15. 新たな決意を胸に……

 俺が瞳を開いた時、視界に映ったのは知らない天井だった。


 だが直感的に、病院のベッドの上に寝かされていることを悟る。

 温かくて心地の良い日の光が差し込む中、左手にはそれ以上の熱と柔らかな感触が——。


 視線を移すと、ベッドに突っ伏すように眠っている愛しい人の姿。

 栗色の髪が陽光に当たり、シルクのように美しく煌めく。

 何日眠っていたのか分からないが、両手で優しく包み握られた左手から予測するに、付きっきりで診てくれていたに違いない。


 身体を静かに起こし、フリーな反対側の手でそっと優しく頬に触れる。


「……ちゃんと守れたんだな。本当に良かった」


 思わず出た独り言の後、束の間のタイミングで扉がノックされて開かれる。


「おや、三日も眠り続けて心配していたのだが。随分と元気そうだね?」


 姿を見せたのは、口元をニヤつかせる獅子王会長。

 留美奈に触れている様子を見られ、思わず顔から火が出そうになる。


「え、えぇ。おかげさまですっかり回復したみたいです……」

「お礼なら留美奈くんにね。心配でご飯もろくに食べず、ずっとキミの隣にいたみたいだよ。……フフフ、青春だね」


 先ほど以上に顔をニヤニヤさせ、獅子王会長は何故か嬉しそうに微笑む。

 若者を揶揄うのはやめて欲しいものだ。


「……コホン、それよりだ。まずは目的を無事に達成出来たことを、個人的に祝福しよう。まさか盤石の護りと言われたギルド要塞ごと崩壊させるとは思いもしなかったが……。キミに渡した『天蓋ノ守護』も無事役目を果たしたみたいだね。これで——」

「——分かってますよ。きちんとした取引ですから。約束は必ず守ります」

「よろしい。ただキミは優秀なプレイヤーであると同時に、これからの未来も大事にしなければいけない若者でもある。もし秘めている想いがあるなら、臆せず伝えておく事をお勧めするよ。命あってこそのプレイヤーであり、人生は有限なのだから」


 " 頑張れよ" と言わんばかりに力強く肩を叩かれ、高笑いと共に獅子王会長は踵を返し去って行く。

 本当に、嵐のような人だ。


 扉の外側には秘書の唄さんが立っており、俺に向けて一礼する。


「プレイヤー再検定試験については追って連絡しますね。少し早いですけど、あなたに敬意を表して伝えておきます。——ようこそ、S級へ」


 唄さんはほんの一瞬、初めて表情を大きく崩した笑顔を見せる。

 それは大人の女性の中に、あどけなさの残る可愛らしいものであった。

 すぐにいつもの生真面目な表情へと戻すと、部屋から出て行ってしまった。


「……S級か」


 息を吐くのと同時にか細い声で呟く。

 覚悟はもう決めてある。

 それでもS級ともなれば、戦場には常に死が付き纏う。

 ずっと無事でいられる保証はどこにもない。

 獅子王会長の言う通り、自分の気持ちには正直になっておくべきなのかもしれない。


 病室は二人の空間に戻り、今度は留美奈の髪に触れる。


「……んっ。あれ、星歌くん……!? ——星歌くんッ!!」


 目を覚ました留美奈は寝ぼけまなこで数秒の間、俺を見つめる。

 そして意識が覚醒した姿を確認するや否や、飛び付くように抱きついてきた。


「ちょ、留美奈!?」

「よかったっ。目が覚めたんだね……。もう、ずっと眠りっぱなしで……すっごく心配したよ……」


 その声は歓喜に震え、瞳は涙に濡れ、頬は高揚で紅潮し、口元には笑みが溢れていた。

 そんなに嬉しそうにされると——。

 温もりをもっと近くで感じたくて、細い体を強く抱き寄せる。


「はわわ……。こんなに近くにいたらドキドキしてるのバレちゃうよ……」


 口に出せば、バレバレなのに……。

 その事実に少ししてから気付いたのか、留美奈の顔はみるみる内に真っ赤に染まっていく。


 どうしてこんなにも愛おしいのだろう。

 今まで幼馴染として近くにいたはずなのに、彼女の魅力に気付けなかったのだろう。

 ……いや、気付いていたが一緒にいるのが当たり前すぎて見ようとしていなかっただけなのかもしれない。


『無能』と蔑まれ、焦り、悩み、苦しんでいる時、一番近くで常に支えてくれたのは彼女だったと言うのに……。


 思い返すと、ここ数年間の記憶の中には常に留美奈の姿があった。

 そのことに気付き、強烈極まる衝動に襲われる。

 きちんと告げてからにしよう……そう決めていたのに。

 もう——限界だった!


 彼女が瞬きをする間に、艶のあるプリっとした柔らかそうな唇へと顔を近付ける。


「……んっ!……」


 抱き寄せた留美奈の体はピクッと小さく反応するが、その後全身を委ねるように身を任せてきた。


 ほんのひと時、重ねるだけのキスだったが確かな温もりを感じれた。


「……わ、わ、わわ、私……はじめての……」

「俺も……はじめてだよ」


 高鳴る鼓動を抑えるため少し呼吸を整え、想いの丈を告げる。


「留美奈……あのさ。この先も一緒にいて欲しいんだ。これからは幼馴染としてじゃなく、大切な人として」

「えっ、それって……?」

「あぁ。俺と結婚を前提に付き合って欲しい」

「……ッ!! …………はいっ……」


 留美奈は小さく、ただ一言そう答える。

 嬉しさのあまり言葉が詰まったということは、彼女の幸せそうな表情を見れば分かった。


 人生初めてのプロポーズ。

 俺も赤面しているだろうが、気持ちを伝え、受け入れてくれた悦びをすぐにでも分かち合いたかった。

 その気持ちは留美奈も同じだったらしく、どちらからという事もなく再び顔を近付ける。


 今度はただ重ねるだけではなく、互いに唾液を交換し、絡め合う濃厚なキスだった。


「……ッ……ンッ……ハァ……んんッ!……」


 時々溢れる留美奈の甘い吐息と、部屋で響く唾液の音が二人の濃密な時間をより加速させていく。


 数秒……数分、いや数時間にも感じられる時間が過ぎて、俺たちはようやく少し離れる。


 息を上げ、未だ頬を紅く染め、虚ろにも目をとろんとさせている留美奈に向けて告げる。


「愛してるよ、留美奈」

「うんっ……私も星歌くんのこと愛してる。……だからこれからは守られるだけじゃなくて、隣に立てるように頑張るね」

「俺だって、どんな時でも絶対に留美奈を守れるようにもっと強くなるよ」

「えへへ……約束だね……」

「あぁ……約束だ……」


 互いに立てた誓いを確認し合うように、俺たちはもう一度口づけをかわした。



 ◇



 数日が過ぎ——。

 一連の出来事はあらゆる放送局が報道することとなり、日本だけでなく世界にも衝撃を与える事となった。


 S級プレイヤー豪炎寺 紅の逮捕と暴かれた数々の逸脱行為。

 国内大手ギルドである『煉獄の赤龍』の解散。



 そして——新たなS級プレイヤー " 天川 星歌 " の誕生。



 その報道に注目したのは一般人だけでない。

 今後肩を並べ共に戦うであろう、他のS級たちも揃って目にしていた。


 ——ライバル心を抱き戦いを望む者。

 ——毛嫌いし妬みを抱く者。

 ——その勇猛さに感激し、震撼する者。

 ——新たな仲間として歓迎する者。


 その反応は様々だったが、いずれにせよ二年ぶりとなる新たなS級プレイヤーの誕生は、日本情勢にも大きく影響して行くこととなる。



 ・・・・・・


 ・・・



「まさか、自分がテレビに映る日が来るとは思わなかったな……」


 撮られている時は緊張していたが、それでも堂々と受け応えをしている姿が、部屋に置かれたテレビに映し出されている。


 これで獅子王会長との約束の一つ目である『S級プレイヤーになる』は果たしたことになる。

 

 次は二つ目だ。

 でもその前に、今の課題点を克服し強くなっておきたかった。


【スマートスキル】を使い、新しくスキルを得ていけば簡単に強くなれる。

 でも豪炎寺との戦いではっきりと分かった。


 自らの戦闘技術も研磨しなければ、本物の実力者には敵わない。

 つまり……いずれ限界が来るということだ。

 それは対プレイヤーであっても、モンスターであっても変わらないだろう。


 おもむろにスマホをポケットから取り出し、頼れる人物に電話をかける。


 ——プルルルルッ。ピッ。


「あぁ、星歌くん。ちょうど連絡しようと思っていたんだよ。改めてS級おめでとう!」


 電話越しに祝福の言葉を告げる相手は、もちろん獅子王会長。

 交渉となると侮れない相手ではあるが、だからこそ有力者の中では最も信頼のおける相手であると確信していた。


「ありがとうございます」

「次は二つ目の約束だね……」


 豪炎寺との一件で『煉獄の赤龍』が解散になる事は大方予想が付いていた。


《催眠操作》や違法な洗脳で、無理やり加入させ続けられていたプレイヤーも少なくなかったからだ。

 今はまさに、他の大手ギルドが溢れた有力なプレイヤーたちを取り合う構図が生まれている。


 大手五大ギルドの内一つが消失した今、大きくパワーバランスが崩れようとしているのだ。


 そう、二つ目の交渉内容は——。


「——ええ。ちゃんと約束通り俺が新しいギルドを創設しますよ。五大ギルドの一角を担う勢力にしてみせます」

「若者の言葉は勢いだけだと思いがちだが……。何故かキミならやり遂げるだろうと思わせてくれるな。頼んだよ、星歌くん。いや、新たなギルドマスターよ」

「やめてくださいよ、会長。俺はギルドマスターじゃないですから。……それに一つお願いがあるんです」

「ん? よし、聞いてあげよう」


 俺は話した。

 自分の思いを……考えを……。

 獅子王会長の心に届くように……。

 強く訴えかけるように。


「強くなりたいか。今のキミはS級プレイヤーの中でも一、ニを争う実力者に違いないのに。更なる高みを目指すんだね。うむ、では良い人材を紹介しよう。S級プレイヤーの "黒山くろやま りょう" なんてどうかな?」


 ——黒山くろやまりょう

 世界にも名を轟かせている超有名プレイヤーだ。

 日本トップギルド『黒ノ聖剣』のギルドマスターで、確か二刀流の剣技を得意としており"剣帝"とも呼ばれている。

 彼に弟子入りを希望する者は数多いが、未だにその望みを叶えた者はいないという噂は有名な話だ。


「ぜひ、お願いします!」

「それでは、手配しておくよ。キミが強くなれば、私との三つ目の約束も確実になるだろうし。協力は惜しまないよ」

 

 かつて『無能』と呼ばれた俺が、国内屈指のS級プレイヤーからそこまで言ってもらえるとは……。


 獅子王会長との果たすべき三つ目の約束。

 そして、留美奈との誓いを守るためにも。


 俺はS級のその先へ——。

 ——遥か高みを目指してやる!

 

 そう新たな決意を胸に抱くのであった。





 第1章『無能』から『強者』へ成り上がり編 

【完】



 ———————————————————————



【第2章 日本防衛レイド戦編】へ続く!






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