第2話 幼友達
翌日は、穏やかな秋の陽気、雲ひとつない晴天に恵まれた。
小学3年生のユボフ=ハナが学校から帰ると、家の前の道路で、
幼稚園から帰ってきたユナが、道路に軽石で絵を描いて遊んでいた。
ユナが描いていたのは、父親と母親と、
その真ん中で手をつながれた笑顔の女の子と、
その周りを取り囲む花だった。
「この女の子は、ユナちゃん?」
ハナがユナに聞いた。
ユナは、あどけない顔で、ハナを見上げると、笑顔になって
「うん」
と言った。
すぐに真顔になって道路に向き直り、
周りの花を描き足していた。
「お花、いっぱいになったね」
「うん。お花いっぱいにしゅゆの」
ユナは、花を描きながら、ハナと対話をした。
温かく、優しいときが流れていた。
家に帰ったハナは、母親に一部始終話した。
ハナの母親はじっくりとハナの話を聞いた。
「そうなの」
ハナの母親は、相槌しか打たなかったが、
ハナが見た光景を想像し、
ハナの気持ちを理解しながら話を聞いていた。
◇ ◇ ◇
ユナが小学1年生になると、
4年生のハナはユナを誘って一緒に登校するようになった。
ハナがフィデル家の呼び鈴を鳴らすと、
再びスナックで働き始めたユナの母親は寝ていることが多かった。
そんな時は、ユナが、温かく送り出されることもなく、
一人で家から、大きすぎる赤いランドセルを背負って出てくるのだった。
小学校への道すがら、ハナがユナにしきりに語り掛けていた。
ユナはハナの話を聞いているようではあったが、大方、下を向いて、
「うん」
と言ったり
「ううん」
と否定したりするだけだった。
◇ ◇ ◇
小学1年生の夏休みが近づく頃、
ユナがようやく自分からも話をするようになった。
「昨日もね、お父しゃんとお母しゃんね、喧嘩ちてたの」
「うん。聞こえたよ。大きい声で喧嘩してたね。怖かったでしょ」
「うん。怖かったよぉ」
ユナが、涙ぐみながら、ハナの左腕にしがみついた。
前髪で良く見えなかったが、ユナの鼻が赤くなっていた。
「…ユナちゃん、これからお姉ちゃんちに遊びに来る?」
「え、いいの?」
「いいよ。一応、おばさんにあいさつしてからね」
「…」
友達の家の中で遊んだ経験がないユナは、誘いを受けて緊張した。
ユナとハナはこれまで、
お互いの家の間の道路でしか遊んだことがなかった。
ピンポーン。
「はーい!」
ユナの母親は、意気軒昂とした張りのある美声で応答した。
ユナの母親は時々、白昼堂々、自宅で浮気をしていた。
ユナはその間、家の外に出されていた。
ユナの母親の浮気相手は、勤め先のスナックで知り合った男だ。
浮気相手は、ユナが小学校に居る時間にやってくることが多かった。
昼から夕方までユナの家に居て、
ハナがユナといつも家の前の道路で遊ぶので、
ハナが家に入るのを待って、男を帰していたのだ。
この日は男が『3時半頃になる』と言っていた。
呼び鈴が丁度3時半に鳴ったので、
ユナの母親は男が来たと思い込んだのだ。
「向かいのユボフ=ハナです。これからユナちゃんをうちに呼んで、
遊びたいのですが、いいですか?」
「…ああ、向かいの子供?…いきなり、何…ああ、ユナと遊んでくれるの?
いいですよ。よろしくお願いします」
「ありがとうございます!お夕飯頃にはユナちゃんをお帰しします。
行こう、ユナちゃん」
「…」
ユナは、下を向いていた。
前髪で表情が良く見えなかったが、緊張しているからか、
母親の態度の激変を恥じたのか、顔が真っ赤になっていた。
ハナの両親は、フィデル家とは距離を置いていた。
しかし、ハナとユナが仲良く小学校に通うようになって4か月。
ユナを家に招いて、ハナの部屋で2人で遊ぶことを承諾した。
「ゆっくりしていってね」
ユナに笑顔で、優しく声を掛けたハナの母親は、氷の入ったグレープジュースと
アップルパイが2つ乗ったトレイを、穏やかな和顔でテーブルの上に置くと、
部屋から出ていった。
「いただきます」
ハナが言うと、
「いただきましゅ」
ユナも真似をして言った。
「ユナちゃん、美味しい?」
「美味ひい」
先程までの緊張がほぐれたユナは、嬉しさと美味しさで、涙ぐみながら、
口いっぱいにアップルパイをほおばって、床にこぼしながら食べていた。
ハナにとっては、ユナのそんなところが、たまらなく可愛く思えた。
2人はあまり話はしなかった。
ハナの本棚にある漫画を、それぞれ黙って静かに読むことが多かった。
ハナは、瞳を輝かせて夢中になって読んでいるユナの顔を時々盗み見ていた。
左目が二重、右目が三重。
なんて可愛い顔なんだろう…。
子役の女優のような、可愛いのに美しい顔立ち。
もう少し大きくなったらきっと、美人アイドルのようになるのだろう。
ユナの可愛らしさに、ハナの心の一番奥が気づいた。
ハナの心臓が激しくドキッと鳴った。
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