第40話 停滞
「――では事前の通達通り、本日は中間時点での小テストを行います」
え、聞いてない。アトナリア先生、聞いてないよ。
「言ってましたよ」
言ってたらしい。なんてこった。
……まあでも、アーシャが何も言ってないってことは、できなくても特に問題は無いやつなんだろう。
「これはここまでの講義の復習であると同時に、来月の修了考査のリハーサルのようなものでもあります。成績への影響はそこまで大きくありませんが――」
ほらやっぱり。つまり来月頑張れば良いってことだよね、うん。
テストの説明をするアトナリア先生は度々こっちを見ていたから、多分わたしが覚えてないことまで想定済みで再度話してくれてるんだろう。さすが先生、感謝感謝。
あれやらこれやら注意事項を聞かされたあと、生徒はみんな、不正防止の為に席を離して座らされる。アーシャの眉間にちょっと皴が寄ってたから、あとで宥めておかないと。
「……全員に行き渡りましたね。では、始め」
先生の号令と共に、教室中から一斉に紙を捲る音がする。わたしも一拍遅れて『魔術座学基礎中間試験』と書かれた表紙をぺらり。問題用紙は一枚だけで、問いもただ一問。思ったより楽そうだなぁって、ちょっと気分良く目を通してみる。
〈魔術基本三型、詠唱型、刻印型、動作型それぞれの定義及び概容、また実例を交えた魔術発動までのプロセスを――〉
うん、これ無理。
最後まで読まずとも、答えが私の頭の中に入っていないってことは良く分かった。
諦めよう。イノリ局長(予定)の今後の活躍にご期待ください。
てわけで早々に暇を持て余したわたしは、ペンを一切動かさず、頬杖をついて用紙を眺める。何となくアトナリア先生の視線を感じるような気もするけど、りはーさるとはいえ試験中に声をかけてくるようなことはしないはず。
試験中という状況そのものが、わたしをお説教から守る強固な結界となるのだ。勝ったながはは。
とかなんとか考えながら、一応はまだ握ったままのペンを人差し指でとんとん叩く。
しかしまあ『魔術座学基礎』ももう中間地点と考えると、案外時間が経つのも早く感じる。基礎座学系は短い期間で終わるものが多くて、この講義だって来月末辺りから始まる夏季休暇とやらの前に修了になる。その時に習熟度合いを確かめる試験を受けて、基準を越えてれば合格、と。
まあ正直わたしは、受かろうが落ちようがどっちだって良いんだけど。むしろカミの動向が全く掴めない今、長期的な『学院』潜入の可能性を鑑みて、卒業要項を満たさないように立ち回るべきなのでは?
つまりわたしの座学成績が悪いのも、全てはお上からの指令の為。わたしは悪くない。
……ごめんなさい。成績が悪いのはわたしが怠惰だからです。だからアトナリア先生、そんなに睨まないで下さい。今のわたしには、指でペンをつんつんするくらいしかできないんです……
握る手の力も緩んじゃってたのか、つついたペンが指から飛び出しそうになる。危なく持ち直して、でもやっぱりほかにやることもないもんで、握った右手の人差し指でペンの尻をぺちぺち。
お上からの指令だって、本当はさくっと終わらせて帰りたいところなんだけど。一方で、毎日成果の出ない探索に精を出すのもそれはそれでしんどい。いや、やってないわけじゃないんだけどね。まあ虚しいよね、何も得るものがないって。
『マニ×レヴィア』騒動からしばらく、それらしい事件や騒ぎも全く起こっていないし、ちょっと手詰まり感があるのも事実だ。
一応、この『学院』の騒動が人為的なものである可能性が――度し難いことに――高まっているわけで。そうなるとこちらには、人為を探るに相応しい人員がいることにはいるんだけど……はたして彼女を信用して良いものか。
最近の目下の悩みはむしろこっちだ。
お上からすら情報を抜き取れたアリサさんが本気を出せば、関わっている誰かしらの一人や二人くらい見つけてくれる可能性はある。人の意思が関与してるかもって話はしてあるから、アリサさん自身も同じことを考えているんじゃないかとは思う。
それでも彼女が自分から率先して動かないのは……信じることを求められているのか。或いはやっぱり、何か裏があるのか。
血族的にもわたし個人的にも、こんな騒動はさっさと収束させて、カミを祓って差し上げたい気持ちは大いにある。でも選択を誤れば、アリサさんが敵であったなら、とんでもない虫を身中に招き入れることになってしまう……気がする。
わたしとアーシャ(とついでにマニさんとレヴィアさん)だけの力で真相を暴けたら、それに越したことはないんだけどねぇ……山育ちの常識知らず二人に、幼馴染にしか目が行ってない人に、大罪人。駄目そう。
取り合えず目下の指針としては、次に
えっと、親指と中指で持って、人差し指でお尻の方を弾いて……うわ、落としそう。薬指を添えると……?……おおっ、回った回った。ちょっと面白い、テスト終わったらアーシャに見せよう。
思いがけずいい暇つぶしを見つけてしまったわたしは、そのまま試験時間いっぱいペンをくるくる回して遊んでいた。なんかあれだね、小さい頃やってた小石とか毬とかを使った手慰みに似てるね。これは集落に持ち帰ったら流行るんじゃないだろうか。あそこ、ペンがほとんどないのが難点だけど。
◆ ◆ ◆
「――はい、時間です。皆さんペンを置き、後ろから用紙を回収して下さい」
アトナリア先生の号令がかかるまでペンを回す技量を磨き続けたわたしは、試験が終わるや否やすぐにアーシャの所へ……駆け寄ろうとしたらもう隣にいた。
「お疲れ、イノリ」
「お疲れさまー。ねぇ見て見て、ペンをこうやって――」
「――イノリさん」
「あっ」
アトナリア先生。流石に、試験終わって一直線にわたしにところに来るのはどうかと思いますけど。なんて、言える雰囲気じゃなかった。
「……いえ、今は何も言いません。今はね」
でも先生は、それだけ囁いて。もの凄く意味深な雰囲気を漂わせつつ、すぐに踵を返して教室から出ていった。
「……で、ペンがどうかしたの?」
アーシャは既に興味なさげで、わたしに続きを催促する。
アリサさんだけが、見えなくなった背中を追うように、視線を扉の方へ向けている。
「……ほんっと、駄目な子ほど可愛がりたがる先生ですねぇ」
ぽつりとこぼした言葉はまるで、今後わたしに降りかかるあれやらこれやらを予言しているみたいだった。
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