第17話 『廃坑』へ

 大氾濫スタンピード騒動のせいで消費量が増えたせいか、霊薬ポーション類が思ったほど手に入らなかった。


「まぁ、いざというときはエドモンに頼むか」


 彼は赤魔道士なので、初歩的な回復魔法が使えるはずだ。

 共闘は拒否されそうなので支援魔法などはかけてくれなそうだが、大けがを負えば回復くらいはしてもらえるだろう。


 そんなことを考えながら歩いているうちに、『廃坑』の入り口に到着した。


 多くの冒険者が慌ただしく出入りしている。


 喧噪のなか、エドモンは静かに佇んでいた。


「ごめん、待たせた」

「問題ない。いこう」


 エドモンは小走りに駆け寄るラークに素っ気なく答えると、入り口に向かって歩き始める。


「そうだ、先に言っておくことがある」


 ぽっかりと空いた洞穴のような入り口を前に、エドモンは不意に立ち止まった。


「ボクは君がケガを負ったとしても、回復するつもりはない」

「えっ?」


 あまりにもはっきりと言われ、さすがにラークも驚く。


「もし回復が遅れたことで君が死に至るとしても、見捨てるつもりだ。だから、ボクの回復魔法はもちろん支援魔法なんかも期待しないでほしい」

「あー……」

「もちろんボクになにかあったとしても、見捨ててくれて構わない。ギルドマスターの命令だから仕方なく近くで行動するけど、ボクはソロのつもりでいるから、君もそのつもりでいてくれ」

「……うん、そうか」


 以前からなんとなく避けられていると思った。

 ここ最近は少し距離が縮まったように感じていたが、どうやらそれも思い過ごしだったようだ。

 ただ、ここまではっきりと避けられると、いっそすがすがしいとも思えた。


 だがそうなると、少し気になることもあった。


「なぁ、エドモン」

「なに?」

「俺、君になにかしたかな?」


 いったいなにが原因で、彼は自分をこうも避けているのだろうか。


「……ごめん、質問の意味がわからない」

「いやだから、俺はなにか君に嫌われるようなことをしたのかなって」


 その言葉にエドモンは大きく目を見開いたが、ラークは気にせず続ける。


「もし俺がなにか気に食わないことをしたっていうんなら、場合によっては謝ろうと……」

「いや待ってくれ! ボクがキミを嫌っているって? そんなこと、だれが言ったんだい?」

「いや、だれも言ってないけど、なんていうか、エドモンの態度とかを見てると、そうなのかなって」

「ああ、それは……」


 ラークの言葉に思い当たることがあるのか、エドモンは申し訳なさそうに目を逸らす。


「その、別に嫌っているというわけじゃないんだ。なんというか……苦手、というのかな……」

「苦手?」

「ああ、いや、違うんだ! キミの容姿や性格に問題があるとか、そういう話じゃないんだ!」


 エドモンは顔を上げ、手脚をバタバタとしながら弁明を続ける。


「これはその、キミがどうこうって話じゃなくて……そう! ボクだ! ボクのほうに原因があって……その……なんていうか……」

「ふふっ……」


 しどろもどろに説明を続けようとするエドモンの姿に、ラークは思わず笑みを漏らした。


「……なに?」


 それが耳に入ったのか、エドモンは剣呑な視線をラークに向ける。


「いや、なんか……かわいいヤツだなって」

「はぁ!? かわいい? ボクが!? ばかじゃないのか!?」


 ラークの言葉に、エドモンは眉を上げて反論した。


「ああ、いや、ごめん。失言だった」


 不意に口を突いた言葉であり、侮辱する意図はなかったものの、思った以上にエドモンが感情を露わにしたので謝罪する。


 考えてみれば、かわいいと言われて喜ぶ男性冒険者は少ない。

 機嫌を損ねて当然だろう。


「と、とにかく! ボクがキミを手助けしないというのは別にいじわるで言ってるわけじゃなくてだね、そうせざるを得ない事情があるというか……」

「ああ、うん、わかったよ」


 冒険者にはずねに傷を持つ者が多い。

 彼が人に言えない事情を抱えていてもおかしくはないだろう。

 それをほじくり返すのは、野暮というものである。


「それじゃ、お互い、ケガしないようにがんばろうってことで」

「そ、そうだね。それで、いい」


 ラークの言葉に概ね同意したエドモンは、数回咳払いをして気を取り直し、『廃坑』へ入るべく歩き出す。


 ラークも、それに続いた。


○●○●


 『廃坑』は別名『恐怖の鼓動』と呼ばれている。


 坑道は闇に包まれており、目が慣れるまではなにも見えず、自分の心音くらいしか聞こえない。

 それが、あたかもダンジョン自体の鼓動のように感じられるため、そう呼ばれるのだった。


 ……というのはあくまで普段の話だ。


 大氾濫スタンピードを前に活性化したダンジョンにおいては、入ってすぐの場所であってもあちこちで戦闘音が響いていた。


「エドモン、灯りはいいのか?」

「ボクは夜目が利くから」


 完全な暗闇ではないものの『廃坑』内はかなり暗いので、通常は松明やカンテラを用意するのだが、エドモンはなにも持たずに坑道を進んでいた。


 それは、ラークも同じである。


「そういう君は?」

「俺は呪文があるから」


 ラークは呪文によって視力を強化し、暗闇でも目が利いた。

 また、視覚以外の感覚も強化しているので、周囲の細かな変化に対応できる。

 この呪文を使った感覚強化が『廃坑』を攻略する際、大いに役立つのだ。


『幸運の一撃』でここを探索したとき、ラークが周囲の警戒を担当したことで、【斥候】のセッターはトラップに専念できたのだった。


「ずっと使いっぱなしで大丈夫なのかい?」


 呪文を使えば、魔力を消費する。


 通常、移動時は灯りを用い、戦闘時に自身で呪文を使うか、【白魔道士】に魔法かけてもらうかするものだ。


「問題ないよ」

「ふふ……さすが青魔道士だね」


 ただ、桁外れの魔力を有するラークにとって、感覚強化の呪文など息をするのとほとんど変わらないのだった。


「む」


 エドモンが、立ち止まる。


 彼の視線を追うと、その先に数匹の大きなトカゲがいた。

 ケイブリザードと呼ばれる魔物だ。


 暗闇で素早く動き、巨体ゆえ攻撃は重く、そのうえ鱗状の硬い表皮を持つ厄介な敵だった。


「露払いは任せてもらうよ」


 エドモンはそう言うと、腰に提げた長剣をスラリと抜き、トカゲの群れに駆け込んだ。


(えー、大丈夫?)


 任せろと言われたので待機したが、エドモンはあまりに隙だらけだった。


 剣を手にしていはいるものの、ほとんど無防備に近い状態で敵の群れに駆け込んでいく姿が、なんとも危なげに見える。


 思えば彼に手助けしてもらったときは、いつも余裕がななった。

 ラークがエドモンの戦闘をしっかりと見るのは、これがはじめてだった。


 あれではすぐに囲まれてしまうのではないかと、ラークは身構えた。


(ん?)


 だが、そうはならなかった。


 本来素早い動きで敵を翻弄するケイブリザードの動きが、かなり遅い。


「やっ!」


 エドモンは群れの1匹に向けて踏み込み、剣を振り下ろす。


(基本はできているけど……)


 それだけだった。


 踏み込みは浅く、太刀筋も鈍い。


 だが、振り下ろされた刃はケイブリザードの首を容易に断ち切った。


(あれが、通るの!?)


 ラークは驚きに目を見開く。


 見たところ剣はミスリル製の業物ではあるが、だからといってあの緩い攻撃が通るほど、ケイブリザードの表皮は脆くない。


 仮に皮を斬ったとしても、筋肉を裂き、骨を断つのは困難なはずだ。


 そうやって様子を見ているあいだにも、エドモンはのろのろと這い回るトカゲを次々に倒し、ほどなく全滅させた。


「そういえば、妨害デバフが得意って言ってたもんな……」


 ラークは『神殿』でのことを思い出し、ぼそりと呟いた。

 彼が襲い来るドレイクの動きを鈍らせたおかげで、ラークたちは逃げ延びることができたのだ。


 その呟きが耳に届いたのか、エドモンは振り返り、苦笑する。


「ふふ、そういういこと」


 エドモンは妨害魔法で敵の素早さや防御力を下げていたのだった。


「見ての通り、剣の腕はいまいちでね」


 照れたように言いながら、エドモンは剣を鞘に納める。


「エドモンは、赤魔道士だよな?」

「そうだよ。だから黒魔法を使えても、おかしくはないだろう?」

「まぁ、そうだな」


 そう答えたラークだったが、違和感を拭えずにいた。

 彼の知っている【赤魔道士】の戦い方と、あまりにもかけ離れていたからだ。


 【赤魔道士】は〈白魔法〉と〈黒魔法〉そして〈剣術〉を扱える、よく言えば万能なジョブだ。

 だが〈白魔法〉は【白魔道士】に及ばず、〈黒魔法〉は【黒魔道士】に及ばず、〈剣術〉は【戦士】に及ばない、中途半端なジョブともいえる。


 たとえば彼の父フィリップは、それらを組み合わせて戦うのがうまかった。

 状況に応じて剣に炎を纏わせたり、剣閃の延長に風の刃を放ったり、ここぞというときは自身に支援魔法をかけて強化し、時には回復魔法を使いながら突撃する、という具合に。


 そしてこの町で見かけた【赤魔道士】もまた、父には遠く及ばないものの、各スキルを組み合わせて使う者が多かった。


 だがエドモンは違う。


 彼の戦いは妨害魔法と剣術を組み合わせるというより、別々に使っているというふうで、まるで【黒魔道士】が無理をして剣を使っているような印象だった。


 元メンバーの【黒魔道士】エコーに半年ほど訓練を施して剣を持たせ、妨害魔法を軸に戦わせれば、同じような姿になるのかもしれない。


(でも、エコーにあれだけの妨害魔法が使えるかな?)


 鋼鉄票冒険者スティールタグの【赤魔道士】が、白銀票冒険者シルバータグの【黒魔道士】に匹敵するか、それをしのぐ妨害魔法を使ったことが、不思議だった。

 前回『神殿』での行動阻害だけでも目を瞠るものがあったが、あのときはそれを認識する余裕がなく、これまで不自然に思うことはなかった。

 今回はそれに加えて、防御力の低下まで使用している。

 そちらもかなり効果が高そうだ。


 もしかするとエドモンには、妨害魔法に特化した才能があるのかもしれない。


 彼の歪な戦闘スタイルが、少し不気味に思えた。

 得体の知れない者に対する恐怖じみた感情がかすかに湧き起こり、少しだけ背筋に寒さを感じた。


 だがそこで、ふと別の考えが頭をよぎる。


(いや、そもそも赤魔道士じゃないのか?)


 さきほど受けた印象通り本当は【黒魔道士】だが、事情があって【赤魔道士】を騙っているのかもしれない。


(だから、回復も支援もしないと宣言したのかもしれないな)


 ラークはそう考えて納得し、かすかな恐怖を打ち消した。

 恩人に対して恐怖を抱くことが、失礼だとも感じていた。


「どうしたんだい、ぼーっとして?」


 エドモンに声をかけられ、ラークは我に返る。


「いや、見事なもんだなと思ってね」

「ふふっそうかい?」


 ラークの言葉を受け、エドモンが少しだけ嬉しそうに微笑む。


「それじゃ、進もうか」

「ああ、そうしよう」


 ラークの呼びかけにエドモンが答え、ふたりは暗い坑道をふたたび歩き始めた。

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