5話「彼の傷」
翌週、僕は大いに悩むことになる。自分のため、もしくは彼のために。
古月は、学校生活が月曜日からまた始まると、元通りに僕を殴ったし、冷たい言葉を浴びせた。
でも、そのたびに僕は思い返した。あの雨の日曜日、彼が傘の中で吐き捨てたことを。
そんなことで彼を許す気になんか到底なれるはずはなかったのに、僕は彼に同情していて、半分くらいは彼のことを見逃しているんだと気づいていた。
その週の木曜日、教室が大きくざわついた。僕が殴られたからじゃない。
古月が、頬に大きく腫れた青痣を作って現れたのだ。
彼はそのまま、無言で席に就いた。
周りの生徒が考えていたのは、“誰かと喧嘩をしてきたんだろう”といったようなことだっただろう。でも、僕だけは他の可能性も考えることが出来た。
“もしかしたら、あれは家で出来た傷かも…”
そう思うと僕はいてもたっても居られず、気づけば古月の席の前に立っていた。
「…なんだよ」
古月は、一瞬顔を上げて誰が来たのか見ただけだった。
声が震えてしまわないようにだけ気をつけた。なんだか、あの時と似ている。古月のいじめを止めた時。
「どうしたの、それ」
「知るか」
答えに窮する彼を見て、“予想は当たったかも”と思った。
こういう時って、どうしたらいいんだろう。
友だちが落ち込んでいる時。いいや、彼は友だちなんかじゃないけど。
僕も何を言ったらいいか分からなくなって、とりあえずこう言った。
「ゲームセンター、一緒に行かない?」
初めは僕たちのことを緊張気味に見ていたクラスメイト達も、僕たちがただ喋っているだけだと分かるとみんな元に戻って、教室の中は、明るい話し声ばかりになっていた。
「行かねー」
古月は机に片肘をついて顎を乗せ、横を向いていた。
それがなんだか照れているみたいで、僕は喋るのをやめなかった。
「UFOキャッチャー、なんかいいの取ってあげるよ」
僕がそう言うと、彼は窓の外を見たまま、「お前の金でな」と言った。
「放課後ね」
「うわあ〜!すげえ!ほんとに取れた!」
目の前で、古月がフィギュアの箱を手にして目を輝かせている。それは僕が千百円掛けて取ったもの。流行りのアニメで人気の悪役だ。
僕と古月はそのあとシューティングゲームや、麻雀ゲームをした。
「麻雀はルールがわからないからいいよ」と僕が言ったら、古月は煙草をくわえたままで僕をゲームの前に強引に座らせ、ルールを教えてくれた。複雑過ぎて、僕にはよく分からなかったけど。
「あんだよ、おめー運ねえのな。引きが悪すぎるぜ」
そう言って古月は、僕の頭を軽く引っぱたいた。
「いてっ!…何も叩かなくても…」
「いいから早くツモれ」
「はーい…」
二時間くらいはゲームセンターに居たけど、飽きてしまった僕たちは表に出て、国道沿いを歩く。少し歩けばローカル線の駅に着く。
辺りは日が落ちて夕焼けも過ぎ、しみじみ暗くなっていく間の、藍色の空気だった。薄暗いのか、薄明るいのか、どっちなのかが分からない。
でも僕は、そのまますぐに帰ろうとは思わなかった。
“まだ訳を聞いてないし、多分、古月はまた遅くまで家に帰らないんだろうな…”
いじめられてる僕の方が彼を気遣うなんて、変な話だけど。
「ねえ…今日は、君が遅くなっても、付き合うよ」
前を歩いていた古月は、僕の言葉に振り返る。
「別に。そんなことしなくていい」
「そう?」
「ああ」
僕が彼に追いつこうとして早足で歩くと、彼の頬の痣が見えた。暗い中でも分かるくらい、真っ青で痛々しい。僕は彼の隣に並んで、足の早い古月になんとかついていった。
「でも、家には帰らないんだよね」
顔色を確かめようとして古月を見上げると、彼は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「話しすんなら、座ってしようぜ」
小さく聴こえてきた彼の声に従って、僕らはすぐそばにあったハンバーガーチェーンに吸い込まれていった。
Continue.
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