19. ダンジョンブレイク
大学側も非常事態に気付いたらしく、注意喚起のためのサイレンがけたたましく鳴り響く。
この調子でいくと、支援要請を受けた協会プレイヤーや周辺の他ギルド所属のプレイヤーが、数分足らずで駆けつけてくれることだろう。
——だが、今回の相手はヘルオーガだ。
生半可なランクのプレイヤーに相手が務まるはずもない。
B級……いや、A級以上のプレイヤーがパーティーを複数組まないと厳しいに違いない。
それだけの人材を集めるには、十分以上の時間は最低でもかかる。
そして十分もあれば、学内で逃げ惑う生徒も先生も全員あの世へ送られてしまうことは必至だった。
「つまり、俺一人で対処しないとってことだな……」
今や校舎が生徒たちにとって唯一の防御壁となっている。出来る限り建物に被害を与えず、かつ一体も逃す事なく迅速に無力化することが重要になる。
速さと威力の両方を突き詰めるなら——あれしかないッ!
頭で思い浮かべると同時に、《クラウド》から
青白い雷光と特徴的な爆けるスパーク音に反応を示し、ヘルオーガたちは一斉に顔を向ける。
光の元で奴らの醜悪な鬼の顔が露わになる。
体は筋骨隆々で全体的に人間の数倍は大きい。
頭に生えた二本の長いツノが特徴的で、このツノで魔力を操作を行い身体強化を己に施して戦うのがヘルオーガの戦闘スタイルだ。
強化中は攻撃も防御も厄介になるが、集めた魔力を身体に流す分、ツノは簡単にへし折りやすくなる。
ツノを無くせば自慢の破壊力も堅牢さも失われる。
長所が弱点であり、確実に仕留めるためにはツノと致命傷を与える事が出来る首への二回攻撃が有効打になるのだ。
「身体への負荷は気になるけど……。そうも言ってられないからな」
《神速》で一気に距離を詰め、まさしく目に見えぬ速技で一体のツノと首を斬り落とす。
——そしてまた一体……一体と……。
僅かコンマ五秒程で一体ずつ減っていく。
疲労値が溜まれば《ストア》から『ポーション』を購入して、全回復させる。
もちろん戦闘にだけ意識していれば良いという訳ではない。
一体でも範囲外へと出られれば、被害者が生まれることになる。
ヘルオーガ全体の動きを常に把握するためには、常に《マップ》を展開し行動を熟知しておく必要があった。
戦闘、回復……そして索敵及び戦況の誘導操作。
本来熟練プレイヤーのパーティーが、複数存在してはじめて成立する状況をたった一人で作り出していた。
あまりに突飛すぎる状況に、ヘルオーガたちも何が起きているのか気付けていなかったらしい。
いや、攻撃を受けているとは認識出来ても、どのような攻撃でどこから来るのか——それが分からなければ対処のしようがないのだ。
「もっと速く——ッ! 雷の刃を振るうんじゃなく、俺自身が雷穿そのものになるんだ—————ッ!!」
そう叫び、雷刀と一つになるイメージで攻撃を続ける。
速度と鋭さが増していき、ますます猛攻に拍車がかかる。
気付かれた時には、ヘルオーガは残り十体以下になっていた。
牙をむき威嚇するヘルオーガの、野性味あふれる大振りの攻撃が繰り出される。
——だが所詮は《身体強化》。
攻撃の威力は確かに大したものだが、当たらなければ意味も無さない。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ—————————ッ!!」
心臓がのたうち回るように激しく動き、呼吸を乱れる最中、一気にケリを付けるべく気合いで己自身を鼓舞する。
最後の一体の首を斬り落とす際、腕が悲鳴を上げるようにプルプルと震えたが気力で刃を押し込んだ。
「ハァ……ハァ……。やった……ぞ……」
未曾有の大災害を引き起こしてきた "ダンジョンブレイク"をたった一人で止めるという奇跡。
しかも戦闘を始めてからたった一分ほどで完遂する事が出来た。
それでも俺は刀を握る手に再度力を込める。
ダンジョン内のモンスターを全て倒しきればゲートは閉されるはずだが、未だその場に残されていたからだ。
ゲートは力を弱めるどころか、より活発になったように感じる。
奥から溢れ出る異常な力の嵐が、本能的に想定の範疇を超えるものであることを知らせていた。
残念ながら今の俺では、とても勝てそうにない。
だからと言って放っておく訳にもいかない。
援軍を待つか……。
いや結局、生半可なメンバーで挑んでも被害が広がるだけだろう。
そう考えていると、スマホの着信音が鳴り始める。
画面を確認すると——獅子王会長だ。
「——おぉ、繋がって良かった! 星歌くん、大変なんだ。今、大学内で "ダンジョンブレイク"が起こって……」
「会長、安心してください。そのモンスターなら全部俺が倒したんで」
「——今緊急でメンバーを招集しているから、キミも参加して……ん? 今、なんて?!」
「だからもう"ダンジョンブレイク"を起こしたモンスターは全部狩り尽くしたんで」
「…………はぁぁぁぁぁぁぁ!? 未曾有の大災害だぞ!? 推定だとヘルオーガ級のモンスターが百は居たはずだぞ!?」
毎回思うが、協会の敵戦力を感知する能力は素晴らしいものだ。
今回もピッタリと当たっている。
「ええ、ちょうどヘルオーガが百体ちょいいましたよ」
「まさか、信じられん。まだ数分しか経っていないのに……。でもキミが嘘を吐く方がもっと信じれんしな……」
「それはありがとうございます。それより会長、お話が——」
俺は今の状況を伝える。
……ゲートが閉じないこと。
……中から恐ろしいほどのプレッシャーを感じること。
……時間を追うごとに勢いを増していること。
「——って訳なんで、俺がとりあえず一人でダンジョンへ行ってきますよ。ヤバかったら戻って来るんで、招集したメンバーは外で待機させておいてくださいね」
「ま、まちなさいッ! キミが強いのは分かるが、戦力を整えてパーティーで挑んだ方が……早まってはダメだッ!! 星歌く———」
——プツッ……。
会話が終わる前に会長との電話を切断する。
この電話の時間にも、とんでもない勢いで力を増し続けている。
俺が『無能』と呼ばれていた頃に出会い、死の恐怖を感じた蒼炎の双竜がまるでちっぽけなミジンコに感じるほどのに……。
感覚的に待っている時間はないと判断したのだ。
「とりあえず、行くか。本当にヤバければ、後から援護してもらえれば……うん……」
ゲートに足を踏み入れると、情景がガラリとダンジョン特有の岩壁に変化する。
一本道であるのに、薄暗く奥の方はほのかに明るくなっていた。
先程まで感じていた重圧は一層濃厚になり、足を一歩前に出すことすら躊躇われた。
「本当に想像以上だな。一旦戻った方が良さそうだ……」
踵を返し、ゲートに手を触れるが……。
何故かダンジョンの外に出る事が出来なかった。
「えっ、は? どういう事?! 閉じ込められたのか?!」
——ダンジョン唯一の出入口であるゲートは、ビクともしない。
何の前触れもなく閉ざされてしまったようだ。
俺だけをダンジョンの内に残して……。
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