アミター・コンプレックス
ラムダックス
第一章 曇天
第1話 なまり空
「高原って、ほんとなんにも特徴ないよな」
「言っとけダブルピアス笑」
市立光ヶ土高校生二年生、
そんな天曇と談笑している、机に腰掛けるクラスメイト。名は、
校則違反であるはずのネクタイ非着用は当たり前、それのみならず同世代で人気のブランドモノのパーカーを羽織っている。
だが、そんな本間もそのキャラクターゆえにクラス、学校から疎まれることはない。いわゆる「リア充」である。
二人は中学からの同級生で、学内カーストなど関係なく普段から接している。ゆえに、こうしてお互い軽口も叩けるわけなのだ。
「ダブルピアスってなんだよ、おいっ」
本間が手刀の形で、天曇の胸あたりに軽くツッコミを入れる。と、周りから笑いが起きる。そんな青春というには大袈裟だが、しかし悪くはない毎日を送っている彼らなのだった。
「----じゃあお前ら、進路表、明日提出だからな!! 忘れないように!」
「「「はーい」」」
午後のホームルームも終わり、いよいよ放課後だ。クラス担任の、生徒指導も兼ねている体育教師が出ていくと、途端にクラスは解放ムードに包まれる。
光ヶ土高校は進学校というまではないものの、県内では中の上くらいに位置する学校だ。勉学共に励む学生も多く、天曇と本間も例外ではない。
「んじゃあな」
「おう、また後でな!」
二人は互いに挨拶を交わし、天曇はそのまま特別教室が固まる第二校舎へ。もう一方の本間は己の所属するバスケ部に出るため、体育館へと向かった。
「……ふう」
自称凡庸の男は、一つ、ため息を吐いて、静かに廊下を歩く。そしてさほど経たないうちに、目的地へと到着した。その目の前にある扉に手をかけ、中へ足を踏み入れると。
「お帰り」
「ああ」
部屋の奥から、女性の声がした。
「どうだ?」
「まだ」
「そうか」
それだけ交わすと、天曇は棚に収めてある本の中から一冊を取り出し、よくある事務用の黒い折りたたみ椅子に腰掛け読者を始める。
女性の方はと、回転させた椅子を元に戻し、再び画面に向かって何かの操作をし始めた。
そうしてしばらく経ち、下校時間を知らせるチャイムが鳴ると、二人は挨拶を交わし、天曇一人が部屋から出ていく。そのまま第一校舎一階にある中央昇降口に向かう。
「おっ、丁度だな!」
「よっ」
そこには、バスケ部を終え同じく帰ろうとしていた盟友がいた。
「んじゃ、行くか」
「へい」
そして二人して靴を履き替え、正門から出、そのまま駅前方面へと向かう。
空は、朝登校した時よりも少し色が濃くなった曇り空であった。
「おっ、雨降るか?」
「いや、大丈夫みたいだ」
「そっか、じゃあいつも通り行くか」
「おっけ」
スマホで天気を調べてみると、曇りではあるが、しかし降水確率は高くなかった。ので、雑談をしながら予定通り駅前広場へと向かう。
「おっ、新作出てんじゃん〜?」
「ああ、ほんとだな」
「……お前、もうちょっと感動とかないの?」
「感動ってったって……別に俺はコーヒーそんなに好きじゃないからなあ」
「んーだよもう、まあまあ、たまには、な?」
「仕方ねえなあ」
駅前広場に到着した後、そんな会話を交わしつつ、全国展開されているコーヒーチェーン店、「ハピネスウォーター」へ入店する。
このお店は、商品の種類の豊富さと、お店の雰囲気で人気を博している、アメリカ発祥の全世界的な展開を成している店だ。そのスタイルゆえ、サラリーマンや大学生が入り浸り、俗に「ハピ族」と呼ばれてもいる。
本間はどうやらハピ族のようだが、天曇は自らも言う通りあまり興味はない様子である。しかし、二人は普段からこうして帰り道でどこかのお店に寄るのが日課のようになっており、そのため今日はここに入ることにしたようだ。
「じゃ、俺、さっきのにするから」
「ん、おう……? この店、種類多すぎねえか?」
「そうか? 別に覚えればいいだけだぞ」
「そんなこと言ってもなあ……」
天曇は遠目に、レジカウンターの天井から吊り下げられているメニュー表を眺める。が、その商品の多さと複雑さに眉を顰めた。
「次のお客さま、どうぞー」
と、20代だろう女性店員の明るい声が聞こえてきたので、本間はウキウキで、天曇は焦りつつ、レジへと向かう。
「俺、新作のミラクルステッキプリンセスアラモードフラペチーノエクストラモイスチャーホイップキャラメルソースで!」
「はい、ミラクルステッキプリンセスアラモードフラペチーノエクストラモイスチャーホイップキャラメルソースですね! そちらのお客様はどうされますか?」
「えっと」
天曇は謎の呪文を唱えた本間に度肝を抜きながら、笑顔で注文を催促する店員さんの顔と、レジカウンターの上にあった小さめのメニュー表を見比べる。
「わかんなかったら指差しゃいーぜ」
「じゃ、じゃあ、これで……」
「はい〜、ダークミスターラテですね、追加のご注文はよろしかったでしょうか?」
「あ、えと、はい」
追加と言われても何があるのかわからない天曇は、そのまま決めてしまう。
そして二人はそのテンションの差を維持したまま、会計を済ませ、テーブル席へと着いた。
「むふふ、さあ、俺のミラクルステッキプリンセスアラモードフラペチーノエクストラモイスチャーホイップキャラメルソースはどんなお味かな〜?」
本間は、レインボーな液体の上に、濃いめのキャラメルソースがかかったホイップクリームが載せてある謎の飲み物を手にする。ストロー部分まで、理髪店のようにレインボーが彩られている。ミラクルステッキとはこのストローを指すのだろうか、と高原は余計なことを考えた。
「おいひ〜! お前も飲めよ、コーヒーもいいもんだぞ?」
「なあ、それもコーヒーなのか?」
「そうだが?」
笑顔で首を傾げるミラクルステッキプリンセス野郎の手元と、自らの(少なくとも見た目は)普通のカフェラテを見比べ、納得のいかない気持ちを抱きながらも、一口啜る。
ダークミスターラテは、今日の曇り空と、天曇の今の気持ちを代弁しているかのような味だった。
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