第11話 活動再開?
『神殿』での探索を終えて数日後には、アンバーもすっかり回復し、ふたりは探索を再開すべくギルドに向かっていた。
「姉さん、何度も言うようだけど『神殿』にはいかないからね」
「ええ、わかってるわ」
前を歩く姉の足取りが、妙に軽い。
「ねぇ、休みのあいだに、なにかあった?」
同じ宿で生活しているとはいえ、四六時中ともに過ごしているわけではない。
ラークにはラークの、アンバーにはアンバーの生活スタイルやつきあいがあり、むしろプライベートは別々の時間を過ごすことが多かった。
「あら、どうして?」
「いや、なんか嬉しそうというか、なんというか……」
「そりゃ回復して活動を再開できるんだもの、嬉しいに決まってるじゃない」
姉はそう言って振り返り、微笑んだ。
「それはそうかもしれないけど……」
姉の笑みに、違和感があった。
「本当にそれだけ?」
ラークはそう尋ねながら少し足を速め、アンバーと並ぶ。
「んー、そうねぇ……」
軽く空を見上げて顎に指を当て、考えるそぶりを見せた姉が、思い出したようにラークを見る。
「エドモンくんとお食事に行ったわね」
アンバーはそう言って、どこかからかうような笑みを浮かべた。
「ええっ!? 聞いてないよ!」
「そりゃ言ってないもの」
「えっ、なんで? なんでエドモンとご飯いったの?」
「なんでって、2回も助けられたんだから、お礼に決まってるじゃない」
「だったら俺も呼んでよ! 俺だってちゃんとお礼を言いたいよ」
「だって、ふたりきりがいいって言うんだもの、しかたないでしょ?」
「えっ、なんで!?」
「知らないわよ」
「もしかしてエドモンのやつ、姉さんのことを……」
「ふふっ、どうかしらね……」
アンバーが、なにやら意味ありげに微笑む。
「詳しく聞きたい?」
「あー、いや、いいです……俺が口出すことじゃないし」
ラークはそう言いながらも、軽く肩を落とした。
「そうかぁ……エドモンかぁ……そうだよなぁ……あいついいヤツだし、カッコイイし……でも、姉さんと……うーん……」
なにやら考え込む様子の弟を見て、アンバーは呆れたようにため息をつく。
「ほら、ぶつぶつ言ってないでちゃんと前向いて歩きなさい」
「あ、うん」
そうこうしているうちに、ふたりはギルドに到着した。
朝の少し遅い時間だったので、ギルドにはあまり人がいなかった。
なので、受付近くに座る赤いマントの男性が、すぐ目についた。
「噂をすればエドモン!」
ラークは思わず、声を上げた。
「やあ」
その声に気づいたエドモンは立ち上がり、片手をあげてラークたちを迎えた。
そんな彼のもとへ、アンバーは軽やかな足取りで駆け寄る。
「エドモンくん、今日はよろしくね」
「はぁ……わかってるよ」
アンバーの言葉に、エドモンはため息をつきながらも応じる。
「あの、姉さん? よろしくって、どういう……」
「いいから、早くきなさい」
戸惑いつつ歩み寄ってきたラークの手を取ると、アンバーは彼を連れて受付前に立った。
その傍らには、エドモンもいる。
「いらっしゃいませ。探索の申請でしょうか?」
冒険者はダンジョンへ出かける前に、必ずギルドへ申請しておかなくてはならない。
その際に、どのダンジョンへ行くか、どれくらいの期間探索するのかをあらかじめ伝えておくのだ。
そうすれば、どのダンジョンにどれくらいの冒険者がいるのかをある程度把握できるため、ひとつの場所に多くの人員が偏りすぎないよう調整できる。
また、予定よりも大幅に帰還が遅れた場合に、捜索隊が出されるなどの処置がとられることもある。
そしてランク規制のあるダンジョンへいくには、事前に許可証を取っておく必要があった。
「いいえ、まずはパーティー登録の申請を」
「えっ? 姉さん、どういう……」
アンバーの言葉に驚くラークが言い終えるより先に、彼女は傍らにいたエドモンの手を引く。
「エドモンくんに加入してもらうことになったわ」
「ええっ!?」
突然の申告に、ラークは驚きの声をあげる。
そんな姉弟の様子を見たエドモンも目を見開いていた。
「ちょっと待って姉さん、聞いてないんだけど!?」
「そりゃそうよ、言ってないもの」
「……言ってないのかい?」
「ええ、驚かせようと思って」
彼女はそう言うと、まさにいたずらが成功した子供のように笑った。
「ああ、それから、あたしはいったん抜けるわね」
「はぁ!?」
続く姉の言葉に、ラークはまたもまぬけな声をあげる。
エドモンはそのことを知っていたのか驚きはしなかったが、ラークの反応に苦笑をもらす。
「というわけでラーク、がんばんなさい」
アンバーはそういうと、弟の肩をポンと叩いた。
「いやいやいやいや、なんなの!? 意味わかんない! 意味わかんないよ!! ちょっと待って、エドモンが入って、姉さんが抜けて……なんなの、これ!?」
「なに、わかんない? アンタとエドモンくんとで新しいバーティーを組んだと思えばいいのよ」
「あー、うん、そうか……いやそれはわかるけどさぁ、なんでそんなことすんの? いったいなんの意味があるのさ?」
「あら、まだわかんないの? ラークは
「いや、それはそうだけど……だから?」
「エドモンくんも
「は……?」
ラークがぽかんと口を開けたまま、固まる。
「……いや、だから?」
ちょっとした沈黙ののち、彼はぼそりと問いかけた。
そのことに、アンバーは呆れたようにため息をついた。
「まだわかんないの?
「あーっ!!」
そこでラークはようやく姉のいわんとしたことを理解し、声を上げた。
「
そこでラークが受付に目を向けると、担当の女性が1枚の札を台に置いた。
「はい、こちら『塔』の入場許可証となります」
彼女はそういって、にっこりと微笑んだ。
姉弟でやりとりしているあいだに、彼女は手続きを済ませていたのである。
「うおーっ! やったー!!」
許可証を手にしたラークは、飛び上がって喜んだ。
だがふと我に返り、姉を見る。
「ちょっと待って、俺が『塔』に入る目的は姉さんも知ってるよね? 俺、準備とかしてないんだけど」
「だから、はい」
困ったように告げたラークに、アンバーはポーチを差し出す。
「とりあえずひと月分の食料とか霊薬とか、ちゃんと用意しといたから」
「ええっ!?」
姉の言葉に、ラークは今日何度目になるかもわからない驚嘆の声をあげる。
「あ、もしかしてここ何日かあんまり宿にいなかったのって……」
「買い出しに出かけてたのよ。ラークがひと月活動するのに必要なものがどれくらいかは、把握してるからね」
「姉さん……」
「念のため霊薬類は多めに入れてあるわ。着替えも余裕を持たせてるけど、洗浄の呪文でうまくやりくりしなさい。ひと月で終わらなければいったん町へ戻ること。再開するかどうかはそのとき決めましょう」
「うぅ……なにからなにまでありがとう……!」
姉の手から魔法鞄であるポーチを受け取ったラークは、深々と頭を下げた。
「あ、そうだ」
ポーチを腰に提げたところで、ラークは思い出したようにアンバーを見る。
「姉さんはそのあいだ、どうするの?」
「あたしは治療院で働くわよ」
治療院とは、回復魔法を使って怪我や病気を治す施設である。
「あたしもちょっとは下積みが必要だと思ってね」
【白魔道士】の多くは、治療院で働いて生活費を稼ぐとともに、経験を積む。
そうして準備を調え、冒険者になるのだ。
もちろんそのまま治療院で働き続ける者も多い。
「アンタが帰ってくるころには、あたしもそれなりにレベルアップしてるからね」
「そっか。じゃあ俺も負けないようにがんばらないとね」
姉弟はそう言って、笑い合った。
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