第7話 言っちゃったPart2
「でもさ、オレもアンタの態度にちょっと気に食わないところもありますよ? 別に機嫌を伺えとか言いませんけど。こっちだって人間なんすから“少しは人間らしく”扱ってくださいよ。金払ってもらって仕事してるけど、さすがに気分良くはないっすよ?」
言ってしまった、ちょっとスッキリ。でも伝えたのは思いのほんの一部に過ぎない。
男は無表情のまま大翔を見上げた。男の手にあったスマホは、そっとテーブル上に置かれた。
(う、怖……まぁ自分で言っといてなんだけど人間らしく扱え、なんて実はよくわかんないんだよな。なんだろ、優しくしろっていうことじゃないし……やっぱり対等に扱えっていう感じかな)
だってこの男はまともに挨拶すらしない。部屋に入っても「あぁ」だけで「こんにちは」も言わない。終わったら「ありがとう」も言わない。そんなの小さい子供でも当然として教わっていることなのに。
そうしてくれれば、もっと……この男のためになんかしてやりたいって思えるかもしれないのに。
「人間らしくか……」
だが男の様子に変化があった。今の言葉を目を伏せながら物憂げにつぶやいたのだ。
そして男は驚きの言葉をもらす。
「俺自身が人間らしく扱われなかった。だからそんなのは知らない」
「……は?」
ぎょっとして息を飲んだ。なんだかこの男にとって闇深いことを聞いてしまったかもしれない。躊躇しかけたが、そこまで男が言ったのだから追求しないわけにもいかず「なんでよ?」と唇を噛み締めながら返した。
すると男は嫌なことを思い出すように顔をしかめた。
「この身体で人間らしい扱いなど受けてこなかったからな。俺が関わってきた人間が俺に向けるのは、あわれみや好奇。そればかりだ」
なるほど……だんだん男のことがわかってきた気がする。確かに自分も少し“見た目が違う人”を見ると珍しい目で見てしまうことがある。
その時の自分は(あいつ変わってんな)とか(どうなってんだろ)という好奇心だけで、その人を見ているのだ。相手の気持ちも考えずに。
「……でもさ、アンタ、見た目はいいじゃん。助けてくれるヤツはたくさんいるんじゃねーの?」
客に対してとんでもないことを言っているなぁ、とは思う。けど今まで気になっていたことが、ここにきて口をついて出てしまう。遠慮なく口にした方がこの男にはいいような気がする。建前も世辞もいらない、ただ知りたいから。
(……オレ、なんだかんだ気にしてるんだな、コイツのこと)
いつの間にか敬語も忘れている。
男はまだ難しい表情を見せている。
「……それもあわれみだ。俺みたいな人間を手助けしていれば、向こうのステータスが上がる。周りから見ればすごい善行をしているなと思われるからな。それだけの関係でしかない」
大翔は眉間にしわを寄せた。
(なんだろ、だんだん卑屈過ぎてイラついてきた)
そこまで疑わなくてもいいじゃないか。助けが必要なら助けを求めればいい。助けてくれたなら礼を言えばいい。ただ、それだけだ。
それだけのことが、コイツはできないのだ。
「……そりゃあさ、アンタの人間運の悪さだろうけどさぁ……うーん、なんだかなぁ……あのさぁ、もうここまできちゃったら言うけどさぁ」
普通なら言っちゃいけないことだ、相手は依頼主。仕事上の相手、お客様……でももうこうなりゃ言ってしまえ、と心に決めた。
この男はずっとハッキリと伝えてくれるヤツがいなかったんだ。だから考え方がひねくれてるんだ。
(あぁ、でも言っちゃったらクビになるかもしれない……せっかく決まった定期の仕事……でも、でも、言ってしまえっ)
はっきり、と。現実を。
「アンタさ、性格悪すぎんだよ。人間らしく扱ってほしいって思うんなら、まず自分から素直に言ってみればいいだけなんじゃねぇの」
あぁ、言っちまったよ、あぁ。
いいよ、全部吐いちゃうよ、もう。
「オレはバカだから人間らしくなんて言われたって何したらいいかわかんねぇ。オレがアンタにしていることは、ただ普通に何気なくやってるだけなんだよ。オレにとってやりたいことをして、やって当然のことをするのが一番だと思ってんだよ。それにはアンタの家に仕事に来んのも入ってるし、なんかあんなら、もうちょっと手伝ってやってもいいって思ってる。でもアンタの態度はムカつく、それが仕事のジャマではある」
そこまで言って大体言い終えた、ような気がする。客にここまで言ったなんて知れたら絶対に所長に怒られる……またお説教かなぁ。
どっと疲労感が押し寄せた、が――大翔は頭をかきながら、ふと壁にかかった時計を見た。
やばい、もう仕事は終わりの時間だ。
「……とりあえず片付けまぁす」
何も言い返さず、自分を見つめる男の視線に耐えきれなくなったので、そそくさと雑巾の片づけに逃げ出した。
もうここにも来れないだろう。やってるとムカつくことも多いけど、来れなくなんのもなんかイヤだなぁ……。
片付けてエプロンもしまって、帰り支度を済ませ、いつもと同じように「帰りまーす」と言ってみた。
しかし男は最後まで何も言わないままだった。
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