独身男と座敷童子

FUKUSUKE

第1話 邂逅

 半年ほど前、両親が相次いでがんで亡くなった。

 二人ともヘビースモーカーだったこともあり、ずっと変な咳をしていたから心配していたのだが、気付いた頃にはもう手遅れだった。

 共に暮らした家の柱や壁、天井、床に染みついたタバコのヤニを見て、止めさせれば良かっただとか、早く病院に連れていけば良かっただとか……沈んだ心には後悔ばかりが浮かびあがってきた。

 もしこの家に住み続けるなら俺は間違いなく心を病んでしまうだろう。

 そう思った俺は生まれ育った家を手放すことにした。


 同時に仕事もやめた。

 両親の遺産を整理すると死ぬまで遊んで暮らせそうな金になったし、会社が早期退職者を募集していたこともあって、割増の退職金を受け取ることができたからだ。

 どうせあと十年を待たずに役職定年になって給料はガクンと減る。下手すれば邪魔者扱いされるのだから、これを機に退職した方がすっきりしていい。

 こんな判断ができるのも俺が未婚で、子どもがいないからだ。独身貴族といえば格好いいが、彼女いない歴イコール生きてきた年月ってことなだけだ。

 今から相手を探して結婚し、子どもができたとして、その子が大学を卒業する頃にはもう俺は退職金と年金で暮らす生活をする年齢になっている。生まれてくる子を責任持って育て上げる自信がない。だから、結婚などする気は失せた。


 社会人になって仕事に忙殺される中、俺はどこかで田舎暮らしに憧れていた。土に塗れて働きたいというと言いすぎだ。家の前の庭で家庭菜園でもやって、自分で作った採れたての野菜に噛り付いたりするくらいでいい。あとは好きなことをやって、好きな風に朽ちていけばいい。


 不動産屋に紹介された数軒の古民家を内見したが、ほとんどが部屋数が多すぎて俺には維持できそうにない家ばかりだった。

 だが、最後に寄った古民家は築百年以上。三十年間、誰も住んでいなかったというのに妙に小綺麗な家だった。

 俺はその家を購入することに決め、キッチン、風呂場、トイレ等の水回りや、電気の配線回りを改装してから引っ越すことにした。


     ❇︎


 引っ越し業者が去り、俺は誰もいない大きな居間にある一人掛けのソファーに座った。


 他に置いてあるのは五十インチサイズのディスプレイと、高性能なパソコンが一台、二人掛けのソファーが一つ。

 十畳くらいある部屋だというのにとても殺風景だ。


「……あなたが新しい家主?」

「ああ、そのとおりって!?」


 突然背後から問いかけられ、思わず返事をしてしまった。

 慌てて強引に姿勢を変えてソファーの後ろへと首を向けた。


 そこに立っていたのは身長百四十センチほどの少女。黒い髪はおかっぱに切りそろえられていて、透き通るような白い肌をしている。頬が赤くて少し垢抜けないが、顔立ちは美少女そのものだ。あと十年ほどすれば更に美人になるだろう。

 少女が着ている赤い振袖には手毬や花の模様が刺繍されていて、とても裕福な家の子どもにみえた。


「まさかとは思っていたが……」


 呆気にとられ、俺は小さく呟いた。

 この家は遺産として受け継いだ元の所有者が近所の人にお願いして定期的に手入れをして貰っていた――と不動差屋から聞いていたが、三十余年も放置されていたというのにとても小奇麗だった。


「ざ、座敷童子さんかい?」


 突然のことに俺が焦りを隠せずに訊ねると、少女は大仰に頷いてみせた。

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