 前方の広場ではどうやらゴブリンらしき魔物がたむろしているとあたしの感覚が伝えている。

 って、こいつらまさか。


「囮はうまくいきそうだな」

「ええ、兄貴。その間におれらは苦もなく先に進めそうですぜ」


「はは。上手かったろ? 俺の演技。すっかり騙されてくれて。ああカイよ。お前はやっぱり十分すぎるほど役に立ってくれたよ。背中にたっぷり魔物寄せの香をすりつぶしてふりかけておいたからな。周囲の魔物を集めて引き寄せてくれるだろうさ。精々遠くまで逃げてくれよ期待してるぜ」


「おまけに奴が死んでも怪我をしても、保険金はばっちり降りますしね」


「そういうことだ。じゃぁせっかくカイが作ってくれた隙だ。今のうちにいくぞ」


 男たちはそう言うと、カイが走って行ったのとは違う右の道に進んでいった。


 って、あいつらあの時の、蛇蝎なんとかだっけ?


 もう。


 ほんとやんなっちゃう。



 このダンジョンはこの下の階層に行くほど危険になるはず。

 Cランク程度で最下層まで踏破できるとは思えないけれど。

 あんな奴ら、どうなったって知らない。けど。


 ああ、あの少年だけは助けないと寝覚めが悪いよ。


 あたしはそのまま速度を上げ左の道を進んで。


 ゾワゾワと多くの魔物の気配がするそちらを目指し、急いだ。



 漆黒の魔窟はその名の通り光を反射し辛い特殊な壁で覆われたダンジョンになっている。

 当然そこを探索するものは一人一人ランタンのような光源を持っていないと足元も分かりにくい状態で。

 だからかな。

 中にいるものたちの方向感覚なんかもどうかなってしまうのが常ではあるのだけど。


 そういう意味であの新人の子が簡単にあっちが出口だなんて言葉に騙される原因にもなったのだろう。

 あたしが発動しているスキル「シノビ」は、身を隠すだけじゃなくて夜目もきく。

 まあ忍者はそういうもの? みたいな感覚なスキル。いわゆる隠密スキルだ。


 この階層を徘徊しているモンスターたちはまだ生き物の特徴を残しているのでわかりやすいけど、もっと下までいくと幽霊モンスターやゾンビモンスター、いわゆるアンデット系統が増えるはず。

 ああいうのは聖水っていう浄化アイテムや、聖魔法、浄化魔法である「ホーリーピュア」なんかを持ってないと面倒なのだ。

 まああたしならそんなことはしなくっても……。


 なんて思考を浮かべながら走っていると目の前にくっさいモンスターの集団の匂いが漂ってきた。

 ああ。こればっかりは現実の世界になったデメリットだよね。

 ゲームの世界の時には匂いなんてなかったから、こんな気持ちの悪い臭さは感じなくて済んでたのに。


 前方に例の子がいるだろうと思うと、こいつらをまとめて薙ぎ払うような大魔法は使えない。


 あたしはゴブリンたちの背後から風の刃ウインドカッターを浴びせ、少しずつ削っていく。


 ギャァ

 と倒れる仲間に驚いて振り向くゴブリンたち。


 なまじっか人のような形をしてるから、あたしはこのモンスターは嫌いなんだよ。

 そんな愚痴を吐きながら、右手に聖剣エクスカリバーを装備して横に薙ぐように払う。


 聖属性が付与されたこの剣は、その効果によりアンデットモンスターには絶大な効果を発揮するんだけど、ゴブリンみたいな矮小な魔物であればそんなことも関係なくサクッと倒すことができる。


 血飛沫が舞い倒れるゴブリンを飛び越えながら、先に進む。


 はう。


 ここが漆黒の世界でまだよかった。

 あんまりグロいのを見なくて済んで。


 他の動物系の魔物とは違いゴブリンは素材として何か役に立つのかどうかちょっとわからなかったけど、このまま置いておくのも帰りの足元が気持ち悪くてちょっと嫌。

 まあもし素材として使えなくてもあとで浄化して埋葬してやればアンデット化もしないだろう。

 そう思いながら倒したゴブリンも片っぱしからレイスに収納していった。



 そうして。



 あらかたゴブリンたちを片づけたその先に。



 あたしはボロボロになって倒れている少年を発見したのだった。



「大丈夫!?」


 思わずそう声をかけるけど返事はない。

 完全に沈黙している。

 ああ、間に合って。


 あたしはその子のそばに駆け寄ると、上半身を抱き上げる。

「う、ぐ」

 ああ息はまだある。

 よかった。


 その子、カイを膝の上に寝かせたままあたしは回復魔法を発動した。

「お願い。キュア」

 手をかざし、放たれる金色のマナ。


 生命を司る精霊ギア、キュア。

 普通のヒール魔法では追いつきそうにない重症に、あたしはキュアの力を借りることにした。

「キュア・ヒール!!」

 金色の粒子が溢れ、カイの身体に染み込むように入っていく。


「ごほっ」

 肺に溜まっていたであろう血溜まりを吐き出したカイ。

 ああでも呼吸が楽になったみたいに、すうすう息をしだした。

 うん。これなら大丈夫、かな。


 肉体の損傷はほぼ回復した。

 皮膚の裂傷も消え、ピンク色の新しい表皮が見える。


 今はまだ意識が戻っていないけど。

 なんとか。


 ⭐︎⭐︎⭐︎




 この世界。マギアクエストの世界において人は全ての力の源である神の氣マナをそのレイスに宿す。


 そのレイスに開いた穴。ゲートよりマナを放出し、仕事エネルギーに変える方法の事を魔法マギアといい、その魔法を行使するための力の事を魔力と呼んでいる。


 世界はギア、魔力の子、精霊であるギアで溢れ。そのギアがマナを変換して魔法マギアに変える。つまりは魔力の多さとは如何にギアと同調し使いこなす事ができるか、という、魔力特性値マギアスキルの過多にかかっているのだった。


 通常の人間は大体特性値が5とか6とかそれくらい。人族でちょっと魔法が使えるレベルの人で20〜30くらい。魔法に長けた獣人族やエルフで90、そして魔族や、人族の中でも聖女や聖人と呼ばれるものは100を超えるという。




 魔力の子、精霊ギア。


 このマギアクエストの世界に満遍なく存在する神の子。



 魔力特性値が高ければ高いほどこのギアとの親和性が上がり、より多くの複雑な魔法を行使できるようになる。





 火のアーク。

 水のバアル。

 風のアウラ。

 土のオプス。


 これら四大元素の子らと。


 時のエメラ。

 漆黒のブラド。

 金のキュア。

 光のディン。


 これらの四大天使の子ら。



 物質の化学変化に干渉するアーク。

 物質の温度変化に干渉するバアル。

 空間の位相、位置エネルギーに干渉するアウラ。

 そして、それらの物質そのもの、この空間に物質を創造し生み出すことのできるオプス。


 時空を司るエメラ。

 漆黒の、闇、重力を司るブラド。

 全ての命の源。金のキュア。

 光の、エネルギーそのものを司る、ディン。



 ギアはこれら代表的なものだけではなく細かいものはもっと沢山の種類が存在するのだけれど。


 彼らとシンクロする事でその権能を、力を行使する。その方法のことが魔法マギアと呼ばれているのだ。



 あたしマキナはどうやらギアと心で通じる事ができる。


 心に思い浮かべるだけで彼らの権能を解放することができた。


 魔力特性値が無限大∞ということは、そういうことだったのだ。

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