9話「遊園地はいかが?」
僕たちはそれから連絡先を交換して、暇な時にやり取りをするようになった。
「こんなことして何になるんだよ…」
照れくさそうにそう言ってスマホでSNSのアプリを立ち上げる彼は、ちょっと可愛かった。
「何かあったら連絡くれればいいだけだよ」
「ふーん…」
僕は学校にも行ったけど、少しずつ、古月と一緒に一日を遊んで過ごす日も増えた。
パチンコに行こうとする古月を止めたり、居酒屋に入ろうとする彼をドーナツ屋に引っ張っていったりもしたけど、古月はそこまで嫌がらなかった。
「なんでだよ」
「なんでも!パチンコはダメ!」
「チッ…しょーがねーな…」
どうやら彼は、本当に両親からお金をたくさんもらっていたみたいで、酷く金遣いが荒かった。でも、「それも期限付きだ」と言っていた。
「今度引越しして一人暮らしになったら、自分の金で暮らすんだ。あんなクソ親父のまずい脛なんか、もうかじらなくて済むぜ」
「そっか」
僕はそれを聞いていて不安がないわけじゃなかったけど、彼が清々しそうに笑うから、そのままにしておいた。
“今日はどうしてる?”
古月が学校に来ない日は、僕がそうメッセージを送ったけど、彼はそれに「寝てた」と返したり、何も返ってこなかったりした。
そんなある日、僕は学校に向かおうとしていた。でも珍しく古月からのメッセージでスマホが鳴って、チャット画面を開くと、「駅に来い」とだけあった。
“どこかに行くの?”
そう言うと、彼は“いいから来い”とだけ送ってよこした。
教科書と参考書の詰まった鞄を下げ、僕は次の角を学校に向かって折れるのはやめて、そのまま直進した。
「遊園地!?」
駅に着いて話を聞こうとすると、古月は2枚のチケットを取り出したのだ。それは近隣にある大きな遊園地の入場券で、彼はちょっと悔しそうに横を向いて、片方を僕に手渡した。
「いいの?僕、行っても…」
「うるせえな、ほかに思いつかなかっただけだ…」
語尾が弱々しくなってちょっと頬を赤らめる彼に僕は嬉しくなって、「ありがとう」と言った。
規則的なようで不規則な揺れの電車を降りると、大きなテーマパークに向かう人たちの群れに、僕たちは紛れていく。
やがて見えてきた大きなおもちゃのような門をくぐると、着ぐるみやお菓子、人ごみが渦巻く、夢のような景色に僕たちは吸い込まれていった。
まずはオーソドックスにコーヒーカップ。これはあんまり古月がぐるぐると回すもんだから、僕たちは二人して酔ってしまった。
ちょっとベンチで休んだらすぐにお化け屋敷へ。怖かったから叫びながら古月にしがみついていたら、「うるさい」と怒られた。
それからかわいいキノコ型のレストランでランチプレートを。
おなかがこなれるまではショーを観て、いざジェットコースターへ。
「うわあ…すごい列…」
「ファストパスだから、こっちの列だ」
「えっ、そうなの?」
僕は列に並ぶ間に恐怖を払おうとも思っていたから、すぐにジェットコースターに乗ることになった時、かなりドキドキした。
でも、実はジェットコースターがダメだったのは、僕だけじゃなかったみたいだ。
「古月、大丈夫?ほら、オレンジジュース買ってきたよ」
「いらねえ…」
目の前では、ベンチにぐったりと横になっている古月。僕は近くの自動販売機で買ったオレンジジュースの缶を、彼の頭の横に置く。
「今度からは、ジェットコースターはやめとこっか」
「もう来ねえよ…」
よほどくたびれてしまったみたいだから、僕は彼を連れて帰ろうかと思った。でも、しばらくして彼は起き上がり、オレンジジュースを飲みながら、ちょっと遠くに見える、大きな大きな観覧車を眺めていた。
「…観覧車、乗る?」
「男二人でそんなもん乗って何が楽しいんだよ」
僕たちは結局、だんだん空中に浮き上がる箱の中で、向かい合わせに座り、僕は小さくなっていく街を見ていた。
“観覧車ってなんか好きだな”
いつも住んでいる街は目の下でちっちゃく整っていて、一本一本の道がマッチ棒を並べたように見える。箱庭みたいで可愛い街は、地球が丸いから端っこで切れてしまうんだ。
“この中に、一体何人の人が居るんだろう…”
僕はそんなふうに考えながら窓に張り付いていたから、古月の表情を見過ごしていた。彼はその時、どんな顔をして僕を見ていたんだろう。
特に喋りもせず、僕たちは観覧車を降りた。古月は、そこからまっすぐ出口へ向かってずんずん歩き始める。
途中でそのことに気づいた僕が「帰るの?」と聞くと、彼は「ああ。もう十分回っただろ」とだけ言った。
帰りの電車の中でも古月は無口なまま、ずっと窓からの夕焼けを頬に受けて外を見ていた。
「今日はありがとう、古月。楽しかったね。僕、友だちと一日出かけたのなんか初めてだから、嬉しかったよ!」
「…ああ」
古月はなぜかうつむいていた。
「どうしたの?」
彼はまたちょっと悔しそうにしていたけど、それは朝のように明るい照れではなく、思い悩んだ暗さがあった。
「…別に。じゃあな」
そう言い捨てて彼が後ろを向いて歩き出してしまったので、僕は早口で「またね!」と言う。
彼は、名残りだけが残る前の、一番赤い夕焼けに向かって歩いて行き、その背中は振り向かなかった。
“友だちと遊ぶって、楽しいんだな。思いもしないことが起こって、それをお互いに驚きあったり、笑いあったり…”
僕は胸があたたかくなるような気分で、家に帰った。
Continue.
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