2話「無意味なプライド」
自己紹介が遅れたけど、僕の名前は
顔つきを見る目なんか人によってまちまちかもしれないけど、何かに怯えているような両目と眉が、自分でどうしても好きになれないから、長い前髪で瞼の上までを隠している。
自分の性格なんか自分で計りようもないけど、僕は内気で消極的だと思う。それから、一人で本を読むのが好きで、声の大きい人が苦手。というくらい。
好きになる人については、あまり居ないので参照出来るものがない。つまりは僕は、自分だけのために生きるつまらない人間だ。
その朝、僕は教室に入るのに警戒しながら、そろりそろりとドアをくぐろうとした。でも、目の前に肌色の何かが見えたと思ったら、僕は廊下側の窓まで吹っ飛んでいたのだ。
「痛っ…いたい……」
一番痛む鼻を押さえていたら、すぐに鼻の中をぬるい何かが伝う感覚がして、鼻に当てていた手の中を覗くと、真っ赤な血に濡れていた。
顔を上げると、教室のドアの前には古月が立っていた。もちろん僕を殴り飛ばしたのは彼だろう。
「おっはよー、根暗でじめじめして、気持ち悪い相田くーん!」
そう言って愉快そうに古月は笑い転げた。
僕には、「この役をわざわざ買って出た」という、意味の無い誇りがあった。
もちろん、古月にこんな真似をやめさせるのが真のヒーローの道なんだから、僕はヒーローなんかじゃない。でも、そうでも思わなきゃ耐えられなかった。
多分、その僕だけが、彼に言い返すことが出来たんだろう。
「……そんなの、知ってるよ」
鼻を押さえて立ち上がり、彼を見ると、古月は目を剥いて僕にもう一度殴りかかった。
そのあとなんて言われたのかなんて、何をされたのかなんて、思い出してもしょうがない。
「余計な口利いてる暇があるなら」とか、そんなようなことを言われた。どうやら僕が喋るのは「余計」らしい。
制服が血で汚れてしまったので、ホームルームの時に担任の先生にそれを聞かれたけど、僕は「ロッカーにぶつかりました」と言った。
「これで満足か」と思いながら古月の席を見ると、彼は僕を一瞬振り向いたけど、つまらなそうにすぐに前を向いた。
僕は古月と「関わり」を持つようになって、初めてクラスメイトに関心を持ったと思う。それは、相手を調査し、監視して、こちらが充分に警戒出来るようにという、ネガティヴな意味でだったけど。
古月には、彼女が居たりする様子は無く、友人もほとんど居ないようだった。
たまに古月と仲が良さそうに振舞っていて、その実おべっかを言って怯えているだけの男子たち以外に、彼と関わりを持つ生徒は居なかった。
もちろん教師からは、髪型やアクセサリーのことをたびたび咎められていたけど、彼はそんなのは全部「すんません」の一言で聞き流して、放送で職員室に呼ばれても、出向かなかった。
“人のことを傷つけるだけで、誰とも寄り添わないなんて、さみしくないのかな”
そうは思ったけど、古月には古月の生き方があるんだろうし、僕が考えたって仕方のないことだ。
“僕だって、進んで傷つけたりしないだけで、誰とも関わろうとしないし…”
そう。もし古月が孤独な存在だったとしても、同じく孤独の中に居るしかない僕には、何も出来ない。
そのことをちゃんと僕は知っていたのに、あの雨の帰り道には、すっかり忘れていたんだ。
Continue.
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