07. ゴブリンたちの宴

 ゴブリンバーサーカーはB級プレイヤーと同戦力と言われている。

 つまり今、目の前にいる一体に立ち向かえるのはただ一人。


「そう! 俺様だけってことだよ。ゴブリン如き俺様が容易く屠ってやるよぉ」


 鬼山田は勇ましく啖呵を切ると、大きな斧でゴブリンバーサーカーの左腕をぶった斬る。


「グァァァァァァァァァ!」

「弱ぇ弱ぇぇ! 弱すぎるぜぇ!」


 両手斧の扱いと破壊力に関しては、さすがの一言に尽きる。期待の新人と呼ばれるのも納得だ。

 ただ、その余裕が驕りとなり大きな隙に繋がる。


 ゴブリンバーサーカーは、血を流しながらもすぐさま反撃に出る。

 怒り任せの猛攻で右拳を何度も何度も、しつこいくらいにパンチを続けている。


「なっ、中々……やるじゃねぇか……。俺様が防戦に追い込まれただと?」


 鬼山田は攻撃から身を守るため、斧を地面に突き立て必死にガードを行う。

 そうなるとさすがに頑丈な斧でも、盾ではないため限界が来る。

 亀裂が走り……やがて大きな音を立てて砕けてしまった。


 このチャンスを逃すまいとゴブリンバーサーカーは一層拳に力をこめる。

 誰の目からも、鬼山田がぶっ飛ばされる未来が想像できた。

 でも、実際に身体を大きくのけ反らせて床に倒れたのは——ゴブリンバーサーカーだった!


 鬼山田の不意をついたパンチで、ゴブリンバーサーカーが尻餅を付いたのだ。


「俺様の取り柄が斧だけだと思うなよ。拳もできる男なんだよ!」


 鬼山田が拳に関するスキルを持っていることは、実は知っていた。

 ネットニュースや協会の公式ページにも公開されていた情報だったからだ。

 ——だからこそ俺は、この時を待っていた!!


 すぐさまスキル【検索】と【ダウンロード】を使用する。


 ———————————————————————

【検索対象者使用中スキル】

 ■《武闘拳術》

 ⇒3分間有効。達人クラスのパンチとキックが繰り出せる。———————————————————————



 俺の使用スキルに《武闘拳術》が追加される。

 もちろんこれだけで終わらない。

【アップデート】まできちんとしておく。


 ———————————————————————

[新しくオリジナルスキルを獲得しました]

 ■《極滅天武術》

 ⇒装備がない場合に常時発動。圧倒的なまでの破壊力を秘めた拳と蹴りを繰り出せる。力の込め具合で威力が変化する。———————————————————————



 想像以上の化けっぷりに、思わず口角が上がる。

 これで俺は頭のおかしいパッシブスキルを三つも手にしたことになる。


 達人を超える神業で剣や刀の扱いが可能となる《神域刀剣術》。


 音すら立てない華麗な動きと常人を超えた反応速度を発揮する《幻影暗殺術》。


 そして武器が無くても圧倒的すぎるパワーで全てを粉砕する《極滅天武術》。


 後は実戦の場でも【ダウンロード】と【アップデート】を駆使すれば、豪炎寺とも渡り合えそうだ。

 まぁ、その前にこのダンジョンから無事に帰らなきゃだけど。


 尻餅を付いたゴブリンバーサーカーに、鬼山田が追い討ちをかける。

 この勝負は彼の勝ちだろう。


 そう思ったが、奴らがそんな簡単に降参してくれる訳もない。

 遠距離からゴブリンアーチャーの矢が放たれ、鬼山田の身体を貫く。


「……ッ!? ガハッ……きた……ねぇぞ……」

「誰ガ一対一ト決メタンダ?」


 ゴブリンキングはにやけ面でそう話す。

 致命傷ではないはずだが、何故かゴブリンサイドでは大喝采が起こっていた。


 すぐに起き上がり、反撃に転ずるかと思われたが鬼山田は横たわったままだ。

 顔色が真っ青に変化し始め、泡を吐いて身体をピクピクと痙攣させていた。


 恐らく矢じりに神経毒が塗られていたのだろう。

 ゴブリンどもが喜びの声を上げていたのは、矢を当てた時点で戦闘不能に追い詰めることができたと確信があったからだった。


「ギシシシッ。一番強ソウナ奴ハ居ナクナッタ。後ハ、ゴミ共ダケダナ。ヤッテシマエ!」


 ゴブリン達がジリジリと攻め寄ってくる。

 さすがに実力を隠し通している場合ではない。


 そう思い、座り込む湖上さんの前に出ようとすると、彼女はフラフラと立ち上がった。


「鬼山田さんを連れて、逃げてください。私が……ここで食い止めます」

 腰に装備した魔法銃に手を伸ばすも、その手はあからさまに震えている。

 たまらなく怖くて、本当なら動くことすらままならないはずだ。

 それでも彼女は立ち向かおうとしている。


「湖上さん……どうして?」

「無能の星歌くん……。あなたがそう馬鹿にされているのを、ずっと協会で受付窓口の研修をしていた時から聞いていたんです。勝手かもしれないですけど、そう呼ばれていて私すっごく悔しかったんですよ。それでも諦めずにスタミナと筋力、そして経験を積むために毎日のように荷物持ちとしてダンジョンに篭り続ける姿を見て、心から凄いなぁって思ってたんです。そんなあなたが、やっと……やっとの想いでスキルを開花させることが出来たんですよ? だから天川さ——星歌くんには未来を諦めて欲しくないんです。なので——」



 "——なので、星歌くんは生きてください。"



 湖上さんは最後まで話さなかったが、彼女がチラリと見せた寂しそうな笑顔と、瞳から零れ落ちた一筋の雫がその言葉を連想させた。


 最も尊敬していた豪炎寺に裏切られてから、幼馴染の留美奈を除いて俺を見てくれている人はいないと思っていた。

 いつも向けられるのは冷たい視線、浴びせられるのは心無い言葉だけなのだと。


 でも湖上さん——いや、美月さんは違ったのだ。

 彼女は俺のことを心から応援してくれていた。

 世間の噂なんてものを気にすることなく、本当の意味で見てくれていたのだ。


「……一つだけお願いがあります。私には星歌くんと歳の近い妹がいるんです。だから、妹に伝えてください。"ごめんね"と"愛してるよ"って」


 そう話し終えると、決心を付けるためか頬をピシャッと叩き手の震えを止めた。


「よしっ。……行ってください! 鬼山田さんのこと、よろしくお願いしますね」


 何とか魔法銃を手にして、重たい足取りで一歩一歩と前に進んで行く。


「魔法銃ノ女。ソノ勇気ダケハ認メテヤロウ。ダガ、オマエハ弱者ダ。レッ!」


 ゴブリンキングの言葉に合わせるように、ゴブリンアーチャーが弓を引く。

 すかさず、目に見えぬ速度で矢が放たれた。


 俺は少しだけ後悔した。

 皆が豪炎寺と同じだと、勝手に決め付けるんじゃなかったと。

 ランクがバレないように潜めておこうなんて考えるんじゃなかったと。



 ——何が何でも美月さんを守り抜く!



 矢が彼女を貫くよりも速く、俺は『ミスリルナイフ・改』を【クラウド】から引っ張り出す。

 そしてすかさず俊敏に移動し、音速にも等しい矢を真っ二つにぶった斬った。


「……えっ!? 星歌、くん?」


 驚いた声を上げる美月さん。

 でも驚いたのは彼女だけではない。

 声こそ上げなかったが、ゴブリンキングは目の前で起きた事が信じられないといった様子だった。


 ——ヒュンヒュンヒュンヒュン!


 少し遊ぶかのように両手で巧みにナイフを回し、力強く握り直す。


「俺が美月さんを守ります。ここにいるゴブリンどもは俺が全て葬ってくるんで、ゆっくり休んでてください」


 その言葉で緊張が解けたのか、美月さんはストンッとその場に座り込む。

 やはりだいぶ無理をしていたらしい。


「フハ……フハハハハッ! 面白イ! 我ラノ数ハ、三百四十二。コノ一大国家ニ匹敵スル数ヲ、貴様ノヨウナ、ガキガ一人デ歯向カウカ!」

「歯向かう? いや、違うな。聞こえなかったのか? お前たちを全員葬るって言ったんだ」

「ブッハッ。アーチャー達ノ矢ハ音速ニ匹敵スル! 六十本ノ音速ノ矢デ、貴様ヲ射抜イテヤル!」


 ゴブリンキングが話し終えると、待っていましたと言わんばかりに六十体のゴブリンアーチャーから一斉に矢が放たれる。

 瞳にすら映らない、速すぎる音速の矢が……。


 「……遅い!」


 俺は『ミスリルナイフ・改』で全ての矢を薙ぎ払った。

 

「馬鹿ナッ!? アリ得ナイッ!」


 目を見開き、ワナワナと震えを抑えきれないゴブリンキング。

 ここに来てようやく、俺から恐怖を感じ取ったらしい。


「音速だろうが、何だろうが見えていれば問題ない。それに、音速の矢が相手ならこっちは光速でナイフを動かせば制圧も簡単に出来るってわけだ。さてと……来いよ、ゴブリンども。お前らの一大国家とやらは今日限りの儚い夢物語にしてやるよ」


 挑発するように手のひらをクイッと動かす。

 その姿を見たゴブリン達は、まるで化け物を見るかのような目で後ろへと下がっていった。




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