32. 開幕、ジェミニ杯!
「……ってことがあってさ、『ジェミニ杯』ってのに参加することになったんだよ」
「えぇ、いいなぁ。私も星歌くんとタッグ組んで出たかったよぉ……」
その日の夜のパーティーの最中。
夜風に当たるため、少し外に出た俺は留美奈とテレビ電話を繋ぎながら、事の経緯を説明していた。
留美奈は少し妬いているのか、画面越しで頬をぷくっと膨らませながら羨ましげにこちらを見つめて来る。
「まぁ、そっちの美夜ちゃんのダンジョン研修も終わったら一緒に観光……じゃなくて、デートでも……しようよ?」
「えっ! う、うん。デートしたいっ! 楽しみにしてるね。星歌くんも『ジェミニ杯』、怪我しないように頑張ってね!」
「あぁ、ありがとう」
もし端末を介していなければ、ここでソッと口付けを交わすところだが……。
実に残念だ。
ただそう考えていたのは俺だけではなかったらしく、留美奈も恥ずかしそうに体をモジモジさせている。
そんな姿を見て、愛おしさに口元がニヤついてしまう。
……ここで横槍が入ることになる。
通話を始めてからの事のあらましを、留美奈の隣にいる美夜ちゃんに見られてしまっていたらしい。
「んもぉ、二人ともいちゃいちゃしすぎですよ! 星歌くんも、就寝前の留美奈さんの顔真っ赤にしないであげてください。身体が火照って疼いて寝れなくなっちゃい——」
「ちょ、ちょっと、美夜ちゃん何言ってるの———ッ!」
——ブツッ!
留美奈の慌てふためく声が聞こえたかと思うと、通話はそこで切れてしまった。
身体が火照って疼くって……まさか……。
留美奈の淫らな姿を思い浮かべ、すぐに頭から追い出そうと、首を横に複数回振る。
「ダメだダメだ。今考えるのはよそう……」
「何がダメなの?」
「ヒ——ッ!!」
突然背後で声をかけられ、驚かされる。
振り向くと、そこには微笑むアメリアが立っていた。
胸元が大きく開いた、サファイアブルーのパーティードレス。
ダイヤが散りばめられており、その輝きと美しい銀髪が月明かりを受け呼応するように眩く煌めく。
「アメリア、脅かさないでくれよ」
「ごめんごめん。まさか星歌のあんな反応が見られるなんて思わなくて。日本を救った英雄のキミでもあんな声出すんだね」
「うっ、頼むから忘れてくれよ……」
「ふふっ!」
悪戯っぽく笑う彼女を見て、しっかり海馬に記憶されてしまったのだと悟る。
……ところで彼女は何をしに来たのだろうか。
気になったので聞いてみることにする。
「あ、そうだった! 今年の『ジェミニ杯』はトーナメント戦になるんだって。初戦の相手はあのブラッキー兄弟だよ」
「ん……? どこのブラッキーさん?」
「え?! ブラッキー兄弟を知らないの?」
アメリアは驚いた表情を見せるが、ブラッキー兄弟なんて聞いたことあるはずがない。
彼女曰く、米国で良くも悪くも名を馳せている武闘派コンビのA級プレイヤーらしい。
『その拳は岩をも砕き、その脚は鋼をも穿つ!』
……それが彼らのキャッチフレーズのようだ。
格好良くも聞こえなくはないが、何処となく三流に思えてしまうのは俺だけなのだろうか。
それに——。
「強いってもA級だろ? さすがに国家代表の俺らが相手じゃ、話にならないと思うけど?」
「それが、そうでもないのよ……」
アメリアは深刻そうな表情を見せ、ゆっくりと深呼吸をした後、話を続ける。
「あくまでもプレイヤーとしての実力がA級ってだけ。彼らの専門分野は対人戦なの。それに残忍さと狡猾さが悪評として知れ渡ってるから、何をしてくるか分からないわ。特に女性には……」
アメリアが身震いをしてみせたことから、女の敵と呼べる行為を平然とする相手らしい。
本来であれば逮捕されていてもおかしくないが、豪炎寺と同じでプレイヤーは強さこそがモノをいう。
強者には罰を下しにくいのだ。
だが、それなら遠慮はいらないだろう。
タッグ戦とはいえ、俺が一人で兄弟まとめて捻り潰してしまえばいい。
「とりあえず、当日に向けて作戦会議でもしようぜ」
余裕の台詞を放ちながら、俺はアメリアに向けて笑顔を振りまく。
——まさか兄弟たちが大会当日に、あのような策略に出ようとは予想もせずに。
◇
『ジェミニ杯』当日。
会場は今記念大会のためにわざわざ準備されたという、ドーム型のバトルフィールド。
天井は大きく開けているため、空には澄みきった水色の絨毯が広がっている。
すでに観客席はほぼ満席となっており、白熱した盛り上がりを見せていた。
「レディース、アーンド、ジェントルマーン! ようこそ、全米ツーマンセルプレイヤー記念杯『ジェミニ杯』へ! 本日より数日間、あなたたちは目にする事になります。プレイヤーたちによる全米最高のパフォーマンスの舞台を!!」
"ワァァァァァァァァァァァ——————ッ!!"
大会を運営する女性司会者の言葉により、会場はいっそう熱気を帯びる。
さすがはアメリカ。
日本とは規模も盛り上がり方も段違いだ。
「栄えある一回戦に出てくるのは、この人だ!! 我ら米国が誇る最強のプレイヤー"アメリア・ワシントン"! そして同じく日本最強のプレイヤー"セイカ・アマカワ"の国家代表ペアチーム!」
"ウッヒョォォォォォォォォ——————ッ!!"
席から立ち上がり、身を乗り出しながらグッズを必死に振る観客たち。
やはりアメリアの人気っぷりはすごいみたいだ。
軽装だが騎士風に見立てた、青と赤をベースにした勝負服が声援を受けて煌めいたように見える。
彼女も右手を挙げて、観客たちに手を振った。
「さてさて、もうひとチームの紹介だぁ。あの有名なキャッチフレーズ。『その拳は岩をも砕き、その脚は鋼をも穿つ!』で知る人ぞ知る双子の兄弟! "ガリオン・ブラッキー"と"ゴリオン・ブラッキー"のペアチームだ!」
アメリアの紹介時よりかは歓声は少なかったが、それでも会場には爆音が響いた。
そのことから酷い人格者であったとしても、その強さは本物であることが実感できる。
彼らの体格は引き締まりつつも筋肉質で武闘派と呼ぶに相応しい姿だ。
更には色黒で二人とも純金のチャンピオンベルトを装備しており、スキンヘッドにサングラスというイカつい風貌。
キッ!——っとこちらをひと睨みしたかと思うと、小馬鹿にしたように話し出す。
「へっ! 見てよ、ガリオン兄さん。あのほっそいボーイが日本の英雄なんだとよ。プレイヤーってよりガキのままごとと間違ってんじゃねぇかな」
「おいおい弟よ。そう言ってやるなよ。奴は
いくら見た目が少し幼いとはいえ、なめられてしまうのは腹立たしい。
だが、俺が反応する前にアメリアが怒りの声を上げてくれた。
「星歌のことを馬鹿にしないでちょうだい! 彼は素晴らしいプレイヤーの一人よ。あなたたちゲスと違って!」
まだ試合開始のコングは鳴っていないが、アメリアは鞘に手をかけ素早く引き抜く。
美しく煌めく白金の剣。
刀身は白い輝きを纏っており、切先はブラッキー兄弟へと向けられる。
「おぉ、怖いぜ……しかもゲスだってよ? ひっでぇなアメリア嬢は。んまっ、どれだけ俺様たちが強いかは……」
「……今から見せてやるからよ。
彼らは大きな飴玉にも見える、真紅の玉をわざとらしく見せつける。
そして、そのまま口の中へと放り込む。
——ガリッ!!!!
ブラッキー兄弟は同時に、口の中で球体を噛み砕く。
すると、彼らの体内から蒸気が溢れ、視界が真っ白へと変化してしまった。
「お、おっと……。これはどういう状況なのでしょうか? ブラッキー兄弟が謎の煙に包まれております」
正直、俺からすると意味の分からないパフォーマンスだったが、観客たちは何か知っているらしく興奮を抑えきれない様子だった。
「そんな……。終わったわよ……私たち……」
アメリアも何かを知っているらしく、真っ青な表情で膝を震わせている。
「あの赤い玉は何だったんだ?」
「星歌はあれを知らないの!? あれは一種のドーピング剤。名前は——『禁断の林檎』。出回っている数は少ないけど、効果がとんでもないのよ!!」
白い蒸気が少しずつ晴れていき、ようやく彼らが姿を現す。
だが、先程とは明らかに様子がおかしい。
身長は三メートル以上になっており、腕も脚も幹のように極太に変化している。
血管も痛々しいほど浮き出ているが、まるで内臓自体も成長しているらしく人というよりは、オーガやオークに近い風貌に変わっている。
その姿を見た瞬間、アメリアの恐怖は頂点に達したらしく、膝から崩れ落ちるように座り込む。
「こ……効果は……。物理も魔法も完全に無効。それに加えて自身の身体能力を極限にまで向上させるの」
「まじかよ。めちゃくちゃチートじゃん……それ。でもさすがにノーリスクって訳じゃないだろう?」
「えぇ。身体を変形させてしまうほどの負荷だから、普通の人なら十秒もしない内に目や耳や口から血が止まらなくなって、重症状態で変身は解けるわ。でも彼らのようなアスリートは違うの……」
ここで、ようやくブラッキー兄弟は話に割り込んでくる。
アメリアの表情が絶望へと追い込まれている様子を、嘲るように。
「彼女の言う通りだぜ、ボーイ? 俺たちの効果時間は十分超! つまり戦いが始まる前に勝利が確定しちまったようなもんよ。なぁ、ガリオン兄さん!」
「おう、弟よ。それに見ろよ! アメリア嬢は戦意喪失。我らは無敵の力を得た状態。キサマは日本では英雄かもしれないが、
唾を飛ばしながらながら高笑いをし、まるで勝つのが当然かのように罵詈雑言を吐き散らす。
本来であればヘイトを買う事になる行為だが、観客からは声援しか上がっていない。
つまり、それほど『禁断の林檎』の効果が絶大であることを意味していた。
「こ……これは始まる前不穏な空気ですが……。ブラッキー兄弟の勝利はほぼ確定したも同然です。膝をつく『聖王』アメリアは戦えるのでしょうか。日本最強の『星王』はどう立ち向かうのでしょうか。それでは——試合開始です!!」
"ワァァァァァァァァァ——————ッ!!!!"
先程同様に観客の声が上がると、ブラッキー兄弟は腕組みをしながらニタニタと微笑う。
そう言えば……ここまでの『無能』呼ばわりされるのは、久しぶりかもしれないな。
F級プレイヤーだった頃を思い出す……。
何処か懐かしい気持ちに浸りながらも、俺は
だがその様子は、
「見てくださいよガリオン兄さん。あいつ勝負を諦めてますよ!」
「ふんっ、当然だろう。あんなボーイなんざ、ひと捻りだしな。剣が使えないんじゃ戦えんだろう」
ここで笑いが堪え切れなくなり、思わず声を出してしまった。
「こ、こいつ笑って……な、何がおかしい!?」
「あまりの恐怖に気でも狂ったか?」
「……いやいや、オマエらの反応が面白くてさ。ドーピング剤使って、わざわざ体デカくしたり、無敵の効果を得たって勝利を確信してる姿が愚かすぎて……フフッ……」
「ガリオン兄さん。こいつ、俺たちのこと馬鹿にしてやがりますよ」
「弟よ。こいつちょっくら痛めつけるぞ」
二人は戦闘態勢へと切り替える。
並々ならぬプレッシャーは感じるが、俺にとってははっきり言ってそれだけの存在だった。
俺は右手を前に突き出し、指を三本立てる。
その意味を目の前の二人は理解できないでいるようだ。
仕方ない説明してやるか。
「三秒だ!」
「……は?」
「何を言ってるんだ、キサマは……」
奴らの威圧に動じる事なく、真っ直ぐと向き合い、そしてハッキリと言葉を放つ。
「決まってるだろう。俺一人でオマエたち二人を倒すまでにかかる時間だよ」
その言葉を耳にしたブラッキー兄弟の額に、一筋の汗が垂れるのを俺は見逃さなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます