10. S級対談

「討伐完了だな。さすがにちょっと時間かかったかな」


 でもまぁ、強力な宝具が二つも手に入った。

 効果は今しがた自分でも目にした通りで間違いなく一級品だ。

 思わぬ拾い物に笑みが溢れてしまう。


 一呼吸置いて、美月さんの元へ踵を返す。

 すると開かれた扉の周辺には何やら人集りが出来ていた。

 その中には強烈な風格の持ち主が二人ほど交ざっている。


 ダンジョンに参加しに来た後発プレイヤー?

 いや、この雰囲気は……。


「……S級プレイヤーか」


 明らかに存在の次元が他とは違う。

 同じS級である豪炎寺より放たれているオーラの量が凄まじい。


 先程の戦闘を見られていた可能性もあるため、警戒しながら美月さんの元までまで歩みを進める。


「星歌くん、おかえりなさい。本当にすごすぎるよ」

「ただいまです。美月さんも無事で何よりです。……で、この人たちは?」

「私の上司です。ダンジョンの異常が外部からも確認されたらしいので、急遽助けに来てくれたみたいです」


 すると待ち兼ねたのか、高身長でガタイの良いスーツの男性が一歩前に出てくる。

 癖のある茶色い長髪がまるでライオンを連想させるかのように印象的で、年齢は30代前半くらいだろうか。


「初めまして、天川 星歌くん。私はプレイヤー協会の会長を務めております獅子王ししおう 雄司ゆうじと申します。その反応はお気付きかもしれませんが、S級プレイヤーとしても活動しております」


 丁寧に挨拶を終えた獅子王会長は静かに握手を求めくる。

 表情を見るからに敵対心は無さそうなので、応じる事にする。


 がっしりとした手のひらに、堂々とした態度。

 まさしく歴戦の猛者の風格。

 しっかりと握らなければ、簡単に弾かれてしまうようなプレッシャーを感じる。


 まさかスキルを使ってるのか?

 念のために【検索】を使用しておく。


 ———————————————————————

[検索対象者の使用中スキルを表示します]

 ■《威圧》———————————————————————


 おっふ! めっちゃ使われてるじゃん。

 S級プレイヤーのスキルを目にする機会は早々ないので、もちろん【ダウンロード】しておく。


「……全く微動だにせず会長の手を握れるなんて。やっぱり天川さんがE級と言うのは間違いみたいですね」


 そう呟いたのは、獅子王会長の後ろに控える赤渕メガネをかけたスーツの女性。

 静かなのにどこか刺すように鋭い威圧感がある。

 間違いない……この人がもう一人のS級だ。


「唄くんの言う通りだな。あぁ、失礼。こちらの女性は私の秘書でしてね、鳳山とりやま うたと言います」


 獅子王会長の挨拶を受け、鳳山さんは俺に向けて一礼する。


「鳳山 唄です。良かったら、唄と呼んでください。私も会長と同じS級プレイヤーです。S級最強のバッファー……と言えば、少しくらい耳にしたことはあるでしょう?」


 " S級最強のバッファー "

 プレイヤーなら誰しもが聞いたことのある有名人だ。

 攻撃・防御・回復の三種類のバフを自在に使い分け、毒や呪いといった一部の状態異常の類いを解除する効果の歌を操る。

 その姿から『救世の歌姫』という二つ名でも呼ばれている。


「よく知ってますよ。これでもプレイヤーの端くれですから」

「ちゃんと知っていただけているようで、嬉しいです。ひとまず質問してもよろしいですか?」

「ええ、まぁ大丈夫ですけど……」


 改まった態度に重々しい雰囲気を感じ取り、少し遠慮がちに答える。


「先日の検定試験ですが、貴方は自分のスキルを一部しか申告せずに受験しましたね? 先程までいたモンスターとの戦いが何よりの証拠です。貴方はS級ですら足がすくむ状況で、それを圧倒する力を使ったんですから」

「……どの辺りから見てたんですか?」

「小型のゴブリンたちがまだ少し残っている時からです。どれだけの数を貴方が倒したのかは、そこに転がってる死体の数を見れば分かりますし。最後のボスへと一撃もしっかりと目にしておりますので」


 誤魔化せませんよ、とばかりにため息を吐かれる。

 確かにそこまで見られてしまっているのであれば、もはや隠しようがない。

 どうやら観念するしかないらしい。

 俺は俯きながら首を縦に振った。


「……本当に偽って試験を受けたの? どうしてそんなことを?」


 一緒に話を聞いていた美月さんが、不思議そうに俺のことを見つめる。


 本来のスキルを隠して検定試験を受けることは、罪に問われる内容ではない。

 ただランクを少しでも高く評価されたくて不正を行う者が多い中、わざわざ低く見せるなんてことは誰もしない。

 つまり会長と唄さんはその理由が知りたいと言うことなのだろう。


 ただ真実を話すべきか悩ましい。

 確かに何の交渉もない状態で、馬鹿の一つ覚えで『煉獄の赤龍』へ攻撃を仕掛ければ協会にプレイヤー資格を剥奪されかねない。

 プレイヤー資格の授与と剥奪の権利を持っているプレイヤー協会会長なので、獅子王会長の匙加減で決まるだろう。

 もちろん俺だけでなく、規定外にギルドへの脱退行為をしたとして留美奈にも同じ処分が下される可能性がある。


 その強力すぎる権利故に、協会側はギルド間抗争やプレイヤー同士の争いには、絶対的に中立な立場で手は出せないことになっている。


 留美奈を救った後にも、堂々とプレイヤー活動を続けるなら獅子王会長にネゴっておくのも大事かもしれない。

 彼と直接知り合える機会も、滅多にないことだしな。


 考えをまとめた俺は、ゆっくりと口を開く。


「獅子王会長にお話しておきたいことがあります」

「うむ? その話は長くなりそうですね。ずっとダンジョン内で立ちっぱなしもなんですし、協会本部の私の部屋まで行きましょう」


 満面の笑みを浮かべながら、会長は俺たちを連れて協会本部へと移動することにした。



 ◇



 会長の部屋には、高級そうなアンティークの家具が置かれていた。

 年季の入ったウッドの机に、低反発かつ牛革を使用したワインレッドのソファーに恐る恐る腰掛ける。


「さて、それでは話してもらいましょうか。部屋は完全防音になってますので、盗聴の心配はありませんよ」


 S級の獅子王会長と唄さん、そしてE級の俺という異様な組み合わせの中、俺は真実を語った。


 漆黒の双竜が出現したダンジョンでの出来事。

 豪炎寺が留美奈のスキル目的に俺を突き飛ばしたこと。

 その結果、留美奈が恐らく『煉獄の赤龍』に加入させられていること。

 それは彼女の意志に反している可能性があること。

 そして、E級という弱者の立場でS級である豪炎寺を倒そうと考えていたことも。


 懸命に説明したため、喉がカラカラになる。

 それでもようやく全てを曝け出せて、心の中ではどこかスッキリとした気分だった。


 協会が中立な立場である以上、救助はしてもらえないだろう。

 そう分かっていても、少しばかり期待してしまう。

 S級の二人が加わってくれれば、とても心強いのに……。


「よく分かりました。実はですね、豪炎寺プレイヤーに逸脱行為があることは今に始まったことではないんですよ。S級プレイヤーは、存在するだけで価値があります。つまりS級を処罰に追い込むことは非常に難しいんです」


 獅子王会長の言葉が、深く心に突き刺さる。

 だからと言って、あんなゲスに留美奈を好きなように使われることを許せるはずがない。


「まぁ、肩を落とさないでください。我々は貴方がこれから先『煉獄の赤龍』へ行うであろう行為の全てに目をつむりましょう。留美奈さんへの処遇に関してもです。ただ殺人沙汰は勘弁してくださいね。どうです? ……これが貴方の欲しかった答えでしょう?」


 まさしく俺が最低限欲しかった言葉だ。

 これで俺も留美奈もプレイヤーを辞めさせられることはないだろう。


「ありがとうござ——」


 感謝の気持ちを伝える最中、獅子王会長に遮られる。

 俺は少し甘く考えていた。

 若くして協会の会長まで上り詰めている人が、ただのお人好しな訳がない。


「ただし、条件があります」

「条件……ですか?」

「ことが無事に済んだ後で構いません。検定試験を再試験してください。今度はきちんと持っているスキルをフルに使用してですよ。そこで貴方を正式に、日本で十人目のS級プレイヤーに任命します」

「えぇ!?」


 獅子王会長の意外すぎる提案は、しばらく俺の耳の中でこだまし続けた。



 ———————————————————————

【NEW獲得スキル】

《威圧》⇒《殺気》


 ■《殺気》

 ⇒その名の通り、殺気を放ち相手を怯えさせることが可能。広範囲に撒き散らすことができたり、特定の相手にのみ放つこともできる。———————————————————————

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