28. そして英雄は立ち上がる!
【第三者視点】
S級プレイヤーたちが敗北したこと、そして獅子王会長が亡くなったことはすぐさま全国に広まる事となった。
プレイヤー最強の座を欲しいままにしてきたS級ですら全く歯が立たない状況に、動揺が走り、国民たちは初めて本当の意味で恐怖した。
死霊の大軍勢が"ダンジョンブレイク"を起こし、ゲートの外から出現するのはもはや時間の問題である。
もしそうなれば、一瞬の内に何千……何万もの命が失われることは明白。
日本壊滅までのタイムリミットは間近に迫っていた。
逃げ惑う国民たち。
既に混乱した状況に追い込まれ、国外に出ようとする者たちで溢れかえる。
そのような中、最後の希望に注目する人たちもいた。
日本における十人目のS級プレイヤー……"天川 星歌"。
熟練したプレイヤーですら苦戦するA級ダンジョンを短時間で、しかも単独撃破するという神業を成し得た青年。
彼ならばもしかすると——そんな期待の声が上がり始めていたのだった。
◇
【星歌視点】
まさか獅子王会長の身に不幸が起こるなんて……。
俺にとって完全に予想外の出来事だった。
国民たちを守るためには立ち向かわなければならない。
ただ、敵は
異常な進化を遂げた
——会長との約束である愛ちゃん。
——大好きな留美奈に美月さんに美夜ちゃん。
——それにギルドスタッフたち。
俺の中で傍にいて守りたい人たちが増え過ぎていた。
早くS級ゲートに向かわなければ……。
頭では分かっていても、身体は思うように動かない。
仮にこの場に留まり続けても、誰からも責められることはないだろう。
そう考えた俺は、立ち上がることをやめた。
・・・・・・
・・・
——パチンッ!!
鈍い音が周囲にこだますと同時に、脳が振動する。
一瞬何が起きたのか理解できなかったが、頬にヒリヒリとした熱と痛みが広がり、ようやく叩かれたという事実を理解した。
首を元に戻し、いきなり叩いた相手を鋭く睨みつける。——その相手は今にも瞳から零れ落ちそうなほど、涙を溜めた留美奈だった。
表情から留美奈は怒っているのだと推測できる。
でもなぜ叩かれなきゃいけないんだ?
「星歌くん、どうして立ち上がらないの? もう私たちだけの話じゃないよ。日本が滅びちゃうかもしれないんだよ? 力不足は悔しいけど、あんな次元の違う敵と渡り合える可能性があるのは星歌くんだけなんだよ?」
「……分かってるよ。でも俺は愛ちゃんのことも、留美奈のことも……ギルドのみんなのことも守らなければいけないから」
正直、五十二箇所のA級ダンジョンを攻略から帰還した後も感じたが、何故留美奈が憤りを露わにしているのか理解出来ない。
当然のことを話しているつもりだったが、俺の言葉を聞いて彼女の表情は悲しげに変化する。
留美奈のここまで悲しい表情を見るのは初めてで、心にズキズキと突き刺さった。
「星歌くんは何も分かってないよ。どうしていつも一人で抱えようとするの? 私は星歌くんの何なの?!」
「何って……今更何言ってるんだよ……」
「いいから答えてよ。何なの……?」
「そりゃ、恋人であり、婚約者であり、何よりも守りたい大切な存在であり、パート———」
——ここまで自分で話してようやく気付いた。
留美奈を守りたいというのは、俺自身のエゴでしかない。
留美奈はずっと言ってくれていたじゃないか。
俺と肩を並べて戦いたいって。
頼って欲しかったんだ……大切なパートナーとして。
それなのに、俺は全部抱え込んで一人でなんとかしようとしていた。
周囲のことを考えているようで、全く見れていなかったのだ。
「ごめん、留美奈。俺が間違っていたよ」
「ううん……。私も美月さんも、スタッフのみんなだって星歌くんと一緒に戦いたいんだよ。例え戦場が違くても、私たち『スター・ルミナス』として一緒に立ち向かうことは出来るんだよ。ここは私が指揮するから、星歌くんは思いっきり戦ってあの災厄を倒してきて。日本中のみんなが星歌くんのことを心待ちにしているから……」
留美奈の言葉に何度救われてきたのだろう。
いつも傍で俺のことを奮い立たせ、前へ向くように支えてくれたのは彼女だ。
決意を固め、俺はゆっくりと立ち上がる。
「ありがとう、留美奈。みんなもここは頼んだよ。……いってくる!」
その言葉だけを残し、全面窓張りの部屋で一箇所の窓を開く。
ここから全速力で行けば、S級ゲートまで数分で着く。
刻一刻とその時が迫る中、時間の猶予は少しもない。
臆する事なく、俺はギルド本部三十階という高さからそのまま豪快に飛び降りた。
◇
【留美奈視点】
星歌くんが居なくなったギルド本部。
ようやく私の中で緊張の糸が切れて、腰が抜けたように膝から落ちる。
止めようもないほど涙が溢れ、言葉にならない声が漏れ出た。
大好きな星歌くんを最も危険な戦場へと送り出す言葉を、自分が口にしてしまった。
奮い立たせるために必要であったとはいえ、とんでもないことをしてしまったのだと自覚する。
「留美奈ちゃんは本当によく頑張ったわよ。あの場で彼を動かす事が出来たのは、婚約者である貴方だけだから。これできっと星歌くんは迷い無く戦えるはずよ」
「美月さん……でも、でも……」
——もしも獅子王会長みたいに、帰って来なかったら。
もちろん、星歌くんのことは信じている。
ただ今回の敵は信じるなどという曖昧な言葉で倒せるほど、簡単な存在ではない。
「きっと大丈夫よ。私たちの大将は日本一のプレイヤーなんだから! 今は祈りましょう」
美月さんの言う通り、今は祈るしかない。
全ての希望を彼に託して……。
両手を胸元で合わせて、星歌くんのことを想う。
私の行動に続けて美月さんが……、そしてギルドスタッフの全員が同じようにする。
——刹那の時。
みんなの想い一つ一つが光の欠片として、各々の頭の上に浮かび上がる。
黄金色、鮮やかなピンク色、煌びやかな碧色……色とりどりの欠片は流れ星のようにその場からどこか一点へ向けて飛んでいく。
それはまるで、何かに惹かれるように……。
もしくは、導かれるように……。
「今のは、何……?」
正体は分からない。
でも不思議な力強さと温かさから、星歌くんの支えになるものだと直感する。
スカートのポケットの中で鳴るスマホのバイブ音に気を取られながら、私は光の欠片が見えなくなるまで見つめ続けた。
◇
【星歌視点】
——S級ゲートに到着するのと、ほぼ同時刻。
現場では少しでも状況を伝えるべく、ドローンによる生中継がなされている。
そんな中、ついに恐れていた出来事が……。
奴らがゲートから姿を現したのだ。
それが塊となって集まっているとなると、まさしく世界の終焉を体現しているようだった。
加えて最強にして最悪の敵、
奴から感じるのはどこまでも深くて暗い、まさしく闇そのものだ。
羨望の眼差しを受けながら、
「この地に存在する全ての者は、我が軍門に降るがよい——ん? ほぅ、今度は少しばかりマシな奴が出てきたか……。だが、先程の口ほどもない雑魚どもと同様、一振りで終わる。さらばだ、若き者よ」
見えないはずの攻撃だが、俺の視界には幾千もの黒い影のようなものが広がりながら伸びていくのが映る。
そして全ての黒い影が俺の姿を捕捉し、
剣で薙ぎ払うことも出来るが、せっかくなら新しく手にしている『異能力』を試してみよう。
ようやく使えるほどの好敵手と巡り会えたことに震撼し、心から喜びを感じる。
「【魔王スキル】——《多重結界バリア》……あと《全反射》の効果も付けておこうか」
俺の言葉と同時に、ノーモーションで周囲には断面が六角形の白銀色の球形バリアが張り巡らされる。
黒い影は俺に当たることなく《多重結界バリア》によって全て弾かれ、そのまま
突然の反撃に反応できるはずもなく、防ぐ術を持たない
「あ、あああ、あり得ない……。そのスキルは、我らが最悪の宿敵……『希望の魔王』と呼ばれた少女の力……。なぜ貴様がそれを——ッ!?」
骸骨故に表情の変化は読み取れないが、声色から明らかに恐怖し慄いているように見える。
「なぜって、貰っておいたんだよ。かなり使えそうだったからな」
「スキル奪う能力だと? そ、そんなスキル……聞いた事もないぞ?」
「まぁ、そりゃあ……」
——それが俺の【スマートスキル】だからな。
こっそりと自身のステータス画面を開き、【魔王スキルLV.99】の表記を確認しながら含み笑いを浮かべる。
これだけレベルが上がると、当然使える『異能力』の数も比例して増える。
それに強力すぎるが故にまだ多用は出来ないが、【魔王スキル】をある程度使い熟すことも容易になっていた。
「悪いな、後ろには護りたい大切な人たちがいるんだ。それに俺が意志を継いで新たな魔王となった以上、お前らは倒させてもらう。ここから先は一歩も通さねぇよ」
そのまま力強く一歩前に進むと、
———————————————————————
次回『29. 希望の星王』へ続く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます