26. S級ダンジョン攻略開始!【side:獅子王会長】

 ——S級ダンジョンの内部。

 一体どれほど規格外な造りになっているのかと警戒したが、これまで経験して来たダンジョンとほぼ変わらない。


 不気味に感じるのは、壁に架けられた松明の炎が青い点と普段よりも内部の空気が冷たいという点。

 そしてモンスターが一体も出てこないという点だった。


 大人が二十人は並べるほどの横幅の広い一本道を数分ほど進んでいると、視界にはボスの部屋に続くと思われる巨大な扉が現れる。


「ここまで一体もモンスターが出て来ないなんて……。S級ダンジョンなのに、敵の気配すら感じないのはちょっと変じゃないですか……会長?」

「あぁ。ダンジョンがあるということは、最低でもボスモンスターはいるということ。この扉の奥に待ち構えていると信じたいが、それにしてはあまりにも静かすぎるな……」


 唄くんの問いかけに、私も焦りを覚えながら答える。


 扉は所々で錆が見られるほど歴史ある風貌を持ちながらも、舌を巻くほど細部までこだわった装飾が施されている。

 これほどまでに立派なものはボス部屋以外あり得ないが……。


「みんな、いいかね? 開けるぞ……」


 さすがに緊張しているのか、誰も声を上げることなく全員が静かに頷く。


 ——ギシギシッ……。


 ゆっくりと、音を軋ませながら扉が開かれていく。

 息を整えながら武器を構え、警戒態勢に入る。


 視界に広がるのは、大広間のような巨大な円形の部屋。

 そして鎧を装備した骸骨たちの大集団。

 手にしている武器は、剣や斧や槍……様々である。

 数は正確に把握出来ないが、進行方向が埋めつくされており全く見えない。

 五百以上は存在している可能性が高い。


「何だよ、下級モンスターの骸骨戦士か。これなら前衛だけでも余裕で倒せるな」

「だな。生中継でみんなが注目してるんだし、かっこいいところ見せてやろうぜ!」


 二刀流の黒山プレイヤーと盾持ち剣士の岸野プレイヤーが自信満々に語り合うと、二人して我先にと先制攻撃を繰り出す。


 S級ダンジョンにどうして下級モンスターが存在しているのか。

 かなり疑問に思ったが、私自身も専用装備である『白雷牙』を起動させて二人に続き参戦する。


 ——『白雷牙』は爪型の武器。

 右と左、各々の手に装備するタイプのものであり、名前の通り白い雷で威力と速度を限界にまで引き上げた至高の装備だ。



 骸骨戦士は応戦するように手にした剣を構えるが、下級モンスター如きに歴戦のS級プレイヤーの相手が務まるはずもない。

 剣はもとい、鎧ごと体を引き裂いて戦闘不能にしていく。


 十体……二十体……瞬く間に、骸骨戦士で埋め尽くされていたはずの視界が開けていく。


「攻撃の補助効果バフをかけます! 一気にカタをつけてください!!」


 唄くんの声が聞こえるのとほぼ同時に、身体が軽くなる。

 一撃の威力が格段に上昇し、腕を振るスピードも段違いに速くなる。


 数分もしない内に立ち塞がる敵はいなくなり、骸骨戦士は全て床に伏せた状態となった。


「はっ、これで攻略かよ。思っていたよりあっさりだな」

「S級ダンジョン……噂に聞くほど大したことねぇな」


 黒山プレイヤーと岸野プレイヤーが話す通り、確かにこれでは拍子抜けもいいところだ。

 最大規模のS級ダンジョンが、この程度で終わるはずがない——。


「——会長ッ! 後ろッ!!」


 突如、唄くんの叫び声を耳にし、不穏な空気を察知する。

 間一髪で背後からの奇襲攻撃を回避した。


 敵の正体は——またもや骸骨戦士。

 仕留め損ねた一体が起き上がって来たのかと思ったが、次の瞬間——ッ!


 横たわる全ての骸骨戦士が、ゆらりと体を起こし始める。

 与えたはずのダメージは回復しているらしく、破損させた鎧ですらいつの間にか修復されていた。


「まじか……まさか不死の軍団!? これがS級ダンジョンの正体か?!」


 再び骸骨戦士たちとの戦闘が始まる。

 数が多いだけでは脅威にはならないが、もしこの状況が長く続くのであればキリがない。

 

 復活には必ず理由が存在する。

 アイテムが隠されているのか、はたまた術者がいるのか。

 アイテムの場合は見つけるのは至難の業だが、術者の場合は当人の戦闘能力が低い可能性が高い。


 どちらにせよ先程のように敵を殲滅し、一時的にでも隙を作った上で探るしかない。

 そう考え、『白雷牙』を装備する拳に力を込める。


 ——今度は三体連続で倒してやる!


 眩しく光る白色の雷が空気を伝い、骸骨戦士を切り裂く——と思われたが……。


 ……骸骨戦士は攻撃を剣で受け止めた!

 いや、よく見ると髑髏の瞳に紫色の炎が灯火を上げている。


 これは、下級モンスターの骸骨戦士ではない。

 上級モンスターの屍騎士デスナイトだ!


【百獣の王】を使い、フルパワーで押し返そうと試みる。

 だが、五分の鍔迫り合いに持ち込むので精一杯だった。


「みんな気を付けるんだ! 敵の様子がおかしいぞ!!」


 同じく戦闘をしている黒山プレイヤーと岸野プレイヤーを確認すると、二人とも苦しそうな表情を見せている。


 先程までの余裕な表情はどこへ行ってしまったのか。

 額から汗を流し、口元をギュッと結ぶ様子からも見て取れるように文字通りのを強いられていた。


「会長! 全員に防御と継続回復のバフをかけます! 攻撃ももう一段階上げるので何とか仕留めてください!」


 唄くんの【バードソング】が発動し、防御力と蓄積された疲労が回復していく。

 疲れを感じていた筋肉は躍動感を取り戻し、屍騎士デスナイトの剣をじりじりと押し返していく。

 ジリジリと押し返す度、接触点からは火花が散る。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ——————ッ!!!!」


 気迫を込めた雄叫びを上げ屍騎士デスナイトを何とか押し退ける。

 雷鳴を散らす『白雷牙』の一撃が大きな風穴を空けるように、体を貫いた。


「ハァ……ハァ……。く、ぅ——ッ!?」


 全く動かなくなったのは、ほんの刹那のみ。

 風穴など最初から無かったかのように修復され、髑髏の瞳部分の紫色がより一層濃くなる。

 今度は体全体から視認できるほどのオーラが溢れんばかりに放たれている。

 屍騎士デスナイトは更なる進化を遂げ、既に一体一体がS級プレイヤー以上の実力を有していた。

 ……もはや最初の頃とは比べ物にならず、別種のモンスターにしか見えない。


 これはまずい。

 二人……いや、三人で連携して対応しなければ、一瞬でパーティーは壊滅状態に追い込まれてしまう。

 早くこの状況作り出している、アイテムかボスモンスターを見つけなければ……。


 ——その時、魔弓使いの美空プレイヤーの怯えるような声が上がる!


「獅子王会長! ボスモンスターと思われる敵が上に——ッ!」


 慌てて上空を見上げると、銀色に輝く玉座が宙に浮いている。

 その上には闇よりも一層濃い漆黒と呼ぶに相応しい色のローブをはためかす、骸骨の姿。

 瞳の色は鮮やかな紫色で、所々黒い炎のような揺らめきが見られる。

 頭には金の王冠が乗っており、秘宝級の魔石と思われるものがいくつも付けられている。

 そして手には金の長杖があり、瞳と同じ色の炎が杖先に灯っていた。


 S級ダンジョンのボスモンスターであれば、かなりの存在感を放っているはずだが……。

 ダンジョンに足を踏み入れて以降、全くそのような気配は感じれなかった。

 だがボスモンスターを目にした途端に、理由がはっきりと分かった。


 存在に気付かなかったのではない……。

 ——気付けなかったのだ!


 強さの格が違うなどという単純な話ではない。

 生物としてのステージが完全に別物すぎるのだ。


 ボスモンスターは、玉座ごとふわりと地に降り立つ。

 周辺にいた屍騎士デスナイトたちはその場を大きく円形に囲み、神々しく降臨する主君に向けて膝をつきこうべを垂れ敬意を表する。


「我は亡者たちを束ねるモノ。不死者にして、死を司る管理者。栄光なる【死霊の覇王オーバーロード】なり」


 ボスモンスターは低く響くような声を震わせながら声を発した。


 蘇生系の術者の戦闘能力が低い?

 誰がそんなことを吹聴したのだろうか。

 

 手合わせをするまでもなく、はっきりと分かる。

 S級プレイヤー全員が力を合わせても、全く及ばないということが……。


 視界に映り込む圧倒的すぎる恐怖の権化を前に、動揺が拭えない。

 額から滝のように流れ、零れ落ちる冷や汗に気付くことも出来ず、S級プレイヤー全員がその場に立ち尽くし動けなくなった。



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