25. それぞれの想いを胸に……。
獅子王会長から一体何の話をされるのだろうか。
思い当たる節はないが、さすがに嫌な話はされないだろう。
そう考え、俺は手慣れた様子で会長室へと足を踏み入れる。
「約束の時間ぴったりだね。ダンジョン攻略の出発前に呼び出してすまないね、星歌くん」
「いえ、獅子王会長の頼みですから」
会長室は、明かりが灯されておらず暗がりになっている。
当の会長は窓の外に広がる景色を眺めており、全く身じろぎしない。
だが、引き込まれるように景色を眺めてしまう気持ちも分かる気がする。
外には沈みかけた茜色の夕日と、まだほのかに澄んだ青空を残した状態の夜空の絨毯が美しいコントラストを生み出しているからだ。
「あの……ところで、話ってなんですか?」
永遠に見つめていたくなる気持ちを抑え、俺から話を切り出す。
獅子王会長は言葉を探しているようで、中々会話が始まらない。
痺れを切らしかけた頃、ようやくいつもよりワントーン小さな声が部屋に響き渡った。
「星歌くんならきっと、五十二箇所のA級ダンジョン攻略をきっちりと成し遂げてくれると信じているよ。達成する頃には、私はS級ダンジョンに潜っている最中といったところかな」
「多分、そうでしょうね……」
S級ダンジョン攻略に関しては、世界中で関心が集まっているため、全世界同時生中継にて配信される予定となっていた。
色々な人の気持ちを背負いながらの攻略。
とてつもないプレッシャーに違いない。
「S級ダンジョンに七人のS級プレイヤー。ゲートの周囲は、念には念を入れて戦闘系のA級プレイヤーたちを五十人ほど配置させる。この上なく完璧すぎる布陣だと思わないかな?」
「えぇ。これ以上にない最高の配置だと思います」
「だからこそ、星歌くんにはA級ダンジョンの攻略を終えた後、テレビでゆっくり中継を見ていて欲しいんだ。娘の……
どうやら会長は娘のことを気にかけていたらしい。
愛ちゃんを不安にさせないために、一緒にいてほしいということなのだろう。
そして俺の傍であれば、絶対に安全であると確信しているらしい。
「会長が望むのであれば、そうしますよ。俺だってS級の先輩方のこと信じてますから。絶対に誰も欠けることなく、攻略してくれるって!」
「ありがとう、星歌くん。キミが愛のことを守ってくれるなら、私は前だけを見て全力を尽くすよ。きっと妻も天国で見守ってくれているだろうしな」
「えぇ。咲花さんもきっと……」
会議の時から強張っていた表情が、ようやく完全に和らいだように感じる。
獅子王会長は笑みをこぼすと拳を真っ直ぐ突き出してくる。
——拳を合わせよう!
その行為に意味があるのかは分からない。
もしかすると対等な立場であると認めてもらえたからこそ、自ずと出た行為なのかもしれない。
その気持ちに応えるように、獅子王会長の一回り大きな拳へぴったりと合わせる。
言葉を介した訳ではないが、互いに必ず目的を達成しよう!
そんな心構えを確認し合う儀式のように感じ、獅子王会長の笑みに反応するように思わず口角が吊り上がった。
◇
「星歌くん、帰ってくるの遅いなぁ……」
ソファーに座りながら私は寂しさを紛らわすように、ふと言葉を口にする。
デートの最中、唄さんから呼び出しを受けた星歌くんは夜になっても戻って来ない。
S級プレイヤー全員に召集がかけられたということは、間違いなく緊急事態なのだろう。
ただそれなら、何かしら連絡が入ってもおかしくない。
「留美奈ちゃん……さすがにスマホ強く握りすぎじゃないかしら? 手に跡が付いちゃってるわよ」
「あッ……」
美月さんに言われて、無意識で手の感覚がほとんど無くなるほど強く握りしめていたことに気付く。
妙に胸騒ぎがする……。
星歌くん、変なことに巻き込まれていないよね?
不安に駆られていると、顔に出ていたのか美月さんが隣に寄り添うように座ってくれる。
「きっともうすぐしたら帰ってくるわよ。心配しなくても、大丈夫よ」
「そう……だよね。ありがとうございます、美月さん」
ギルドの副マスターなのだから、しっかりしなきゃ。
メンバーやスタッフのみんなにも迷惑かけちゃうよね。
……ふぅ……よしっ! 気持ちを切り替えよう!
ようやく整理が出来た……その時——。
「た、大変っすよ! 副マスター、美月さん! て、てれび……テレビ付けてくださいっす!!」
一人のギルドスタッフの慌てふためく声が、耳に届く。
美月さんがテレビのリモコンを操作すると、臨時ニュースの映像が流れる。
「え……。何これ……?」
史上最大規模のS級ゲートが出現して、七人のS級プレイヤーが挑戦?
同時に現れた五十二箇所のA級ダンジョンを、星歌くんが一人で攻略に挑む……?!
情報処理がしきれず、周囲で起こっている全てがスローモーションに見える。
いつの間にか反射的にソファーから立ち上がっていたらしく、美月さんが心配そうに腕を引っ張りながら声をかけているが、何を話しているのか理解出来ない。
手から滑り落ちたスマホが床に落ちる音も耳に入って来ない。
まして、落ちたことにすら気付けていなかった。
S級プレイヤーの強さの感覚は私には分からない。
ただ、A級プレイヤーから見ればA級ダンジョンを一つクリアするのも大変なことだ。
ましてそれが一人でとなると、攻略は限り無く不可能に等しい。
自殺行為でしかない。
仮に生きて帰って来れたとしても、五体満足とはいかないだろう。
どうして、何も連絡をくれないの……。
心配をかけたくないから?
そんな危険な場所なのに、また一人で行っちゃうの?
ねぇ、星歌くんッ!!
どれだけ心の中で叫んでも、その言葉が星歌くんに届くことはない。
虚しさと悲しみを残して、私の中でこだまし続ける。
例え怪我をすることになっても、どうか命だけは……。
神様……星歌くんのことを守ってください……。
瞳を閉じて、祈りに近い願いを胸に抱く。
一筋の涙が流れ星のように煌めきながら、頬を伝った。
◇
星歌くんはA級ダンジョンへ向かったか……。
私が今回の件を耳にしたのは、秘書の唄くんからの報告によるものだった。
S級ゲートに加え、五十二箇所ものA級ダンジョンなど世界でも前例が無く、止める手立てがない以上完全に詰んだ状況。
もし攻略出来ずダンジョンブレイクを起こせば、日本はここで壊滅する。
妻が——咲花が命を賭けてまで守り抜いたこの国が、ついに終わってしまうのだと絶望を抱いていた。
『ゲホッ、ごめんなさい……あなたと一緒にこれからの人生を、歩めなくて……。雄司と愛のこといつまでも大好きだからね。……みんなが安心して暮らせる未来を創るって、私たちの夢を……絶対に叶えて……お願いね、雄司』
——それは妻が最後に遺した言葉。
あの日のことは鮮明に記憶に残っており、いつ思い返しても胸が張り裂けそうで苦しくなる。
最愛な人の約束だからこそ、残された自身の人生を全て使ってでも成し遂げなければならない。
愛を守りながら、最前線に立ち続けるのは自分の技量では難しい。
だからこそ、星歌くんの成長性に気付いた時から彼になら安心して任せることが出来ると感じていた。
彼がいれば愛は大丈夫。
だから、咲花との約束を守るためにも絶対にS級ゲートは攻略してみせよう!
日本人最初のS級プレイヤーとして、そして夢儚く散ってしまった咲花の夫としての意地とプライドを賭けて!!
・・・・・・
・・・
それから準備のための時間が慌ただしく過ぎ去り……。
——ついに、S級ゲート攻略当日を迎えた。
◇
「皆様、見えますでしょうか?! あの巨大なS級ゲートが! ついに、ついにこの日がやって来ましたよ!! 日本が誇るS級プレイヤーの内、七人が
S級ゲート攻略当日。
荒々しく燃え盛る炎のような、
激しい危機感を抱かせる紅の巨大なゲートの前で、中継を行うA級プレイヤー兼アナウンサーの声が響く。
全メンバーがフル装備状態。
ダンジョンどころか、国一つ滅ぼせてしまうのではないかと感じさせる圧巻の姿。
パフォーマンスの一環として、中継カメラへ向けて彼らは手を挙げ国民にアピールする。
"我々がいる限り、日本は大丈夫だ!"
——そうみんなを安心させるかのように。
「さて。みんな、準備はいいだろうか。星歌くんは予定よりも速く、順調にA級ダンジョンをクリアしてくれている。この調子ならあちらは心配ないだろう。後は我々が目の前のS級ゲートを……この化け物級のダンジョンを攻略するだけだ」
獅子王会長の言葉に、各々が覚悟を示すように頷く。
「行きましょう、会長! 私たちの手でこの国の未来を守るために!」
唄さんの言葉を合図に、S級メンバー全員がS級ゲートの中へと歩む。
——この先に待ち構えるモノが、想定を軽く超える絶望そのものであることを誰も知らずに……。
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