世話してやるから対価をよこせ(カクヨムコン用改稿版)

神美

口悪新人社会人VS性悪クレーマー

第1話 クレーマーからの依頼

「うわぁ〜……絶対にオレ、すぐにクビなるじゃん」


 桜井大翔さくらいひろとは飛んでいる虫が入りそうなほど、口をあんぐりとさせた。


 茶色と白色の模様が縦に交互に並ぶ控えめだが綺麗なデザインの外壁。下から見上げると首を痛めそうな高さは、多分三十階はある。

 空は青空。上からの眺めはさぞいいのだろうが、きっといつも風が強くて大変だ。洗濯物は外に干せないんじゃないかな。パンツ干したらすぐ飛んでっちまうよ。


(マジかぁ……どうやったら、こんなところ住めるんだ? オレが住むには今の時給じゃムリだよな……)


 視線を天から下へと下ろす。あんぐりしたままの口からは、今度はため息と共に肩が落ちた。


(頭痛くなるわぁ〜……)


 季節は春となり、今日は空気が暖かい。だから適当な綿生地の真っ赤なパーカーに、仕事着のシャツとデニムを着てきた。

 だがそんなラフスタイルの自分がここに来るのは場違いだった、絶対に。


(マンションのレベルと自分のレベルが絶対につり合ってねぇよ……倒すのが不可なボスじゃん、これ)


 自分、高校出たばっかだし。びじねすまなー、とか全然知らねぇし。仕事の電話だって「ちぃーす」とか言ったら、所長と先輩達に怒られたし。今から依頼主んちのインターフォン押して「ちわーす、家事代行の猫の手でーす、おなしゃーす」とか言って入ってもいい? そのノリ通じる?

 頭の中ではゴチャゴチャな言葉が飛び交っている。


 大翔は短く切った明るめの茶髪をかき、ポケットに突っ込んだ依頼主の情報と、事務所で所長に言われた言葉を再確認した。






 電話の受話器をカチャッと定位置に戻すと。いつも絶やさないほほえみと柔らかい印象が特徴の高澤夕たかざわゆう所長は困ったように形のいい眉を曲げながら、斜め前のデスクに座るこちらに視線を向けてきた。青色のスーツが今日もキマっている。


「大翔くん、またクレームきちゃったね。言葉づかいが悪いのと目つきが怖いって。掃除の腕前は良いみたいだけど、接客するならもっと言葉づかいを丁寧にしてくださいって。さっき入ったお宅から」


「あぁ、さっきのババアっすか」


「こらこら」


「だって向こうも失礼っすよ。人を見るなり『あなたに掃除が本当にできるの、ちゃんと学校卒業はしているの?』な〜んて。見た目で決めつけんの、オレ一番キライなんすよ。だからオレも“仕事”はするけど仕事以外のことはしませんでしたぁ」


 自分の反論を聞いた高澤所長は「言いたいことはわかるけど」と苦笑いを浮かべる。


「でも接客も仕事の一つなんだからね。大翔くんみたいに力と体力もあって、意外にも家事能力に優れた人なんてそう滅多にいないんだ。僕としては長く務めてほしいなぁって思っている。だからほら、そうやって三白眼で目を細めないの。大翔くんは仕事はしっかりできているんだから、ね」


 高澤所長の言葉のせいで背中がむず痒くなり、大翔は肩を震わせる。

 所長はいつもそうだ……仕事で失敗をすると注意をするけれど、反対に良い面も持ち出して、そこをしっかりとほめてくれる。あまりほめられたことのない自分はそれがいつもムズムズしてしまう。


「大翔くん、僕は君に期待しているんだよ?」


 細めた眼差しはとても優しい。所長だけは初めて会った時から自分を見た目で判断しない尊敬できる人だ。


「ね、だから頑張ってくれる?」


「う……その言い方、ズルいっすよ……」


 そんな所長の元だから。仕事でクレームつけられようがなんだろうが、この会社に就職してまだ二週間だけど辞めたいと思うこともない。これからなんとか働いて給料もらいたい。

 あと所長を困らせない程度に頑張っていきたい。一応、この人には恩があるからちゃんと恩返しをして会社が傾かないように。それぐらいには思っているつもりだ。


 この会社『猫の手』は家事代行サービスを行っている。スタッフは自分、所長を含めて二十人はいる中小企業というやつ。ほとんどは女性で男性は自分を含めて数名程度、一番若いのはつい最近高卒したばかりの自分で、今のところクレーム多めで所長を困らせるのも自分だ。


『猫の手』の名前の由来は単純に忙しい人や助けを必要としている人に手を貸すことから、と社長兼所長がつけた。

 そして本当なら高澤社長であるはずなのに、なぜ所長と呼ぶのか。それは社長だと偉そうに聞こえるからという、控えめな性格の所長らしいお願いで、みんなそう呼んでいる。

 ちなみに所長はさわやかなイケメンで年もまだ二十五歳と若い。働くおばちゃん方の憧れの的だったりする。


 そんな所長に「期待している」と言われる反面、自分はその期待に応えられるかなという不安もある。社会経験がないから仕方ないけど、大人の世界はわからないことばかりだ。

 でも自分はやらなきゃならない……ここで働くって決めたんだから。


 やれやれ頑張ろ〜と息をついていると。いつの間にか、そばに来ていた所長が「はい」と笑って一枚の書類を手渡してきた。

 それはサービスの依頼書だった。


「じゃあ頑張り屋な大翔くんに新しいサービスをお願いします。ちょっと癖がある人でね。他社が色々入っていたんだけど、ことごとくクレームがあって交代させられて、今回はついにウチに回ってきました。大変だろうけど助けを必要としている人ではあるから」


 その言い方には所長がその依頼主を知っているというニュアンスを感じた。


「大翔くんなら大丈夫だと思います。よろしくお願いします。あ、ちなみに今日の午後からね。期待してます」

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