第97話 胸は痛むが手は抜けん


「──23.33.43.53.143、結解!」


 数がどうとかいうらしい魔術を発動し、ハトア・アイスバーンの放った土の濁流に対抗するアトナリア先生。物量に押されて後方……学生寮の近くまで吹き飛ばされた彼女を、吹き飛ばした張本人であるハトア・アイスバーンが追いかけて行った。これも恐らく何かの魔術なのか、馬鹿みたいなスピードで。私やレヴィアには目もくれず。


「やれやれ。何のかんの言っても先生にご執心のようですね、アイツ」


 アリサさんがオーバーリアクションに肩を竦めているということは、先生は無事なんだろう。私達には付いていけないような戦闘の中にあっても。


「……すまん。サポートをと言われたが、正直まともに介入できる気がしない」


「んなこたぁ織り込み済みですよ。お前達はまだぴよぴよのひよっこですからね」


 振り返った先では魔術同士の衝突であろう爆発や衝撃が何度も起こり、何辺かに一辺あわや寮の外壁が吹き飛びかける……といったような激しい戦闘が繰り広げられている。恐らく先生が、屋内にいるかもしれない生徒達を守るために奮闘しているんだろう。


「心配ご無用。このワタシがばっちり百人力で先生を支えて差し上げますよぉっ」


 右手にナイフ、左手に注入器の構えで、アリサさんが腰を落とした。一足に駆け出す……その前に一度、私とレヴィアへ目を向けてくる。


「と、言うわけでお前達は、あと四人いるらしい雑兵共を無力化して下さい。待つも探すも任せますが、流石にそれくらいの仕事はして貰います」


「……はいっ……」


 先ほど接触した感じ、囲まれなければ私とレヴィアでも倒せる。二対二までなら勝てる。せめて、最低限の役割くらいは果たさなくちゃ。そう意気込んで頷けば、アリサさんはすぐに視線を学生寮の方へと戻した。ここまでの騒ぎを聞きつけたんだろう、何人かの生徒が建物の出入口から飛び出してきて──ハトア・アイスバーンのものであろう魔術が危うく直撃しかけ、すんでのところで白い魔術壁に守られる。


「いざとなったら“助けて下さいお願いします”とでも叫べば、まあフォローはしてやります。叫ぶ間もなく死ぬ、みたいな無様だけは避けて下さいよ」


「ああ、すまない」


 流石のレヴィアも噛み付いたりなんかできずに頷くだけ。それを聞いたかどうかも定かではなく、次の瞬間には、アリサさんの姿はその場から失せていた。恐らく魔術による高速移動、だけど彼女の場合、その動き出しが認識できない。気付いたらもういなくなっているくらい。

 今ももう、腰を抜かしてへたり込んでいる寮生達の背後にその姿はあって、順番に彼らの首筋に注入器を当てていた。とりあえず、居合わせた無関係者は全員寝かせるつもりらしい。関係者も無力化、昏倒させる訳だから、実質全員寝かせるとも言える。


「……さてと。わたしとしてはあまり動き回らずに、一応はアトナリア先生たちの様子を窺いつつ立ち回るのが良いと思うのだが」


「……そうだね……」


 ほとんど手助けにならないとはいえ、一応、私達の役割はサポート。ならば、なるべく戦況を視界に入れておくに越したことはないと思う。もしも先生たちの方に雑兵共が向かって行った場合、それを抑えるためにも。

 ……とはいえ、この広場は開け過ぎていて、敵がどこから来たってその視界に入ってしまう。こちらからも見付けやすいと言えば、そうだけれど……ひとまずどこか目立たない物陰にでも──と辺りを見回したところで、その人影を見付けてしまった。


「……あれ、は……」


 “遅かったか”と“この人までも”という二つの思いが、私の足を一瞬、その場に縫い止めてしまう。


「……五人……!?一人増えてるぞっ……!」


 レヴィアの言う通り、敵は想定よりも頭数が増えていた。うち四人は最初に遭遇した奴らと同じ、意思を感じさせない虚ろな表情。研究員らしき白衣の男が二人と、女生徒が一人、見知った女性教師が一人。そして彼らの前を歩く五人目は、これまたよく知る教師、いや教官。女性教師の夫。


「……マッケンリー、教官っ……」


「……今の俺に、その呼び名は相応しくないな」


 自虐的な表情がよく見える位置まで近づいてきながらも、即座に襲いかかってくることはないマッケンリー教官。ヴェルナ教官を含めた四人もその背後で、まるで命令を待っているかのようにただ佇んでいる。


「面識のある相手か?」


「……『剣術実技』の教官……後ろの一人は、『格闘術実技』の……」


「……ああ、夫婦の」


 レヴィアの言葉に反応して、マッケンリー教官が肩をすくめる。同時にちらりと後ろへ向けられた表情は、とても辛そうに見えた。


「情けない事に、夫婦揃って──っ──……ああくそ、喋れないか」


 何か喉につっかえたように、言葉が途切れ途切れな教官。その不自然な言動も、ここまでに得られた情報をつなぎ合わせれば、ぼんやりと理由が推測できた。ハトア・アイスバーンによる、カミの片鱗と合わせた何か特殊な処置。それによって、少なくともヴェルナ教官は自意識を失い、マッケンリー教官も一定の従属を強いられている可能性が高い。


「……教官……」


「すまないが俺は、教え子よりも妻を取る。自らの不甲斐なさが招いたこの状況、胸は痛むが手は抜けん」


 そう言って懐から取り出した片鱗を掲げ、握り砕いて見せる教官。筋骨隆々な肉体を震わせながら剣を抜くその姿に、ようやく私も構えを取る。不意打ちもせず、こうして正面から仕掛けてきたのは、もしかしたら罪悪感の表れなのかもしれないけれど……なんにせよ。


「五対二か……上司に泣き付く準備をしておいた方が良いかもしれんな……!」


「……そう、かもね……!」


 額や背中から冷や汗が吹き出るのを、止めることはできなかった。

 

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