17. 奇跡の一撃【side:留美奈】
小型のモンスターが数十匹出て来たが、特に問題なくダンジョンを突き進む。
薄暗く道幅の狭い空間。
奥に足を踏み入れるほど、目に見えないどす黒い気配が周囲を支配していくような感覚に襲われる。
ダンジョンに何度足を運んでも、この感覚にだけは未だに慣れない。
「シッ! 前方にモンスターの気配を感じる……。しかも複数いるな」
どうやら北野くんの《気配察知》のスキルに反応があったらしい。
警戒を強め、前方に意識を集中させる。
ドスンッ……ドスンッ…………。
地面を揺らし、足音が空間に響く。
頭から突き出た湾曲を描く角。
唇を震わせながら奇怪な声を発し、鼻の穴を広げ息を荒げる牛の頭。
鍛え上げられた上腕二頭筋は血管が浮き上がっており、胸筋はさながら鎧を着ているように見える。
手にはべっとりと血の付いた巨大な野太刀がギラギラと光っていた。
「——ミノタウロスやな。三体いるけど、どうする?」
「そうね……二人は前方の一体をお願い。残りの二体は私に任せて」
「がってん! さっすがA級の留美奈ちゃん」
「うん、了解ッ!」
そう。何も修行をして強くなっているのは、星歌くんだけじゃない。
私だって星歌くんと肩を並べて隣で戦うって誓ったんだもん。
懸命に頑張った暁に、私のプレイヤーランクは上がりA級になったのだ。
後衛でパーティーのヒーラーとしての重役を担いながら、同時に遠距離攻撃で味方をサポートする。
強くなりたい一心で私に宿った新しい開花スキル——《
私の周囲にピンク色にも似た、淡い紫色のエネルギー弾が二つ生成されていく。
一定の大きさになると、フワフワと周囲に浮かびながら上空に漂う。
右瞳に浮かび上がらせた魔法陣がスコープのような役割を果たし、まだ距離のあるミノタウロスの姿を確実に捉える。
集中……集中して……。
狙うは敵の頭蓋。
懸命に積み重ねてきた練習通りに、エネルギー弾を放出する。
独特の鈍い音を立てながら、二本の紫色の光線がレーザービームのように真っ直ぐ突き進み——各ミノタウロスの頭蓋に風穴を開けた。
周囲には焼け焦げた匂いが充満する。
「ひゃ〜っ! さっすがは留美奈ちゃんやな。ミノタウロスを二体同時に一撃ってえげつないわ」
「あの火力で最強のヒーラーなんだもん。本当に心強いよね」
二人はベタ褒めしてくれるけど、二人の連携攻撃だって本当に大したものだと思う。
北野くんが剣で足止めして隙を作り、奈未の高火力火炎スキルで一気に体力を削る。
畳み掛けるように北野くんの剣技で追い討ちをかけて、討伐を確実のものとしていた。
「今回のダンジョンはあとボスだけやな……。最近モンスターに異変が出てきてるって言うからその調査って言われたのにな……」
「うーん。何ともなかったわね」
二人の言う通り、今回のダンジョン探索は異変が多くなってきているモンスターの調査。
高確率で変異モンスターがいるって話だったけど——。
ズシン……。
ズシンッ……。
ダンジョンの最奥から足音が再び響く。
そしてゆっくりとその姿を露わにする。
「何や……またミノタウロスか。まぁ一体やったら大したことあらへんわ。余裕やで!」
北野くんは剣を握り、モンスターへ猪突猛進する。
ミノタウロス——北野くんはそう言っていたが、私にはまるで別のモンスターにしか感じれなかった。
確かに見た目はミノタウロスそのもの。
全身の黒い毛並みと不気味にも真紅に煌めく瞳孔を除けば、先程より大柄なだけでしかない。
でも存在感が……威圧感が、違いすぎる。
明らかに全くの別物ッ!
「北野くん待ってッ! 後ろに下がって!」
私が声を上げた時には、すでに彼は剣を振り下ろさんとしていた。
黒いミノタウロスは避ける素振りも見せず、剣を胸筋で受ける。
いくら頑丈に鍛え上げた肉体でも、上級プレイヤーの扱う剣であれば多少でも刃は届く。
でも北野くんの刃は届かない。
眼前で鋼の剣は粉々に砕け、無数に四散する。
武器を失った彼には、追い討ちをかけるようにミノタウロスの鋭い一撃が下された。
「北野くんッ—————!!!」
鮮血がダンジョンの壁に痛々しくも飛び散り、血飛沫が上がる。
瀕死の北野くんを前に奈未の泣き叫ぶ声が響く。
「奈未は火炎スキルで弾幕張って! 少しでも近づいて来る時間を稼いで!!」
我ながら無茶なことを言っている自覚はあった。
せめて治療の時間だけでも稼がないと……という思いから断腸の思いで飛び出た苦肉の策だった。
それでも奈未は私の発言の意図を汲み取ってくれたらしく、在らん限りの火炎スキルを連射する。
その隙に血溜まりの中、真っ青で横たわる北野くんの元へ駆けつけた。
「息は……まだある。大丈夫、これならギリギリ間に合う——《超速治療》」
お腹に大きく穴が開き、肋骨が剥き出しになってしまっているほどの重傷。
かろうじて息をしているが、即死でなかったのが奇跡的な状況だった。
さすがに私の《超速治療》と言えど、これほどの傷は治すのには十秒ちょっとの時間を要する。
「来ないで来ないで……来ないでぇぇぇぇぇぇぇぇ———————ッ!!」
背水の陣の覚悟で奈未の猛攻は続く。
彼女の火炎スキルは決して弱くない。
火力だけで言えば、A級プレイヤーと全く遜色はないだろう。
それでも黒いミノタウロスにはほとんど効いていない。
まるで心地良いそよ風か、温泉にでも浸かっているかのような悦に浸った表情を浮かべている。
一歩……。
また一歩……と着実に近づいて来る。
「ガハッ……。すまん、留美奈ちゃん……。あり、がとうな。な、情けないけど……俺……た、たたかえ………やん……怖くて……無理や……」
傷は癒え、風穴は傷跡すら残らず元通りに戻っている。
私のスキルで傷そのものは癒せても、その時感じた恐怖心までは取り除けない。
北野くんは完全に怯え、戦意喪失してしまっていた。
無理もない。
プレイヤーは生きるか死ぬか……。
その瀬戸際で常に戦い続けている。
心のダメージは日々蓄積されてしまうものだから。
大きな精神的ダメージを一気に受ければ、たちまち壊れてしまうプレイヤーが多いのだ。
——ダメ。私はここで弱気になっちゃ……。
歯を食いしばり、両頬をピシャリと叩く。
こんな所で死ぬわけにいかない。
私はA級プレイヤーで、二人はB級。
同期と言えど、私が守らなきゃいけない。
……きっと星歌くんならそうするはずだから。
「奈未——ッ! 私が時間を稼ぐから、北野くんを連れて逃げて!!」
「で、でも……そんなことしたら留美奈が……」
「私は……大丈夫だから。……ね?」
無理やり作り出した笑顔。
大丈夫な訳がないし、嘘だとバレてしまっているに違いない。
でも今は、二人を心配させちゃダメだ。
「ごめん、本当にごめんね……留美奈……」
奈未は涙を溢しながら、後方で動けないでいる北野くんの元へ向かう。
「それでいいの……。私は、私の——A級プレイヤーとしての責務を果たしてみせるから」
右手を前に突き出し、通常のミノタウロスを圧倒した《
淡い紫色のエネルギー弾が二本の光線となり、黒いミノタウロスの眉間に直撃する。
「嘘……でしょ?」
光線は頭蓋を貫くことなく額で数秒間止まり、簡単に弾かれてしまった。
「諦めない……もう一度ッ!」
今度はエネルギー弾を五つ作り出す。
五本同時に操作するのは繊細さが必要になり、かなり難しい。
その分一撃一撃が洗練され、先程の威力の数倍……いや数十倍の殲滅力を持つ砲撃が完成する。
今の私が放てる最高の一撃。
これなら会心の一撃として大ダメージを与えれるかもしれない。
ううん……倒せちゃうかも……!
五本の光線は途中で交わり、一本の巨大な砲撃が完成する。
黒いミノタウロスはさすがに恐れを抱いたのか、両手をクロスし光線を防御した。
じり……じりじり……。
少しずつだが、着実に黒ミノタウロスを後退させていく。
このままいけば、勝てるよッ——!
そう思った矢先、両腕を力一杯開いた黒ミノタウロスの行動で渾身の一撃は爆け、拡散してしまった……。
「これでも……ダメなの?」
力の差があり過ぎる。
こんなのS級プレイヤーでも勝てないよ……。
ううん、今は時間稼ぎが出来たらいい。
二人がダンジョンから脱出するまでの時間を。
きっと上手く脱出してくれてたに違いない。
そんな思いで後方を確認すると——二人はまだそこにいた。
「なんで、どうして!?」
「北野くんが……動いてくれなくて……」
死の恐怖が執拗に彼を支配していた。
剣士である彼の体は筋肉質で、とてもか弱い女子一人では持ち上がらなかったのだ。
「二人で支えて、運ばなきゃ……」
「ダメ、だ……俺を置いて……逃げてく、れ……」
弱気な発言をする北野くんを無視して、私も彼を支えるべく肩を貸す。
ジャリ——。
気付けば、死を告げる足音はすぐ側まで来ていた。
巨大な野太刀の刃がギラリと光り、致死の斬撃が迫る———ッ!
もう……、だめっ……!!
反射的に目をつむり、激しい痛みが襲って来るの覚悟した。
・・・・・・
・・・
だが、いくら待っても痛みはない。
それどころか野太刀が振り下ろされた気配すら感じなかった。
うっすらと細くを目を開く……。
すると野太刀は、目と鼻の先にあった。
黒ミノタウロスは完全に腕を振り下ろそうと、プルプルさせている。
でも動かさない……いや、動かせないのだ。
その手には手枷が、足には足枷がいつの間にかはめられている。
地面から生えるように伸びている氷の鎖が黒ミノタウロスの動きを完全に封じていた。
「これって……?」
私の知らないスキル。
でもこの雰囲気は……!?
そう考える刹那、そよ風にも似た波動が放たれふわりと髪が広がる。
同時に、懐かしい安心感のある匂いが鼻腔をくすぐる。
——大好きな人の、匂い……。
眩い軌跡が視界に映り込む。
そして瞬きをする間に、見上げる位置に存在していた牛の頭が胴体から切り離され——瞳の光を失った状態で床に転がっていた。
本来であれば切断した時点で血飛沫が散っているはずだが、巧みな剣術により遅れて出血する。
ズシンッ……と音を立てて倒れた巨体のその先には——。
右手に金色の煌めき、そして左手に青白い輝きを秘めた星剣を携え、黒のロングコートを
「嘘っ、あれを一撃で!? ……って、あれS級の星歌様じゃない?」
「ほんまや、ほんまもんや……。星歌様が助けに来てくれたんか……!」
奈未も北野くんも、まるで幽霊でも見ている様子で口々に呟く。
そんな中、星歌くんは私の姿を頭から足先まで確認した上で、優しく微笑みながら声をかけてくれる。
「久しぶりだね、留美奈。間に合って良かった」
「星歌くん——会いたかったよ——ッ!」
ずっと聞きたかった声が、会いたかった姿が、私の心を優しく包みこむ。
大好きな気持ちが瞬間、激しく湧き起こりその胸に飛び付きたく衝動に駆られる。
でも同期の前であることが、かろうじて私の理性を保たせていた。
それなのに……。
「——おいで!」
甘い声で告げられる星歌くんの言葉。
そんなの我慢出来るはずがない。
「————ッ!!」
赤面しながらも小走りに駆け寄り、激しく抱擁を交わす。
そしてまつ毛の本数すら数えれるほどの至近距離で、うっとりした表情で見つめ合う。
「「も、もしかして。留美奈の婚約者って星歌様なの(なん)!?」」
奈未と北野くんは顔を見合わせる。
二人の驚嘆の声はまるで示し合わせたかのようにハモり、ダンジョン内に反響するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます