15. 観光名所をアピールします 後編
食後の運動に白鳥の足こぎボートに乗り込み、シャーリィはアークロイドとともにせっせとペダルを漕いでいた。ちなみに、ルースは乗員オーバーのため、桟橋で待機中である。
「これは……見た目より意外と大変なのだな」
「私も久しぶりに乗りましたが、あまり長くはできそうにありません……」
「疲れたのなら休んでいいぞ」
「で、ですが……アークロイド様にばかり頼るわけには」
ここはシャーリィが頑張るところだ。しかし、すでに足がつりそうなのも事実。表情を暗くさせると、アークロイドが肩に手を置いた。
「回復したら、交代というのはどうだ? それまで、ハンドルさばきは任せる」
「……ぐるりと一周するので構いませんか?」
「ああ、それでいい」
役割分担を終え、シャーリィはハンドルを握った。しかし、思ったコースに行けず、何度も岸辺にぶつかってしまう。
「もう、そっちじゃないのに!」
「…………」
「え、あれ、どうして反対側に行っちゃうの!?」
「…………」
「というか、アークロイド様! さっきから横で笑っているの、ちゃんとわかっているんですからね!」
抗議の声を上げると、アークロイドは目尻にたまった涙をぬぐった。
「ふっ……いや、お前が面白いのがいけないんだ。全然前に進めていないだろう」
「む、難しいんですよ。方向転換するの!」
「もう見ていられない。変わってくれ」
おとなしくハンドルを譲ると、すーっと前に白鳥が進んでいく。さっきまでのジグザグ走行は何だったのかというほど、華麗なハンドルさばきだ。減速のタイミングもちょうどいいのだろう。
(むむむ、これは敵わないわ……)
負けを認めるしかない。完敗だ。横でいい眺めを堪能してもらうはずが、これでは作戦失敗である。誠に不本意ながら、操縦を代わってもらってからは安定した運航になっている。
「アークロイド様は器用ですね」
「まあ、今までそんなに苦労したことはないな」
「そんな台詞を吐けるなんて、うらやましい限りです。自分がみじめになってきました」
「……そんな顔をするな。ここへ連れてきてくれたのはシャーリィだろう? ボートで湖を一周するなんて経験、俺は生まれて初めてだ。風が気持ちいいな」
風の手が伸びて、湖面が波立つ。驚いたのか、魚がぴょこんと飛び跳ねた。
「アークロイド様、魚ですよ!」
「ああ。きれいな鱗をしていたな……この地域に棲んでいる魚か?」
「見たことがある魚なんで、たぶんそうでしょう。名前は忘れましたが……」
確か長ったらしい名前だったのは、うっすらと記憶している。おそらく観光課の資料室に行けば、名前はわかるだろう。
(クラウス長官やテオなら、すらすらと名前が出てくるのでしょうね)
すでに諦めたシャーリィの横顔を見て、アークロイドが肩をすくめた。
「食べられたらそれで満足する口ぶりだな……」
「……なんでわかっちゃうんですか?」
「さあ。そんな気がしただけだ。図星だったようだな」
「…………アークロイド様が意地悪です」
軽く拗ねてみせると、頭をぽんぽんと撫でられた。子ども扱いされている気がする。
「そろそろルースがしびれを切らしている頃だろう。戻るとするぞ。シャーリィも手伝ってくれるか?」
「も、もちろんです。というか、私ができることってそのぐらいですし……」
「陸に上がったら、今度は穴場に案内してくれ」
その提案がシャーリィを気遣ったものであることは、わざわざ聞かなくてもわかった。
*
ルースに手を引かれ、アークロイドと一緒に岸に上がった後。
シャーリィは遊歩道から少し道をそれて、滝の上に行く坂道を上っていった。水しぶきの音がどんどん近づいてくる。
「……どこまで行くんだ?」
「もう少しですよ。この坂を上ったところが絶景ポイントなんです」
坂の先には視界が開けていて、ちょうど滝が見下ろせる位置だ。
ザァァッという豪快な水の音とともに、滝壺へと流れ込んでいる。高さは五メートルほど。苔むした岩肌がのぞき、その滝の周囲にはきらきらと輝く水晶が連なっている。
「どうです? 見るも圧巻な、水晶の滝です」
「……言葉が出てこないな。こんなに幻想的な光景があるとは思っていなかった」
感心したような響きに、シャーリィの自尊心も満足した。
「本来はあの遊歩道から見上げる形なのですが、今日は貸し切りなので、特別にご案内いたしました。いつもはこちらは立ち入り禁止なんですよ」
「しかし、虹色に輝く水晶がこれほど揃っているとは……。ここは昔からこうなのか?」
真下を見下ろしながら、アークロイドが興味深そうに周囲を見ている。その後ろで、ルースが主が落ちないか、ハラハラした様子で見守っていた。
「昔はここは普通の滝だったそうです。水晶ができたのは魔木の影響だと考えられています。長い年月をかけて作られるものが、潤沢な魔力によって結晶化したのではないかと」
「なるほど、魔木の影響か」
「魔木のせいで他の植物は育たなくなってしまいましたが、このように副産物もあります」
「……ふむ。今度は下からの眺めも見てみたい」
「承知しました。帰りは下り坂ですから、足元にご注意ください」
来た道を戻り、正規のルートで水晶の滝の前までやって来る。
高低差のある滝は幾筋にも分かれた細い流れが多くでき、すだれ状に流れ落ちている。滝壺を囲むようにして水晶がそびえ立ち、水しぶきを浴びた水晶がきらきらと輝く。
先ほど立っていた崖の上は、地上からではよく見えない。
「やはり、滝の上からの眺めとは違うな。ルースもこういう景色を見ると、描きたくなるんじゃないのか?」
「……ルース様は絵を描かれるのですか?」
アークロイドとシャーリィの問いかけに、後ろで控えていたルースが気まずそうに眉を下げた。
「ええ、まあ……。今回は護衛が任務ですので、目に焼き付けておきます」
「いつか私にも見せてくださいね!」
「……期待に添えるものかはわからないが……それでもいいのなら」
「楽しみにしていますね」
微笑むと、わずかに目を泳がせてルースがたじろぐ。いつもはまったく表情が動かないのに、珍しい変化だ。
「次は水飲み場に行きましょうか。冷たくて美味しいですよ」
「ああ、よろしく頼む」
遊歩道に戻り、木の標識が置かれた分かれ道を北に進む。黒い木の間を通り抜けると、しばらくして川辺に出た。飛び石を飛び越えて、向こう岸へと移る。
山の斜面は半円形に切り取られ、その中央には竹の筒が紐で固定されている。筒からは清らかな水が絶え間なく流れ落ちており、シャーリィはその近くで腰を屈む。
両手を重ね合わせて水を汲んで、ぐっと飲み干す。ポシェットからハンカチを取り出し、アークロイドに場所を譲った。
「どうです? 一口、飲んでみませんか?」
手と口元を拭きながら言うと、アークロイドはルースと目配せをして、すっと前に出た。シャーリィと同じ要領で水を飲み、ルースが差し出したタオルで口元をぬぐう。
「なるほど、これは飲みやすいな……」
「でしょう? 病に効くかどうかはわかりませんが、癖がなくて飲みやすいんです」
「この水は料理にも使っているのか?」
「ええ、そうですよ。よくおわかりになりましたね」
「食後のコーヒーはいつもと違っていたからな。豆が違うのかと思ったが、水が違っていたのだな」
タオルをルースに返しながら、アークロイドが感心したように頷く。
(料理に使っているのは知っていたけど、コーヒーの味が違うことはわからなかったわ。ミルクを入れる前に一口飲んでいたのは、味を確かめるためだったのね……)
頭上で、烏の鳴き声とともにバサバサッと羽根を動かす音がした。つられるように空を見上げると、まだ明るいが雲が出てきていた。
腕時計で時間を確認し、シャーリィは顔を上げた。
「……そろそろ帰る時間ですね。馬車に戻りましょう」
「もうそんな時間か」
「暗くなる前に帰らないと、危ないですから」
「名残惜しいが、そういうことなら仕方あるまい。戻るとするか」
踵を返したアークロイドが足を踏み出した先は苔むした丸い石だった。
「あ、そこは……っ」
「うわっ!?」
体勢を崩したアークロイドの腕をとっさにつかみ、力任せに引っ張る。反動でアークロイドとシャーリィの位置が入れ替わり、続いてバシャンと水音がした。
「大丈夫か!」
「……平気です。アークロイド様が無事でよかったです」
川の中に座り込む形で、シャーリィはへにゃりと笑った。自分の服を見下ろすと、おもむろに水を被ったせいで、服はぐっしょりと重量を増している。
「ルース! 服か、何か包むものを借りてきてくれ」
「御意」
一礼し、素早い動きでルースが去っていく。アークロイドはその場に膝をつき、ため息をついた。
「まったく、無茶をする……」
「だって、お客様に怪我はさせられませんから」
「……歩けるか?」
「幸い、足はくじいていませんので問題ないです。ロッジに戻りましょう」
アークロイドが手を差し出し、シャーリィはその手をつかむ。力強い腕に引っ張られ、立ち上がった。水を吸った服から、ひたひたと水滴がしたたり落ちる。
「風邪を引く前に着替えたほうがいいな。それに身体を温めないと」
「そうですね……」
ロッジに戻ると、毛布と着替えを用意したルースに出迎えられた。シェフが温かいコーンスープを作ってくれており、それで冷えた身体を温める。
馬車で帰る道中もアークロイドはしきりに体調を気にしてくれ、ちょっと立場が逆転しているなと感じるシャーリィだった。
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